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18 魔女の素養

「殿下。私は魔術の修練に励みますが、どうぞ気にせずお休みになって下さい」

「……あ、おお……その通り。下の者に任せるのも、上の者の器量、です」


 夕食が済み、魔術の指導に戻ったデュレインとセオボルト。

 真剣な目つきに、急ぎ足。二人は共に意欲が満ちており、夜遅くまで没頭しそうであった。相性の悪さという不安要素もある。

 スノウリアは二人が心配で様子を見ておきたかったものの、ああ言われては仕方がない。


 だから代わりに別の場所に向かっていた。釘は刺されたが、大人しく待つだけなのは、やはり己の血が許さなかったから。


「あの、クラミスさん。少しよろしいでしょうか?」

「はいぃ。構いませんよぉ」


 事前に居場所を聞いて訪れたそこは炊事場である。食品や調理用具が綺麗に整頓された、清潔感のある空間だ。


 返事をしたのはクラミスだが、迎えたのは元気な足音。スノウリアが入った途端に駆け寄ってきたのは違う人物だった。


「あ……えっと、姫様っ!? お食事に不満でもありましたかっ!?」

「いえ、そうではありません。満足の出来でしたよ」


 この場にはサンドラもいたのだ。今日は彼女が調理していたのだから、当然の話ではある。手の布巾を見ると、後片付けをしていたようだ。


 正体を明かして以降、生屍達には姫様という呼称が定着していた。

 当初はあれだけ畏まっていたクラミスも、スノウリアの請いに折れ、「姫殿下のご命令とあらば、謹んで開き直らせて頂きますぅ」との承諾を貰っていた。


 そしてそのクラミスはというと、卓に並ぶ獣の骨や皮、野菜屑等を丁寧に袋へ詰めているところだった。魔術の触媒に使うのだろうか。

 どちらにせよ忙しそうである。


「本当によろしいのでしょうか。邪魔になるようでしたら出直しますが……」

「これは別段急ぎの用ではありませんよぉ。余分に用意しておこうとしただけなのでぇ」


 そう言いつつクラミスは作業を止め、椅子を引いてスノウリアに着席を促す。そして悪戯っぽく笑った。


「若に秘密のご用事なのですねぇ。長くなるのなら紅茶でも淹れますよぉ」


 そう言いつつ本当に紅茶を用意し始め、それを見たサンドラも慌てて焼き菓子を用意し始める。

 三人でのお茶会を思い出す流れ。二人からの親愛を感じ、浸るように目を細める。


 しかしスノウリアは一呼吸で気持ちを切り替えた。凛々しく立ったまま、真剣な固い声で告げる。


「私にも、死霊術を教えて下さいませんか」


 願いは簡潔。

 サンドラが口をぽかんと開けて驚き、クラミスはうすら寒い笑みで受け入れる。反応の違いはそのまま、予想していたかどうかを表していた。


「不甲斐ない騎士殿を見かねて代わりになろうとした……訳ではありませんよねぇ」

「ええ。セオボルトの覚悟を無駄にするつもりはありません」

「では、何故今なのでしょうかぁ」


 クラミスは間延びした口調と違い、張りつめた雰囲気でもって目前の少女を見据えていた。生気は無くとも熱を宿す、生屍特有の瞳で。

 それに怯まないよう呑まれないよう、スノウリアは真っ直ぐ見つめ返す。


「デュレイン殿は仰いました。悲嘆や狂気は強い力を持つのだと。故に呪術の使い手には闇を抱えた人間が向いているのだと」

「それがどうしましたかぁ?」

「ですから、専門家のクラミスさんに見解をお尋ねします」


 間を空け、一呼吸。そして胸に手を当てて、身を乗り出して問う。


「私は、呪術の使い手に相応しいのではありませんか」


 その発言が呼び込んだ、静寂。

 寒い空間が更に痛い程凍りつく。


 スノウリアには強固な確信があった。

 彼女には深い闇がある。

 恐らくは父が病に倒れた時から。決定的になったのは幽閉された時だ。それ以来、セオボルトに連れ出されて以降も、常に死神の手が付きまとっている。

 かつては慈愛と言われた献身も、今では優しさでなく自棄。

 生屍とすぐに馴染めたのも、そちら側に近しい存在だったからでは。

 スノウリアという人間を客観的に見れば、闇に足を踏み入れているのは明らかだった。


 しばし時が経ち、見定めるようだったクラミスから深い溜め息が溢れる。


「……そこまでの自覚がおありだったのですねぇ。私はてっきり、無自覚なのだとばかりぃ」

「では」

「はいぃ。素質は充分でしょうねぇ」


 生屍からのお墨付き。クラミスは物騒な確認を認めた。真実を隠さず、素直に。

 しかしもう一人の生屍、サンドラは違った。制限された感情表現の中で、大きく取り乱して叫ぶ。


「あう……姫様……っ! そんなに苦しんでいたのに、気づかなくて……っ! でも駄目ですよ、ご自分の事はもっと大事にして下さらないとっ!」


 共感し、痛ましさに堪えかねたのだ。生者ならば顔をくしゃくしゃにし、大いに涙を流していただろう。

 その情を有り難く思いつつ、スノウリアの方が落ち着いて彼女を諭す。


「サンドラさん、落ち着いて下さい。私は自らを(ないがし)ろにするつもりはありませんよ。大事にしたいからこそ、教わりたいのです」

「えっ……? ええ、と。なんの為に……?」

「私達の為、ですよねぇ」

「……ええ。察しが良くて助かります」


 正解を言い当てたクラミスに頷き、スノウリアは本題に戻ろうとする。

