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コープスホワイト  作者: 右中桂示


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29 軍勢を率いる者

 かくして死霊術師と王女は、始まりを再現するかのように厳しい寒さの中で再会した。


 しかし彼女は救出が遅くなってしまった為に哀れな有り様だ。衣服は焼け焦げ、肌も煤で汚れて火傷が痛ましい。

 状況が状況だが、これは見過ごせない。デュレインは縛る縄を解くと、荷物から出した防寒着を着せて防寒の術も使う。汚れを落とし、薬も塗った。無言で手早く世話をしていった。

 ある程度整ったところで、具合を確かめようと改めて全体を見る。

 罪人としての扱いのせいか、また酷くやつれている。しかし濃い憂いを帯びた表情からは確かな生気が感じられた。大きめの防寒着も、その身に備えた気高さは隠しきれない。

 しばしの間チラチラとまともに合わない視線ながら、それでも完全には目が離せないでいた。


「…………」

「あの、どうかされたのですか……?」

 

 されるがままじっとしていた彼女におずおずと尋ねられるも、答えない。したくとも答えられない。

 デュレインは頭が真っ白になっていた。


 救出戦の景気づけにアリル――彼が惹かれた、王女ではない一人の少女としての名を呼んだが、今となっては気恥ずかしさが込み上げてくる。焼けた衣服から覗けた肌やそれを拭った事実も、鼓動に拍車をかけていた。

 顔をじっくり見た途端意識してしまったのだ。今更ながら婆や(ブリジッド)達へぶちまけた「好いておる」発言が思い返され、羞恥が胸に満ちる。初心な子供の反応でしかない。

 前に進む決意はしたが、それとこれとは話が別。やはりデュレインはデュレインだった。


「……っ何をもたもたしているッ! 早くしろ死霊術師ッ!」


 だが、セオボルトの激しい怒声により我に返る。

 いつまでも呆けている場合ではない。ごほん、とわざとらしく咳払いし、未練を振り切って向き直った。


 セオボルトは囮として先行し、広場を混乱させていた。そのおかげで民衆は逃げ散り、冷気の術を発動させて彼女を救えたのだ。

 そして今も一方的な戦闘を演じている。

 戦場を駆け巡る騎馬は生屍(アンデッド)。セディに乗った彼は誰かから調達した騎槍(ランス)を振るい、寒さに凍えつつも武器を構える兵士達を次々と打ち倒す。ついでに連れてきたグロンも牙を剥き、獣らしさを発揮していた。早くも円形広場の半分近くが制圧済み。

