22 森乱す鈍い輝き
屋敷前の開けた空間に、乾いた破砕音が断続的に鳴る。
その度に巻き起こる風がデュレインの体を打ち、精神さえも揺さぶる。
将軍ラングロードは、次々に降り来る矢のことごとくを叩き落としていた。
「どうした、死霊術師に生屍よ。確かに優れた腕だが、国へ反逆するにはまるで足りておらんぞ」
「……まだ、全ては、見せておらんがなっ……!」
不敵な言にデュレインは精一杯の強がりを返す。余裕のない顔で歯ぎしり。常に青白い婆やの顔も、どことなく苦々しい様子だった。
相手は防戦一方なのに、押されているように見えるのはデュレイン達だ。
ラングロードは鎧を着ていても速く、剣術は巧み。デュレインとスタンダー、別々の二ヵ所から射られる全ての矢を見切り、的確に弾く。そもそも後ろのマルギィスを狙っているのだが、割り込まれてしまう。
婆やが突き出す棍棒も全て防がれ無力だった。彼女も後ろのマルギィスを狙う手はずだったが、回り込む隙を見せてくれないのだ。生屍とはいえ軽快に立ち回る婆やも只者ではないが、優にその上がいる。
英雄の称号に偽りは無い。類いまれな強敵だった。
そして、彼だけではない。
デュレインは一旦弓を下げ、二つの小袋を投げた。それぞれ前方、左右の木の根元に落ちる。
途端、強い冷風が吹いた。袋の中身は雪兎の毛や冬の花、それらを触媒とした魔術である。
極寒の挟み打ちが二人の外敵を襲う。
「カカ。やはり、恐ろしい名の割には大した事ないの」
しかし、凍てつく程の風は何の成果も得られなかった。ラングロードは凍えるどころか、動きを鈍らせもせずに矢を弾く。
防寒の術を強めたのだろう。他の魔術も全て、こうして対応されてしまった。
こちらもまた、難敵。
デュレインは見込みの甘さを思い知らされていた。
「さて。様子見は終わろうか」
重い震動。強烈な踏み込みをもって、ラングロードが歩く。
ただそれだけで場を圧する、強者の威風。
反射的に怯み、デュレインの動きが止まる。冷や汗が垂れ、足は勝手に後退りしようとする。それを堪え、震える視線で偉丈夫を見据えた。
その、目の前に。
硝子の小瓶が飛んできた。
小さきそれが、太陽の如き強烈な光を放つ。
「ふっ!」
閉じたまぶた越しに伝わる戦意の気配。そして金属の衝突音。
一拍遅れて把握する。
愛剣を携えたセオボルトが現れており、ラングロードと武器を合わせていた。光を目眩ましにして切りかかったのだろう。見えなかったはずなのに対応する辺り、将軍はやはり人間離れしている。
セオボルトが一旦下がり、そこへ嘲りを含んだ声が飛ぶ。
「おお、これはこれは反逆の騎士殿。死霊術師の嘘を自ら暴いてくれるとはの。誤魔化しはもうよいのかな?」
「必要無い」
「カカ。やはり愚か者か。選ぶべき行動を間違えておる」
「そちらこそ。重要人物がたった二人で敵地に来るとはな。今後を有利に運ぶ為、ここで片を付けさせてもらう」
冷ややかなマルギィスに対し、強く宣言。戦意を纏う背中が雄々しい。
この場は王女を逃がすより、先へ繋がる一手。危険な賭けを選んだのだ。
「そういうわけですのでぇ。私達も参戦させて頂きますよぉ」
背後から余裕を見せながらの登場はクラミス。光の魔術は彼女の仕事だろう。
サンドラは予定通り、王女についているようだ。
二人を前に、こちらは四人。背後にはスタンダーもいる。頼もしい身内達だ。
その光景が、デュレインの怖じ気づいていた心を震わせた。腹に力を入れ、言い放つ。
「安心するがいい。自分は低俗な死霊術師ではない。命まではとらぬ」
「そちらこそ安心してもよい。物言わぬ屍に鞭打つ悪趣味は無いからの。処刑場送りは騎士殿と死霊術師だけにしてやろうぞ」
そして火花が散る。
