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コープスホワイト  作者: 右中桂示


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20/41

20 けじめの名

 壁際の棚に不気味な品々が並ぶ、広々とした儀式用の部屋。この場所ではこの日も魔術の修練が行われていた。


 師であるデュレインと目付け役の婆やが見つめる前で、難しい顔のセオボルトは虚空を睨む。相当な力の込められた、小袋を握る手と凝視する目。他を圧する集中力により、 物々しい雰囲気が作り出されている。

 だが彼は突然表情に喜色を浮かべると、床の一点を指差した。


「っ! ここだ! ここに蟻がいるだろう!」

「……う、む。確かに、いるな」

「それと、ここもだ。虫が跳ねている!」

「……む。よく、見えるものだ」

「認めたか。つまり、ようやく死霊術の修練も本番だな」


 師の答えを受け、セオボルトは誇らしげに胸を張った。


 死霊術の基本、魂を見る術である。ようやく一歩目、小さき魂の感知を会得したのだ。

 これで彼も、一応死霊術師の仲間入りである。

 予期される大物と軍の警告をしてから調子が随分と良い。焦燥や覚悟が、見えざるものの知覚に上手く働いた結果だろう。


 しかし、依然未熟なままである。

 弟子の純粋な喜びに、デュレインは冷たく水を差す。


「……い、いや、まるで駄目だ。あれほど目を凝らさずとも、目の前に兎がおったのだぞ。それ、ここだ」

「ぐっ……!?」


 不可視の真実を示すべく小動物の死霊を撫でれば、セオボルトはその場所にすぐさま飛びついた。床につく程に顔を低くし、体裁を捨てて凝視する。

 だが未熟な術師は結局見えなかったらしく、悔しげに歯噛みするばかり。挑発めいたデュレインの表情にも無反応で、己一人と向き合っていた。


 そんな彼の代わりに、婆やが冷ややかに口を出す。


「坊ちゃま。大人げないですよ。弟子とはいえ敬意は持ちませんと」

「何を言うか。この程度では、お主らの足元にも及ぶまい」

「だから仕返しを騎士殿にするのですか。その発想が幼稚なのです」

「それ、やはり合っておるではないか!」


 理不尽を感じたデュレインは婆やに大声で対抗。しかしやはり手応えはまるでない。

 二人の差も、生屍(アンデッド)ならば滑らかな口調なのも相変わらずだった。一歩進んだ弟子と違って。


 そんな他愛ない言い合いを、苛立ち混じりの声が止める。


「……戯言はいい。早く教えてもらおうか。死霊術を修得するには、今より追い込めばいいのか」


 上体を起こしたセオボルトが苦々しい顔で催促してきた。そこには剣呑な響きが伴っている。

 悔しさ、焦り、それら以外にもデュレイン達への不満が窺えた。先程の扱いでは無理もないが。

 彼をなだめるべく、婆やは優しい声音で語りかける。


「坊ちゃまの言はお気になさらず。貴方の成長は称賛に値しますよ。このまま地道に修練を積んでゆきましょう」

「……そう、だな。あ、まり急激に行えば、人間として正しい生き方を失う事となるぞ」

「構わない。危険だろうと早く扱える方法ならば」


 強く、即答。

 鋭い眼光も並々ならぬ決意を表す。思わず引き受けてしまいそうな迫力を有していた。


 だが簡単に応える訳にはいかない。デュレインは目を細め、逸らしたくなる気持ちを堪えて瞳を見据え、真意を探るように問う。


「……王女に殉ずる、腹づもりか。それは、騎士の誇りとやらか? 国の行く末を憂いた……それだけでは、あるまい」

「亡くなった殿下の母君には大恩がある。それを返す為だ」

「……大恩。人生を、引き換えにする程の、か」


 重ねられた問いかけを受け、セオボルトは一度間を置いた。

 そして静かに、彼は明かす。


「……十年前。北方の疫病」


 耳にしたのは、自身にとっても特別な語句。

 絶句するデュレイン。連想された記憶により、自然と顔を伏せ唇は強く引き結ぶ。

 それを見たセオボルトは溜息を吐き、それから詳しく語り出す。


「ここもそうだったろうが、我がソーンザイクの地も酷い有り様だった。あらゆるものが不足していた。逼迫した事態に国も混乱し、対応が遅れていた。そんな中、いち早く私財を投じて支援を下さったのが殿下の母君だ」


