21 嵐が来たる
「どうなっておる!?」
応接間に響くわざとらしい大声。
余所者の来訪を察知したデュレインが駆け込めば、そこには既に四人の生屍、それからセオボルトが集まっていた。
皆がそれぞれに切迫した面持ち。デュレインを見て少し気まずそうな顔をしていた騎士も、すぐに引き締め直す。余所事を締め出さなければならない緊張感があった。
卓の上に広げられているのは森の地図。警報の魔術と連動した木片が侵入者の位置を示す、対策会議用の物である。
それから鋭い目線を外さないまま、クラミスが告げてきた。
「それがですねぇ、若。なんだか妙な事になってるんですよぉ」
「妙?」
クラミスの報告にデュレインが怪訝な顔で問い返す。
だが地図を見れば、何が妙なのかはすぐに分かった。
動く木片二つの軌道が以前までと違うのだ。
森に身を潜めて進んでくるはずのそれが、今回は隠れる気もなく並んで道を堂々と進んでいる。しかも速い。恐らくは馬に乗っての移動。
今までのやり口とは全く違う。確かに妙な異変だった。
「これはまた……密偵にしては強行過ぎるな。かといって力ずくに切り換えたにしても数が少ない。もしや、味方か?」
「それはまず考え難い。殿下の居所を晒さぬよう、接触は断っている。だがあるとすれば火急の用件か」
「しかし、早馬ならば一人で充分なのではありませんか」
「そうだな。では……敵方の使者か」
「軍を盾にした交渉、辺りですか。可能性はありますね」
常識的に妥当なところ。セオボルトの解釈に婆やも同意した。
とはいえ結局のところ、推測でしかない。正体は不明なままだ。それに先手を取られてしまった以上、出来る事は少ない。
「結局のところ、今までと変わらぬのではないか。こちらから攻めるか、この場で迎え撃つかの違いだ」
「いや、まずは殿下の移動準備だな。馬を借りるぞ。用心に越した事はない」
「確かに交渉にしても実力行使にしても、安全は確保しておく必要がありますね」
王女の安全が第一。その方針にデュレインも異論はない。
はずなのに、納得がいかないような気分がして彼は眉をひそめた。先程の一幕のせいか、信用が浅いと感じたせいか。
釈然としないまま、話し合いは進む。
「己は展開次第で対応に加わろうと思う。殿下は誰かに任せたい」
「はい。用心して武力は残しておきましょう。という事は、適役はサンドラですね」
「わっ、わたしですかっ!?」
名指しされたサンドラが跳び跳ね、大袈裟な反応を見せる。話の流れから予想しておらず、油断していた風でもあった。
いまいち真剣さの欠けた表情。しかもそこに疑問符が浮かぶ。
「……あれっ? でもあの……その姫様は……?」
「あ、うむ。王女なら、廊下で会ったぞ」
「なにかあったか」
雰囲気を尖らせてセオボルトが睨む。返答の内容だけなら普通だが、デュレインの顔には分かりやすく動揺が表れていた。無言で目を逸らしたが、肯定したも同然である。
あったようだな。セオボルトはそう見える仕草で溜め息を吐く。
しかし彼が再び口を開く前に、婆やが割り込んだ。
「それよりもまず動きましょう。この速度ならそう猶予はありません」
「……そうだな。まずは危険を取り払う。話はそれからだ、死霊術師」
最後の一睨みでひとまずは引き下がる。デュレインだけに別種の緊張を残して。
そして集まった者達は手早く対応を詰め、それぞれの場所へと別れていった。
「坊ちゃま」
「なんだ」
屋敷の前。正面から対応する事になったデュレインと婆やの二人が立つ。スタンダーも道を狙える位置から見張っている。
相手の目的がなんであれ、敵は追い払う。そう身構えて。
唐突に婆やが切り出したのは、そんな気の抜けない待機中だった。
「言葉は薬にも毒にもなります。使い方は間違えませぬよう」
「それは、これからの話か?」
「はい。これから、屋敷に戻った後の話です」
