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16 真実を告げる来客

 町並が夕暮れに染まり、気温が冷え始める頃。外部と隔絶された森はあるべき季節を拒絶し、夜の暗さと冬の寒さに包まれる。しかしそこに建つ屋敷は、生活感のある灯りと匂いで魔境でない事実を主張していた。


 そんな愛しき我が家に帰ってきたデュレインは、玄関口で珍しい光景を見る事となる。


「……王女様……ですか……?」

「その通りです。こちらの方はスノウリア王女殿下であらせられます」

「改めまして。私の名はスノウリア・ティル・ファリエムと申します」


 出迎えに現れた婆やが口を半開きにして硬直し、その厳しさを崩していた。固さを残しつつも表現された動揺と驚きに人間味が見える。

 無理もない。近衛騎士――セオボルト・ソーンザイクの登場とそれに伴って明かされた真実は、先に知ったデュレインにとっても衝撃的だったのだ。未だにどうすればいいか判断出来ず、彼女と目を合わせられないでいる。


 ひとまず婆やは立ち直り、顔に厳しさと理性を取り戻した。


「とりあえず、皆を集め……いえ。それより先に、防寒着の用意を致しましょう」

「……心遣い感謝します」


 他人の衣服を奪う程落ちぶれていない、とスタンダーの申し出を断りずっと寒さに震えていたセオボルトを案じ、生屍(アンデッド)は室内を駆けていった。




「――と、いう訳です。今までの殿下の保護、真に感謝します」


 防寒具を着込み熱い紅茶を飲んで人心地ついたセオボルトが、これまでの経緯を説明し終える。堅物の騎士らしく、最後まで余計な修飾の無い事務的な調子だった。


 エボネールの木工品を始め、華美でないが品の良い調度品が並ぶ落ち着いた空間。住む者が少なくなって以来初めて使われた応接間である。

 そこに生者三人生屍四人、住人と客人が全員揃っていた。同じ話を聞いた一同だが、その様子は様々。


 素性を偽っていたからか、スノウリア王女は申し訳なさそうに目を伏せている。本来その必要など全く無いにもかかわらず。相変わらず自覚が乏しいように思えた。


 事態の整理にに忙しいデュレインは不安定に目玉だけを動かしている。帰りの馬車で簡単に説明された時よりは落ち着いたが、それ以来無言がずっと続く。

 その反対に、スタンダーは生屍である事を考慮しても意外な程に平然としていた。変化といえば少し真面目そうになっている程度だ。


 そして屋敷に残っていた者達の反応はというと。


「はわぁ……王女様だったんですねっ! 王族の方とお話してただなんて光栄ですっ!」


 サンドラは両手を合わせ、飛び跳ねていた。眼差しに宿るのは憧れ。無邪気な興奮のあまり、話の後半がまるで耳に入っていなかったような具合である。


「……知らぬとはいえ、大変失礼致しました」

「……これまでの非礼お詫び致します」


 婆やはぎこちなくともハッキリ分かる程にばつの悪い顔となり、クラミスも普段のおどけた口調から丁寧なものにしていた。

 生屍といえど恐れるものはある。権威に触れた常識が個性を自粛する、ごく一般的な例であった。


 だがその当然の反応を見た王女は、不思議そうな顔で戸惑っていた。


「……あの、皆さん。本当に今までご存じなかったのですか? 私は皆さんの態度から、全て見透かした上で惚けていると思っていましたが」

「……その、それは……」


 代表として問いを向けられた婆やだが、歯切れが悪い。目も忙しなく泳ぐ。まさに生者を前にした主のよう。

 彼女の代わりに、スタンダーが滑らかに答える。


「僕は初めから言ってたんですけどね。噂に聞いた王女様の特徴と同じだって」

「なあ!? 自分は聞いておらぬぞ!」

「いやあ、それがですね、お婆殿に『一部の貴族が謀反を起こしてその一族が逃亡しているという話ですから、王女様の訳がありません』って否定されちゃいまして。あと、美貌の王女様にして、は……あ、いえ。なんでもないです」