 彼女の支援がなければ、被害は増え、領主への信頼や面目は失われていた。それどころか家系の存続も、領地全体の命脈すらも危うかったという。

 命と誇りと、あらゆる面で救われた、まさに大恩。


 不意の衝撃からなんとか立ち直り、デュレインは騎士が背負うものを理解した。

 思いの根源は同じ場所にある。その共通点を意識し、解釈した結果を口に出す。


「……そう、か。つまり、自分と同じか。他人の為に、自らを――」

「一緒にするな」


 研ぎ澄まされた一閃が、デュレインの発言を切り落とした。

 怒気すら纏うセオボルト。

 たじろいだデュレインは顔を合わせられず、視線は床に逃げた。


「殿下から聞いている。貴様のそれは、単なる逃避だ。自己満足の犬死にだ。決して他人への奉仕ではない。……英雄の忘れ形見と聞いて、期待していたのだがな」


 今まで溜まっていた感情が洪水のように流れてくる。

 深い失望の色。共感を期待していた裏返しだろうか。


 ちらりとその顔を見て、また視線を外して、デュレインはぼそぼそと言い返す。


「……だ、だから、やけに喧嘩腰だったのか? 自分が腑抜けであろうと、お主には関係なかろうが」

「大有りだ。殿下と関わる以上は」

「……心外、だな。……お、王女に危険が及んだのは、お主がはぐれたせい、だろう」

「ああ。無論己が不在だった間の、殿下の保護には感謝している。だが。腑抜けた貴様は、殿下の傍に相応しくない」


 厳格な糾弾。その語調は静かでありながら、炎のような熱を持っていた。

 デュレインは目を見開き、硬直。反撃する意思も無く、ただ圧され、呑まれている。


 醜態を見かねてか、婆やが助け船を出す。


「セオボルト殿。少し落ち着かれてはいかがですか」

「……済まない。言い過ぎた。少し頭を冷やしてくる」


 我に返ったか、急に勢いが衰えたセオボルト。熱の冷めた、失言を恥じ入るような顔で部屋を出ていった。

 残ったデュレインは、すがりつくように婆やへ同意を求める。


「なあ、婆や。騎士だとしても弟子だとしても、無礼だと思わぬか」

「失礼ですが、ワタクシも同意見です。外に出るべきだと再三申し上げていたではないですか」


 味方もまた厳しい。先には優しくない未来が待っている。

 改めて突きつけられた己の弱さ。目を伏せ、デュレインは自問する。自分は生屍達の主として、間違っていないはずだと。

 どんなに説得されようと、どんなになじられようと、変えられない。

 何処の、誰に、何を言われようと。そう、誰だろうと――


「……ああ」


 ふと、先程のセオボルトの発言が蘇った。

 それにより気づく。下を見たまま、しかし顔つきの変わったデュレインが弱々しい声を漏らす。


「……そう、だな。その通りだ」


 侮辱への怒りはない。悔しさもない。

 ひたすらに穏やかな、それは納得の表情。

 デュレインはずっと抱えていた妙な迷いが晴れた気がしていた。




 夕暮れ時。

 寒い廊下の、ある扉の前でデュレインは深呼吸をしていた。何度も繰り返してからようやく扉を叩こうとして、しかし躊躇して引っ込めてしまう。

 彼なりに真剣。集中して取り組もうとしていた。

 だから廊下を歩いてくる彼女に、直前まで気づかなかった。


「どうされたのですか? デュレイン殿」

「……う、おおう!? あ、いや……」


 王女に声をかけられ、客室の前で慌てふためく。仰け反りながら思わず距離を取り、心臓が暴れる胸を押さえた。


 だが、そもそも彼女に用があって来たのだ。

 思い直し、再度の深呼吸。

 為すべき事を意識して心を落ち着け、はっきりと発音する。


「スノウリア王女殿下」


 初めて呼んだのは、堅苦しい名。

 呼ばれた王女は驚きからか、大きく目を見開いた。戸惑いに揺れ、落胆に歪む。

 そんな彼女の顔から視線を背け、ぎこちなく喋る。出会った当初のように。


「……い、い以前、ただの友人として――と、言われましたね。それは、やはり、いけません」

「……あの、どうされたのですか」

「……み、身分を、わきまえただけの、話です。自分、わ私は所詮、一介の死霊術師ですので」


 それは意識上での決別の証。

 親しみを感じていたが、彼女は王女。住む世界の違う人間だ。

 自分は相応しくない。未練は断ち切る。その為の、訪問だった。


 とはいえ、彼女の幸福と成功は願っているのだ。その為の助けは惜しまない。あれだけ言ってきたセオボルトへの教示も止めるつもりはない。

 個人的な感情からの願いではなく、あくまで善意。そのはずである。


 そしてデュレインの力はまだ役立てる。

 ぎこちない恭しさで数々の品、町で買った装飾品や薬の小瓶を差し出した。


「……術を付与した、厄除けに精神安定の御守。それに、怪我の薬や護身用の眠り薬です。もしもの場合に備えてお持ち下さい」


 王女は無言で素直に受け取りつつも、何処か不満げだ。不安定に揺れる瞳だけが、何かを言いたげに見ていた。

 いたたまれい。デュレインはただ、じっと立っているばかり。


「……っ!」


 そこに舞い込んだのが、外部からの反応。

 集中していたせいか、全身が大きく跳ねてしまった。森に仕掛けていおいた罠、魔術による警報が届いたのだ。


「また、侵入者ですか」

「……う、むう。そう、です。急がねば、なりません」


 慌て気味に答え、そそくさと振り返る。そして逃げ出すように彼女を置いて走り去ったのだった。

 助かった、とそう思いながら。

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