 魔術師と騎兵。両者の力が合わさった独壇場である。


 アリルに背中を見せたまま、開き直ったデュレインは強気に告げる。


「……下がっておれ。こちら側は直に安全になる。それから、グロン! ……しっかり守るのだぞ」


 応じて走ってきたグロンに命じれば、了解したと言うように鳴いた。やはり頼もしい仲間だ。アリルを任せられる。

 安心してセオボルトに加勢しようとしたところ、背後から声がかった。


「……分かりました」


 振り返ればアリルの表情に変化があった。

 美しく気丈な、しかし隠そうとした不安が滲み出てしまったような、瞳が僅かに揺れる顔に。


「賢いお二人が挑むのならば、決して無謀な負け戦ではないのでしょう。私も覚悟を改めます。……ですから、私の意見を無視した事は不問にします。勝利を、手にして下さい」

「……うむ、当然だ」

「必ずや!」


 デュレインが深く頷き、聞きつけたセオボルトも遠くから応えた。王女直々の、願いの言葉。自然と身が奮い立つ。本番の前に力がみなぎった。

 広場の王城とは反対側に移動する姿を、敬意を持って見守る。そして逆に向き直れば、戦意を持って身構えた。

 戦いはまだ激化する。気を引き締めなければならないのだ。


 その証拠に、厳冬と化した広場の喧騒からは混乱が排除されつつあったのだ。


「敵はたった二人。恐るるに足りん。寒さなんぞに負けるでないわ!」


 怒声を張り上げたのはマルギィス。

 部下の魔術師らと共に、兵士へ防寒の術を施している。その手際はよく、いち早く立ち直った兵士が矢を放ち始めた。

 王城に勤める以上、兵士の質は高いはず。本調子の彼らが殺到すれば、対応出来ないのは明らか。

 それが簡単には覆らない、数の理だ。


 しかし、残念ながらその思惑は前提条件が間違っている。


「はて? たった二人?」


 デュレインはわざとらしく首を傾げてみせた。

 矢はセオボルトが防いでくれている。余裕を持ち、落ち着いて中身が詰まった小袋や装飾、術の触媒を準備した。


「何を言っておる。こちらの方が、数は上だぞ」


 そして反撃。

 人の悪い笑みを浮かべたデュレインが腕を前に広げる。すると。


「――――――ッ!」


 兵士達に異変が起きた。

 次々と情けない悲鳴をあげ、その場へうずくまったり、方々へ逃げ惑ったり。統率もなく、戦意もなく、最早わざわざ打ち倒す意味も無くなった。

 あるのは恐怖一つの、完全な恐慌状態。精鋭揃いの集団がたった一手で壊滅に陥っていた。


 とはいえ見えざる攻撃は魔術によるもの。抵抗があるらしい魔術師達は僅かな動揺だけで正気を保っていた。


「……そうか、奴は死霊術師……おのれ、なんと卑劣な!」


 驚きから立ち直ったマルギィスが怒りと屈辱に顔を歪めて叫ぶ。

 看破したという事は、宮廷魔術師筆頭の肩書きは確かに飾りではないらしい。厄介な敵である。


 こうなった以上、種明かし。

 自身が率いる軍勢、死霊術師以外には見えぬ愛しき存在へとデュレインは呼びかける。


「親愛なる死霊達よ。現世を無為にさ迷うのも、生者を妬むのも飽いただろう。自分が冥界へ送り届けてやる。安心してよい。愉快な仲間がおる良い所だ。その為に、未練も呪詛も置いてゆけ!」


 指示に従い軍勢の第二波が襲いかかっていく。悲鳴と足音が更に広まり、恐慌に拍車がかかった。


 デュレインの軍勢は道中や王都で呼びかけ集めた死霊達だ。

 死霊術を用いて憑かせた彼らはある種の触媒。現世に留まる程の未練は人の感情を乱し、恐怖を増幅させる。いかに屈強な兵士だろうと、精神までは容易く鍛えられないのだ。

 大き過ぎる兵力差を埋める数が居て、武力に対抗出来る、理想的な協力者達。デュレインは邪悪な死霊術師としての技に光明を見出だしていたのだ。


 勿論欠点はある。

 軍勢と呼べる程の数ともなれば、術者の負担は大きい。冷気の術もあるので尚更だ。

 ただ、これまでの十年からすれば、ちっぽけな負担。命を削るまでいかない程度の苦痛など、虫刺され並の負担でしかなかった。


 それに、この段階で苦しむようなら到底勝利を果たせない。この軍勢は無敵かと言えば、それは違うのだから。


「やはり、甘くはないな」


 警戒心にデュレインの顔が大きく歪む。緊張し、喉を鳴らして唾を呑んだ。

 一際大きな体躯が石畳を激しく叩く。その力強い足音が報せた。

 ここからが、戦いだと。


「ここは、私が参りましょう」

「おお、将軍。英雄のお力を見せて下され」


 勇壮に進み出たのはラングロード。鎧兜を身に付けて騎乗し、長柄斧(ポールアックス)を携える。

 そこに恐怖は欠片もなく、覇気のみを有していた。


 呪術の類は暑苦しい人間には合わない。それは呪われる側も同じ。彼を死霊術で無力化出来ないのは、初めから予想済みであった。

 とはいえ、ここまで全く影響がないのは規格外過ぎるのだが。


 威圧感を発しつつ、騎馬が戦場を雄々しく駆ける。

 迎え撃つのはやはり、こちらも騎兵。セディに跨がるセオボルトだ。


「この再戦の機会、殿下の為に勝たせて頂きます」

「貴殿か。此度は騎士の本領、騎兵の一騎討ち。力を尽くし、武勇を見せてみよ!」


 儀式張った発言に応じ、ラングロードもまた朗々と吼えた。

 生屍は軍馬よりも頼りなく、本人も偉丈夫と比べれば小さく細い。しかも一度は負かした相手。

 それでも決して侮っていない。武人の本気が伝わる。


 だからこそ、こちら側は言葉に甘え、力を尽くす。

 デュレインは死霊術を扱いつつ、誰に聞かせる訳でもなく独り言を発した。


「将軍よ。呪術にも抗うその強靭な精神はお見事。まさしく騎士の鑑。しかし――」


 勝利の前に、騎士の誇りは塵芥。突進するセオボルトの後方で、デュレインが動く。

 この戦いは決して、一騎討ちではない。


「馬の方はどうであろうな?」

「ぐう!?」


 ラングロードが呻いた。

 互いの武器がぶつかる直前。彼の軍馬がいななき、竿立ちになったからだ。馬にも感情はあり、ならば呪術は通じる。あらかじめ示し合わせていた策だった。

 流石の豪傑も姿勢が崩れて無防備を晒す。

 絶好の刹那。


「ッ!」


 吐き出された気迫の息。セオボルトによる騎槍の一撃が、鋼鉄の将軍を石畳へと叩き落とした。

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