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3 屍の支配者

 ファリエム王国の辺境――国境を兼ねる山脈の麓、深い森林地帯の入口にある小さな町、エボネール。そこは良質な木材とそれを用いた木工製品により栄えた町である。

 故に商人や職人、余所からの客が数多く訪れるのだが、彼らは皆必ず地元の者にある忠告を聞かされるのだ。

 それは町近くの森にまつわる、おぞましい話。


 曰く、冥界から漏れだした冷気が流れている。

 曰く、生ける屍――アンデッドが獲物を求めて徘徊している。

 曰く、それらを従える恐ろしい死霊術師(ネクロマンサー)の住む屋敷がある。

 曰く、迷いこめば最後、生きては帰れず配下の一員にされてしまう。

 故に、森の奥深くには決して入ってはならない、というものだ。


 それを聞いた者の反応は大きく分けて二つ。

 素直に信じた者は忠告通り近寄りすらしなかった。初めは信じなかった者も少なからずいたが、実際に森の中に入って天気も季節も無視した異常な冷気を体感すれば、それ以上奥地には入らずすぐさま引き返した。

 どちらにせよ結果は同じ、誰もが忠告に従ったのである。


 そうしてその死霊術師が住む森は、近隣の住人や商人に「冥界の森」と呼ばれ、恐怖の対象となっていたのだ。




 その噂の帳本人、人々に恐れられる死霊術師――デュレイン・グレイバースの現在はというと、


「うわああぁ! はへわぁぁぁ! 婆や、スタンダー、クラミス! は、はゆ、早くっ、その生者をなんとかしてくれえぇぇ!」


 情けなく悲鳴をあげながらもがいていた。

 表情は面白いように歪み、赤黒い瞳からうっすらと涙すら溢している。壁に埋まりそうな勢いで必死に後退りし、抵抗の意思を表す為に首を左右に振り回す。聞き分けのない子供の駄々のように、あるいはそれ以上の醜さで。

 その姿からは恐怖など欠片も感じられない。見た者が抱く感情は何かといえば、呆れや軽蔑、哀れみだろう。

 それも原因は間抜けな勘違い。自分で森から連れてきた、死人だと思っていた少女が起きたからだった。


 噂の真実とは、えてしてこういうものである。


 そして、もう一方の噂も、真実とは少し違っていた。

 青白い肌の男と女二人――生屍(アンデッド)達は主人であるはずのデュレインを無視し、少女の肌についた汚れを落としたり防寒具を着させたり、平然と世話をしている。そちらの方がよっぽど重要事項だというように。


 その、問題となっている彼女は、ポカンとした上に少々引きつった顔で生屍にされるがままになっていた。騒いで抵抗してもおかしくない、むしろそれが自然な反応だが、完全に無抵抗。どころか無反応。