全てを察したようなその言い草は、つまり、よく考えて王女や騎士と話し合いをしろという意味である。
耳が痛い。いつもながら厳しい事だ。
分かっていても、デュレインには難しい。何故なら問題は何も無いのだから。分をわきまえ、けじめをつけただけなのだから。
そう自分に言い聞かせている事実が、問題のある証拠なのだが。
「……来るぞ」
丁度よく感じた来客の気配を理由に、デュレインは逃げた。
馬蹄の音。微かな震動。
緊張が更に高まる。懐に手を入れ、魔術の触媒が入った小袋を確認。弓を持つ左手が思わず力んだ。
婆やも棍棒を握り直し、一歩前に出る。
そして闇の中、小さな灯りに浮かぶ影が見えた。
直ぐ様迅速に行動。深呼吸し、弓を構える。そして馬の足下、少しずれた地点に矢を放った。
「……止まれ。客人を招いた覚えなどないぞ」
決して侮られてはならない。
故の、先手。相手の顔が見える前ならば、デュレインとて問題なく口が回る。恐ろしい死霊術師として振る舞った。
警告から数瞬。馬の速度が緩み始め、道の終端で止まった。
「カカ。これはこれは。手荒い歓迎だのう」
反応を返してきたのは初老の男だ。ゆったりした服装。装飾過多の派手な杖。幻想的な丸い灯りを浮べている。
魔術師だった。
ただし性格は悪そうだ。馬上で浮かべる、人を小馬鹿にしたような笑みが物語る。
もう一人、鎧姿の偉丈夫の方は馬を降りた。
「失礼。冥界の森の死霊術師とお見受けする」
兜を外し、丁寧に挨拶。こちらからは悪い印象は無い。
それが厄介だ。まるで隙が無く、強き武人の貫禄が発されている。
気圧されそうになるのを抑えるべくデュレインは気力を振り絞った。
「……何者だ。物見で、踏み込んだのなら、生屍にするぞ」
「急くでないわ。わしはこの国お抱えの魔術師、マルギィスと申す」
「ラングロード。若輩ながら将軍の地位に就いている」
「……っ!」
堂々とした名乗りにデュレインは目を見開いた。
話に聞いていた、警戒すべき大物。
地位ある大物を直接乗り込ませてくるとは。王女の憎まれようが恐ろしい。
「我らは命を受け、罪人を探している」
「お主ら、醜い女を匿ってはおらんか? 森を覆うこの冷気。魔力が満ちておって、人探しの魔術がなかなか通用せん。隠れるのにうってつけな環境なのでな」
悪意ある不遜な物言いに、逆に冷静になった。敵の正体には驚いたが、それはそれ。
答えは既に決まっているのだ。
「……知らんな」
「本当かの。もし匿っていたら反逆の徒。今の内に差し出すというのなら、不問にしてもよいのだぞ? 死霊術の件も含めてな」
「……知らんな。それに、死霊術は元々問題にされるものではない」
「……そうか。協力せんと言うか。であれば、不本意ながら実力行使しかあるまいな」
交渉は予定通りに決裂。
ラングロードが兜を被り直し、歩を進めてきた。
一歩一歩が気迫を放つ。重圧が凄まじい。
「……では、こちらも相応の手段を取らせてもらおう」
声を震わせつつも意地を示し、デュレインが再び弓を構えた。
それは合図だ。屋敷からの奇襲の。
スタンダーが窓の隙間を通し、射った。矢は空中を駆け抜けてマルギィスへと向かい――
弾ける。そして甲高い音と強い風が辺りに広がった。
「良い腕だ。惜しい人材だな」
いつの間にか抜剣していたラングロードの仕業だ。
矢をいとも容易く弾いてのけた彼には相手の力量を認めるだけの器がある。こんな人間は油断せず、出し抜き難い。
対してマルギィスは嘲笑でもって挑発してくる。
「カカ。これは愚かな。やはり死霊術師。物の道理が分からぬようだ」
「……ああ、分からぬな。悪意がのさばる事が、物の道理であるのなら……っ!」
弓矢を構えつつ魔術も準備するデュレイン。主の補助をすべく踏み出す婆や。それぞれに気を引き締め直した。
杖が振るわれ大気が揺れる。剣が灯りを受けて煌めく。
常冬の森の中、激しき衝突が始まった。