 スタンダーは撤回したが、デュレインはその先を察した。

 あのやつれた顔と、絶世の美姫という噂が一致しなかったのだろう。そんな無礼を本人の前で言う訳にいかない、と遅れて気づいたのか。考え無しにも程がある。


 そんな暴露を受け、婆やとクラミスは生屍の顔を更に固くする。


「……失礼な思い違いです。どんな謝罪も許されません。生屍でなければ人に見せられない顔になっていた事でしょう」

「私も同じく」


 空気が重い。寒い。興奮気味だったサンドラもすっかり冷めていた。

 あの二人のこんな姿は珍しい、などと思っていられない。デュレインはしっかりせねば、と拳を握る。


 が、具体的に何かをするか必死に悩んでいる間に、当の王女が動いた。


「……あの、皆様。あまり恐縮なさらないで下さい。気軽に接して欲しいと望んだのは私自身なのですから」

「殿下もこう言っておられます。敬いの心は結構ですが、あまりに過ぎれば失礼にあたります」


 王族らしからぬ請いに続いて、渋い顔でセオボルトが援護。本人は異なる意見を持っているようだが、王女の要望を優先するらしい。


 それを受け、婆やとクラミスは顔をあげて普段の態度を整える。内心は追いついていなさそうでも、とりあえず見た目だけは。

 これもまた、権威の力である。


「ですからデュレイン殿も、今まで通りになさって下さい」

「……ふへぅっ!? ……う、あ、は…………承服した」


 珍妙な悲鳴。突然話を向けられ、油断していたデュレインは周りが驚く程に大きく飛び跳ねた。

 それからようやく言葉を発する。今まで通りでもなく、大袈裟に恐縮するでもない、実に中途半端な形で。

 動揺。葛藤。

 つまらない理由から願いを叶えられない。だからなのか、デュレインは王女の隣で堂々とするセオボルトに、大きな敗北感を味わっていた。


「……そろそろ本題に入ってよいでしょうか」

「では、セオボルト殿。確認しておきたい事があります」


 無駄に過ぎていた時間を有意義に。

 生真面目な騎士と責任感のある婆やが率先して話を進める。


「ソーンザイクといえば、この地方の隣の領主の家系ですね。その為、森の恐ろしい死霊術師という噂だけでなく、正しい実態を知っていた……そこまでは理解できます」


 推理が正しいからか、口は挟まれない。

 そのまま淡々と、質問ではなく詰問するように婆やは言葉を突きつける。


「ですが、ここを王女様の隠れ家に選んだ理由はなんなのでしょう。隠れ蓑に都合がいいというだけで託したとは思えません。もしや山を越え北へ亡命するつもりでしょうか」

「退くつもりはありません。本当に反乱を起こし、主権を取り戻します」


 セオボルトの物騒な答えに、本人以外の誰もが言葉を失った。大小それぞれの驚きが見てとれる。

 いち早く我に返ったのは、珍しくデュレイン。やはり目を見られず、相手の額辺りを見ながらも鋭く問う。


「……な何故、逃げぬのだ? まだ亡命の方が、安全ではないか?」

「他国との軋轢、ひいては戦争の原因ともなり得ます。そんな事態は避けねばなりません。しかしそれ以上に、罪無き殿下濡れ衣を着せるような者に、この国の主導権は渡せません」


 迫力を伴う、勇壮な宣言。

 またも一同は彼の雰囲気に呑まれる。騎士の忠誠をそこに見て、デュレインは握り拳を震わせもした。


「……っ……そう、でしたか……」


 王女もセオボルトの思惑は初めて知ったようだが、予想していたのか受け入れている。もっとも、顔を見ると納得出来るかはまた別の話らしいが。


 そしてそれは、一人だけの話でもない。

 デュレインの表情に凛々しさが生まれた。人間性を見定める目つきをして、懸命に気を張って、セオボルトと向き合う。


「……へ、兵は、足りるのか? 正規の軍相手に、地方貴族が勝てるとでも? そもそも、武力で奪った主権が、認められるのか?」

「だからこその情報工作です。民衆だけでなく各地の有力者にまで伝われば、多くの協力が得られるでしょう。それともう一つ。……貴殿には、死霊術の教授をお願いしたい」

「……何故だ?」

「国王陛下の崩御は誤りだった。そう発表し、もうしばらく──正当に王位継承が行われるまで王座に着いて頂く為です」


 目の据わったセオボルトは簡単に言ってのけたが、非常に背徳的で強引な手段だ。騎士とは思えない発想。

 病のせいで残せなかった遺言を死後に改めて残す。そういった原初の死霊術の使い方に近くはあるのだが。


 ただし、だからといって易々とは受けられない。死霊術師は弟子志願者を見極めるべく問いを重ねる。


「……せ、政治は詳しくないが……そう上手く事が運ぶのは、難しいのではないか?」

「必ず成し遂げる。どれだけ犠牲を出そうとも。陛下を冒涜した罪で裁かれようとも」


 強く強く、断言。

 事の重大さを理解し、命を落とすつもりの彼だが、そこに自棄の気配は無い。

 激しい炎のような瞳。そしてどっしりと威厳のある声。まさに誇り高い騎士の姿そのものだった。


「是非、お願いしたい」


 そして彼は深々と、決意が感じられる姿勢で頭を下げた。両者の身分からすれば、考えられない行動である。


 騎士と王女。その顔を交互に見て、下す結論。

 敬意と矜持から相手の目を辛うじて見て、デュレインは手を差し出した。


「……わ分かった。引き受けよう」

「有り難い」


 そして契約は結ばれる。

 スノウリア王女は何かを言いたげな顔をしていたが、結局それを口にする事はなかった。

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