 確かに寝起きで理解しろというには酷な状況ではある。


 今この場の中心は、完全に行倒れの少女。当然、放置される本人にとっては面白くない。


「ええい! おのん、お主ら一体、な何をしているのだ! 自分の言う事を聞きけいっ!」


 何度も噛みながらの抗議は多大な怒りを含み、ぐちゃぐちゃの顔は妙な迫力を持っていた。それでも生屍には無視されたが、デュレインはめげずに諦めずに延々と騒ぎ続ける。


 そんな努力がようやく実ったのは、彼の息切れが始まってからだった。

 生屍の老女が主に顔を向けもせず、その体温のように冷たい声と態度で答える。


「全く、先程から何を喚いているのですか」

「だはっ、だから何度も言っておろうが!」

「この方を追い出せと? 話が違いますね。坊ちゃまがこのお方を新しい住人にすると仰ったのですよ?」

「ぬふっ!? ……いっ、いや、しかしそれは、既に死人だと思ったからで……生者だと分かっていれば……」

「おや、そうだったのですか? しかしワタクシは生屍。一度術者に承ったご命令は果たさねばなりません。ですから続けさせていただきます」

「なっ、ならば撤回だ! その術者が言っておるのだぞ!」

「ですから初めにに『本当によろしいので?』と確認したのではないですか」

「な……!?」


 明かされた恐ろしい事実。

 デュレインは絶句する。騒ぎを止め、顔色を生屍以上の蒼白にし、そして震える指先を婆やに向けた。


「も……もしや、初めから気づいていたのか、婆や! いや、スタンダーも! クラミスも!」


 驚愕と不信を顔に浮かべ、死霊術師は激しい詰問を浴びせかける。生者の件を一時忘れたのか、不遜な態度が戻ってきていた。

 しかし生屍達は、それを気にした風もなくあっさりと肯定するだけだった。


「気づくもなにも、一目見れば解るでしょう。遂に坊ちゃまも覚悟をお決めになられたのだと思ったのですが」

「ええ、私も見たら解りましたよぉ?」

「あははは。だから僕、この娘に外套をかけてたんですけど」

「何ぃ……っ!」


 再びの絶句。

 身内は裏切り者ばかり。圧倒的な敗北を悟ったデュレインはゆっくりと壁へ突き進み、ぶつかったところで小さくうずくまった。そして部屋の隅から妥協した呼びかけをする。


「わわ分かった、もういい! なっ、ならば、せめて他の部屋に連れていけええい!」

「はい、その通りですね」

「ぬ? お、おう。そうだ、早くしてくれ!」


 言いながらも期待はしていなかったのか、承諾に驚くデュレイン。素早く振り返り、期待に満ちた眼差しを向ける。

 しかし、婆やは主人をやはり無視。少女の手を取り固さのある笑みを浮かべて語りかける。


「さ、お客人。失礼な坊ちゃまは置いていきましょう」

「え?」


 ここで少女が初めて言葉を発した。

 いつの間にか生屍達の手により目覚めた時とは服装が大きく変わっているが、それに気づいた様子も無く呆けている。まだ意識がはっきりしていないようだ。

 そこで、またしても婆やは生屍らしからぬ気遣いを見せた。


「まだ歩けませんか? ならばワタクシが肩を貸します。ここは冷えますので、暖炉のある部屋に参りましょう。温かい食事も用意していますよ」

「え? あの……」

「貴女には熱と栄養が必要です。話は後にしましょう。……ああ。遅れましたが、ワタクシの事は婆やでもばばあでもどうぞお好きにお呼び下さい」


 労りながらも強引な調子で話す婆やに支えられ、少女は出ていく。生屍の男、スタンダーも残る荷物を持って伴った。


 結果として望み通りの状況。

 だがデュレインはまた壁の凝視作業に戻っていたせいか、未だに気づいていない。ボソボソと怨み言を呟くばかりだ。


 やれやれ。

 そう言いたげな仕草をしたのは、一人残っていた女生屍、クラミス。彼女は丸まった主の肩を軽く叩いて報せる。


「もう怖い怖ぁい生者はいませんよぉ、若」


 途端、丸まったデュレインの体がピクリと跳ねる。まずは恐る恐る目線だけで様子見。次に体ごと向きを変えてしっかり見回す。

 そして完全な安全を確認すると、澄まし顔でスッと立ち上がった。


「……そうか、報告ご苦労。だが、勘違いしてくれるな。自分は生者が怖いのではない。少し苦手なだけなのだ」

「今更何を言っても取り繕えませんよぉ?」


 折角立ち直ったデュレインへと、クラミスは意地の悪い発言をした。

 が、彼は今までのお返しとばかりに無視。目も合わせず、そそくさと床に散らばった魔術道具を棚に戻し始める。


「あらぁ? 若ご自身が片付けなさるのでぇ? そんな雑事、私に任せて下さればいいのにぃ」

「ふん、何を言っておる。分からぬのか? 部屋の外にはまだ生者がうろついているであろうが!」


 要するに出たくない。

 デュレインは情けなくも切実な内容を叫び、クラミスは納得したように手を打ったのだった。

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