剣と剣が衝突。再び仕掛けたセオボルトの一撃が受け止められ、押し返される前に自ら離れた。
その間隙に、矢が放たれる。
ラングロードは弾く為に得物を上へ。そして瞬く間に左へ。
振り切ったところで、セオボルトが距離をつめる。剣と真逆、最も遠い方向から。
しかし繰り出した刃は、将軍が半歩ずれただけで鎧の上腕部に流された。そして反撃。
「ぐっ!」
強烈な打ち込みを辛うじて避ける。剛力を考慮してか、決して正面から剣で受けはしない。
体勢を整え、矢を弾いた瞬間を狙って突撃。風を裂く豪快な一撃だが、しかしまたも僅かな挙動であっけなく対処される。
恐ろしいのはマルギィスへの攻撃を防ぎ、その片手間というところだ。どちらも集中した顔つきだが、片方は涼しく、片方は息が荒い。
援護があってもセオボルトは苦戦している。
だからデュレインは冷風の魔術を使用した。触媒を胸の前に掲げ、堂々と真正面から。
「クラミス。お主の薬を出せ」
「はいぃ。取って置きを使いますねぇ」
しかし今度は一味違う。
離れたセオボルトを巻き込まぬよう範囲を絞った、人工の流れ。そこにクラミスが、小瓶から薬を撒いたのだ。
毒を含んだ風がラングロードとマルギィスを包む。命を落としはしないが、即効性が高く体を麻痺させる代物。クラミスが趣味で作り出した魔術の薬であった。
しかし呑み込まれた彼らは身体の自由を保っていた。
毒風の奥から吹いた、異なる風がそのからくりだ。暖かく、生命力を与える春の息吹。
同業者であるデュレインは知っている。この術は害ある空気だけでなく、既に体内へ取り込まれた毒素さえも散らす力がある。
マルギィスの優越感に満ちた声が突き抜けてきた。
「残念だったのう。癒しの術が使えぬと思ったか? 侮られたものだ、のっ!?」
言葉尻が乱れたのは体が、更にその下の馬がぐらついたからだった。遅ればせながら敵に気づき、彼は目線を下げる。
そこにいたのは猟犬。
風音に紛れてグロンが飛び出し、馬の脚に噛みついていた。自身より大きい体を引きずり倒そうと暴れるその姿は、立派な獣。それも生屍だ。
苛立たしげな舌打ち。
マルギィスは慌てながらも、標的に杖を向ける。
今度は癒しの春風とは逆。熱風の魔術。力奪う風圧により、グロンは呆気なく払われてしまった。
「やれやれ。躾がなっておらぬな。それとも、こんな畜生に劣ると思うたか? だから愚か者だというのだ」
「はい。確かに坊ちゃまは愚かですね」
台詞に割り込んだのは婆や。ひそかに森に入り、背後から迫っていた強き使用人だ。
棍棒を鮮やかに扱い、まずは杖を叩き落とした。即座に手首を返し、頭部に向ける。
骨がへし折れる鈍い音。直前に腕を挟まれたが、構わずそのまま押して馬上から叩き落とす。
「ク、ウッ……!」
グロンに気を引かせ、音も消しての奇襲が決まった。
だがマルギィスは痛みにうめいた後。にやり、と意地悪く笑っていたのだ。
「カカカカ。獲物が自ら飛び込んできおったわ」
懐から二本目の杖を取り出す。
短いが、尖った葉を模した黄金の装飾に、更に水晶で飾られた豪奢な物。成金魔術師に似合いの、非実用的な品にも見える。
「っ!」
しかし、婆やは警戒の面持ち。長年魔術師に仕えてきた彼女だ。その知識から危険性を察知し、素早く後退する。
直後に杖から光が伸びた。少しの差で逃げ遅れ、左手を光が包む。
黄金は権威や力、支配の象徴。尖った葉は災いを寄せ付けぬ、魔除けの象徴。どちらも、魔を払う術の触媒。
生屍に魔除けの術。つまり、死霊術の打ち消し。
その結果。
圧縮された十年の重みが、一瞬で婆やの左手に押し寄せる。肘から先が腐り、白骨化し、最後には塵となって崩れ消えた。
「……あ………あぁ………あ、ああああぁっ!」
デュレインの慟哭の叫びが、森中に響き渡る。