 だがやはり、それより先に感情的な声が再び割り込む。


「そんなっ! 余計に駄目ですよっ! 姫様まで若様と同じように……っ!」


 サンドラはぎこちなく歪んだ顔で反対。彼女なりの必死さから心配が伝わってくる。

 それが、スノウリアにとっては非常に嬉しい。

 心配してくれる人間がいる事実に気持ちが温かくなるのだ。だから彼女の決心はより固まった。


「ありがとうございます。サンドラさん。ですが、やはりそれも勘違いです」


 サンドラの肩に手を置き、宥めるスノウリア。あくまで冷静に、思惑を述べる。


「デュレイン殿はご両親から貴女方の維持を引き継いだ、とそうお聞きしました。ならば、また他の死霊術師に引き継ぐ事も可能なはずです」

「つまり、姫様が私達を維持するつもりなのですよねぇ?」

「ええ。それから権威を得た際には宮廷魔術師も動員します。これならばデュレイン殿に負担はかからず、命の刻限を引き延ばせるでしょう」


 所詮は素人の推測。だが、クラミスからの否定が無いという事は正しいのだろう。

 安心して、また心からの本心を口にする。


「私もまた、貴女方を失いたくはないのです」

「姫様……っ!」


 あまり感情的でない固い表情と平坦な声、それでもサンドラは感極まった様子だった。納得してくれたのか、反対の意思はもう無い。

 しかし、やはり二人の生屍はどこまでも対照的なのだ。


「お断りしますぅ。姫様がどう思っていようと、永らえ続ける生屍が理を外れた存在なのは変わらないのでぇ」


 クラミスは唇を尖らせ、茶化すように決意を否定した。

 その態度がまさに拒絶の意思表示。普段と似た調子だが、確実に距離が広がっていた。


 しかしスノウリアは動じない。何故なら既にクラミスという人間を知っているから。

 彼女には、感情より論理で交渉するべきだと。


「ええ。確かに生屍は間違った存在かもしれません。ですが貴女方は今もこうして永らえています。そして都合の良かった私にデュレイン殿の未来を託しました」

「だから方針を委ねろ、とでもぉ?」

「ええ。貴女方にとっての最優先はデュレイン殿が生き永らえる事。それが叶うのならば、手段を選ばないはずではありませんでしたか?」


 二人の視線が静かにぶつかる。

 緊張した対峙。長い沈黙。

 サンドラが間に入ろうとするが尻込みして入れない。おろおろと慌て、無駄な動きになるばかり。均衡は崩れず空気が熱を帯びる。


 だが、それにもやがて終わりが来る。クラミスは両手を小さく挙げた。


「……分かりましたぁ。私が折れますよぉ。勝手をされても困りますからねぇ。……ただしぃ」


 立てた人差し指を前に出し、強い語調で断じる。


「死霊術は反乱が成功し終えた後にしましょおぅ。その代わり、姫君には姫君らしい、もっと相応しい術からお教えしますよぉ?」


 結論は互いに妥協した着地点。それでも構わないと、スノウリアは微笑みながら頷いた。




 明くる日、儀式部屋の前。

 なにやら争うような話し声が漏れ聞こえていた。あまり進展はしていないらしい。

 まずは静かに。スノウリアは扉を叩き、声が止まったところで隙間を開いて顔を覗かせる。


「お二人共。まさか昨夜からずっと続けていたのですか」

「……む……い、いや睡眠はとり、ました」

「その通りです殿下。心配は不必要です」


 そう言った二人だが顔色は悪く、息遣いも正常でない。不安が的中した、明らかに心配になる姿だ。

 そんな状態には、姫君らしい術が役に立つ。


「差し入れがあります。一旦休憩にして下さい」

「またそのような事を……」


 真意を隠し、盆に乗ったハーブティーを差し出した。

 直ぐ様渋い顔のセオボルトが苦言を飛ばしてきたが、それ以上の拒否はしない。二人はカップを取り口にする。


 すると、デュレインとセオボルトに変化が起きた。

 息は幾分か安らかになり、暗かった瞳に火が灯る。見るからに消耗していた二人に、少しの活力が戻ったのだ。


「私も応援しています。無理はせずに励んで下さい」

「ご期待には、必ず」

「…………お、うむ……」


 湧き上がる気力を意識してか、セオボルトは意気込んで返事をした。

 一方のデュレインは気づいたようだが、単なる声援ではない。

 ハーブティーを触媒として魔術を行使したのだ。魔術としては基礎の基礎、本当に些細な術である。

 それでも確かに、彼らの力になれたのだった。




 スノウリアが静かに退室すると、艶かしい声が待っていた。


「どうでしたかぁ? 抜群の効き目でしたでしょおぅ?」

「ええ、上手く成功したようです」

「やっぱりですっ! お姫様の言葉は特別なんですよっ!」


 それぞれに声をかけてきたクラミスとサンドラに、スノウリアは笑顔を返した。

 誰かが力になってくれ、誰かの力になれた。その事実で温かくなる。闇は晴れなくても、かがり火が煌めいている。

 大きくなる、感謝の気持ち。


「ありがとうございます」


 しかしその一方で、欲が湧いてしまう。

 今以上に何か出来る事があるのでは、と。


 だからスノウリアの浮かべた笑みは、痩せた頬の暗さがいやに目立つ美しくも危うげなものだった。

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