23 誰が為に立ち上がる
「あ、ああ……ああぁっ……!」
森に消え行くは悲痛な慟哭。デュレインが放心状態で嘆き喚く。
婆やの左腕の消失を、家族の惨状を、その目にしたからである。
十年で劣化した生屍としての肉体が崩れたのだ。これではもう、死霊術を用いたとて復元は不可能。諦める他ないだろう。
それが頭で分かっていても、見捨てられない。受け入れられない。胸が張り裂けんばかりに激しい感情によって。
武器も思考も現状も、全てを投げ捨て駆け寄ろうとしてしまう。
「狼狽えるなっ!」
それを制止したのはセオボルト。
剣を真横に伸ばして道を塞ぎ、ラングロードを見据えたまま声を張る。
「貴様は生屍の主だろう。頭を冷やせ。前を見ろ。主らしく本分を果たせ!」
「……っ!」
デュレインは叱咤され足を止めるも、悲嘆の感情が緩和された訳ではない。
当の婆やを揺れる瞳で見る。彼女は片手で棍棒を構え直し、マルギィスから大きく離れていた。単なる逃げでなく、隙を探し反撃を窺う動作だ。痛ましい姿で、尚も戦おうとしている。
「セオボルト殿の仰る通りです。たかが腕の一本、捨て置きましょう」
「何を言っておる! せめて一旦戻ってこぬか!」
「では一旦落ち着く時間を作りますねぇ」
代わりに応じたクラミスが小瓶を真上に投げる。
強烈な灯りの魔術。世界は再び、烈光に包まれた。足音や声が止み、静かになる。
そしてしばしの膠着を砕く、剣戟の音。
「世話の焼ける友を持ったものだな」
「誰が。あれは単なる協力者だ」
口元を緩ませるラングロードと口を尖らせるセオボルト。打ち合い、直ぐ様間合いを取る騎士達。
そこへ屋敷からの矢が降り、冷風や毒の魔術が舞い、生屍が援護する。
他人も時間も止まらない。放心のデュレインを置いて進んでいく。
だが、こちらの手数が減ったせいか、セオボルトの危ない場面が増えた。余裕がある分鎧でなく剣でいなされ、即座に切り返されるのだ。
既に何度もかすっている。防寒着は裂け、何度もぶつかった剣も酷い状態。
ラングロードは矢と魔術の触媒を打ち落として尚、余力がある。手助けが必要だ。
少し冷静になったデュレインは弓を拾い、矢をつがえる。
教わった通りに、普段通りに。腕だけでなく全身を意識し、狙いを定めて射た。
しかし、放った矢は二人から離れた木の梢――見当外れの場所へと突き刺さった。
心は自然と行動に表れる。未だ動揺が抜けていないのだ。幾度試そうと、結果は同じ。
「……自分は、こんなものでは」
「若、危ないですよぉ」
弱々しい呟きを吹き飛ばす、クラミスの軽々しい呼びかけ。
顔を上げれば魔術、左方向から横殴りの風が吹く。
前方の空から降ってきていた数本の矢の軌道が曲がり、ほとんどが何も無い空間に落ちる。しかしその内の一本はデュレインの右側にいたクラミスの腹部を貫通していった。
深い損傷。心を抉られる喪失感。だがこれならば、死霊術を使って治せる。
デュレインは焦りつつも触媒を用意し、呼びかける。
「クラミス! 今すぐ――」
「だから前を見て下さいってぇ。また来ますよぉ」
思いやりが遮られ、あくまでも軽い調子で警告された。
彼女は苦痛を感じぬ生屍。酷い損傷にもかかわらず平然としていた。体が無傷でも苦痛に苛まれるデュレインと違って。
治療を諦めて前を見れば、射手が嘲笑っていた。
マルギィスが金色に輝く矢を持っていたのだ。散らばった矢を集め、魔術を施したのだろう。木製の矢を自らが得意とする金属にする為に。
そして先程も使ってきた魔術を再度使用。
先程より多い矢が高く舞い上がり、落下。
クラミスが風を巻き起こし、軌道を曲げる。しかし数が数だけに、さばき切れない。
思考が追いつかないデュレインは空を仰ぎ、硬直するばかり。
脅威を前に、横から衝撃。突き飛ばされ、地面を転がる。
「ご無事でなにより」
「あ、ああ……っ」
聞き慣れた声が、むしろデュレインの動揺を加速させた。
飛び込んできた婆やとクラミスの肉体が、矢を受けて欠損だらけとなっていたからだ。最早生屍だろうとまともな働きが出来ない程度に。それでも動く。仮初の命らしい、異常な形で。
言葉にならないうめきが止めどなく漏れていく。
「カカ。全く、主の立場で情けない。お守りが必要な程弱いとはの。まあ、誰も大して変わらぬ弱者だが」
「ぐぅあっ!」
マルギィスの侮辱的な物言いを、セオボルトのうめき声が証明してしまった。
援護の減った彼がとうとうラングロードに打ち負け、膝を着いたのだ。
辛うじて折れた剣を構える。が、残る部分も細枝のように砕かれた。そして剣の柄で頭部を打たれ、地に倒れる。息はあるが、意識は完全に途絶えていた。
「次は、貴殿か」
偉丈夫はデュレインに目を向けた。油断の無い、真剣な眼差し。反射的に怯えが走った。
それを払うように。
風を切ってスタンダーの援護が到達した。それも正確に首筋、兜と鎧の隙間に。
殺意の一矢。
だがラングロードは、寸前のところを鎧の腕甲で受けた。
「素晴らしい、いや恐ろしい腕だな」
数瞬遅れれば致命傷となっていた。それを理解したが故の、称賛。
だからこそ、最優先すべき敵をスタンダーに定めた。
落ちた矢を拾い、弓に頼らず剛腕でもって投げ返す。なんとも強引な手法。しかし爆発的な速度をを与えられた矢は屋敷へ飛び込み、窓や壁を破壊する音を激しく鳴らす。桁外れの膂力のなせる力業であった。
とはいえスタンダーも譲らない。的確な狙いでもって反撃をする。
変則的な矢の応酬。幾筋もの影が空中を飛び交い、標的に命中せずに弾かれていく。
だが互角の戦いに見えたそれも、やがて終わりが来る。屋敷からの攻撃が止み、勝者がラングロードである事を告げた。
降りる、静寂。
気絶したセオボルト。肉体の一部が欠けた生屍。敗北の景色が広がる。そのきっかけ、辛うじて成り立っていた均衡を崩したのは、みっともなく取り乱したデュレイン。分かっているからこそ、自身を責めた。
そんな彼に、嘲笑混じりの追い打ち。
「もう終いか? 威勢良く吠えた割には呆気なかったの」
「大人しく投降されよ。でなければ、この場で斬る他無い」
重い宣告。
敗北は最早事実。見込みの甘さが招いた末の、哀れな結末だった。投降しなければ命が危ないだろう。
「…………は、はは」
だがデュレインにその気はなかった。
どうせ処刑されるから、ではない。王女が逃げる時を稼ぐ為、でも正確ではない。
家族へのこの仕打ちは許さない。
単純な、自分の為だった。
嘆きや後悔は今や、燃料となって復讐の業火にくべられる。呪術の源たる、醜いが強力な感情だ。
使わない手はない。
触媒を求め、懐に手を入れる。
同時にラングロードは駆けた。鎧姿に見合わない速度は、敵意を察しての判断。
故にデュレインにも速さが必要だ。
素早く術を行使すべく、骨や毒草の詰まった袋を掴んだ。間に合わせようと、普段以上の準備が完了する。
その時、
「待ちなさい」
凛と響く、気高い女性の声によって戦闘は停止した。
白雪の肌、黄金の髪、黒檀の瞳。痩せ衰えた体だが、姿勢は真っ直ぐ。気品がある見た目。
現れたのは王女スノウリアその人であった。
「おやおや、やはりこちらに隠れておりましたか、呪いの姫君。命乞いでもされるのですかな? こうなるまで臣下を見捨てておきながら、今更」
「……?」
予期せぬ、不可解な登場。下卑た嘲笑のマルギィスと、警戒の眼差しで不審がるラングロードが迎えた。
彼女が現れては今の戦いが、その犠牲が無駄になる。それを踏まえての、愚かな行動への反応だ。
しかし当の王女は命惜しさにしては迷いが無かった。彼らを無視し、しっかりした足取りでデュレインの下へと行く。
「何、をしておるのだ……っ!」
水を差され、少し頭の冷えたデュレイン。苛立ちの声しか出せない。
隠れろ。逃げろ。これは自分の戦いだから。
困惑する中、そんな思いで見つめる。
敵に背を向けた王女は今にも泣きそうな表情をしながら、それに見合わぬ冷え冷えとした声で言った。
「本当に……役に立たない人でしたね」




