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15 ささやかな幸福を

「この町を楽しみませんか?」


 喧騒から離れた町の片隅で、静かにデュレインが眉をひそめる。顔役の家から出た直後の提案が、言ったスノウリアにとっても馬鹿げたものだったせいだ。


 それは不必要な遊び。楽観的で危険な、身の安全を優先するならば絶対に避けるべき無駄な行為でしかない。

 ただ、人情と接した今のデュレインにこそ、この町の人間との触れあいが必要だと思ったのだ。恐れを克服する、死の未来を退ける、唯一無二の機会だと思ったのだ。


 だからスノウリアは、怪訝な顔を少しずらして合わせてくるデュレインに対して遠回しに言葉を重ねる。


「折角の外出です。情勢はある程度把握出来ましたから、少しは羽を伸ばしてもいいでしょう?」

「……い、いや、しかし、お主は、隠れておるべき身の上であろう。自覚が無いのか?」

「いえ、きちんと自覚はあります。しかし、それほど心配は要らないかと」


 狙われる張本人が、あえて断言した。意見を通すべくはっきりと。

 スノウリアは町の人間から得た噂を整理し、推測を組み上げ、改めて提示する。


「まず、噂は収まるどころか新しい説が生まれては広まっているようです。……が、一番支持されているのは、王妃が全ての黒幕であり謀反を起こした者にこそ大義がある、というものです。これは私の味方が工作した影響もあるのでしょうね」


 流れるように述べ、デュレインがたじろぐ前で更に続ける。


「それから、この周辺を含め国の北部一帯では反乱の鎮圧だとして兵士が動き、小規模の戦闘が起こっているようです。先日の輩もその一員でしょう。しかし、噂の影響によりあまり信用はされていません。さぞかし動き難い事でしょう」


 捜索の地域が絞られている事は脇に置いて、都合良く進める。


「西部でも兵士が慌ただしいようですが、これは隣国との関係が良好な、危険の少ない地域から兵を動員する為でしょう。私の捜索に手間取っている証拠です」


 最後に、胸に手を当て自分自身を示す。


「それに、この姿では余程の失態をしない限り、私だと見抜かれはしないはずです」


 スノウリアは微笑む。他者の幸せを願って。

 しかしそこには、薄氷のような危うさと月夜のようなほの暗さがあった。


「ですから、私は大丈夫です」


 理屈は通っていなくもないが、あくまで説得の為の詭弁。どれ一つとして安心していいものではない。

 それでも彼女は堂々と言い切った。


 聞き終えて、無言を通していたデュレインが躊躇いがちに口を開く。


「…………お主は、やはり自覚が無いな。質が悪い。自分が言えた事でもないが。……分かった。ただし、お主も楽しむのだぞ。自分を優先するばかりではいかん」

「ええ、勿論です」


 彼にしては強く、責めるような口調だった。

 目論みも理由も、全て見抜いているからだろう。

 お互いに察した上で、お互いに意思を尊重。そうしてやっとこれからの行動が決定されたのだ。


 だが、二人はその場に直立したままだった。

 心地よい春風が吹く中、うろたえるデュレインが疑問を発する。


「……と、とはいえ、どうするのだ?」

「え? どうするもなにも、町の中を見て回ればいいのでしょう?」

「……だ、だから、自分にはそんな経験が無く、どうすればよいか分からぬのだが」

「……あの、あまり情けない事を仰らないで下さい」

「し、仕方がないではないか! そもそも今日のこれ自体嫌だったのだぞ!」


 デュレインの発言に多少冷ややかになったが、そんなスノウリアも似たり寄ったりだった。

 王女にそんな経験がある訳もない。スノウリアはお忍びで城下を見て回るようなお転婆姫ではなかったから。


 だから結論は、考えるまでもないようなありきたりのものしか出ない。


「……エボネールといえば、やはり木工品でしょう」


 スノウリアにも、王都から遠いこの町の知識はあった。

 芸術的な木工細工は貴族の間でも人気があったからだ。実用品は一般庶民にも広まっていると言う。


 もてなしてくれた顔役からも、土産を貰っていた。

 数々の装飾品や櫛、それらを収める小箱。どれも小物ながら精巧な細工が施されており、見事な芸術品と呼べる。本当なら家具等の高級品を贈りたかったらしいが、持ち帰りの面から丁重に断っていた。


 しばし探して歩けば、簡単に何軒も見つかった。

 大型家具も大変興味はあったが、冷やかしは無礼ではないかと思い、断念。代わりに二人は髪飾り等の装飾品や食器等の実用品、小物類が並ぶ店に入った。

 

 恐る恐るだったスノウリアを迎えたのは、職人技を凝らした品物の数々。高級品に触れてきた王女であっても感心する出来映え。見て回るだけでも新鮮な感動を味わえた。

 民衆の一人になった気持ちで、スノウリアは思わず時を忘れて楽しんでしまう。


 そんな彼女を現実に引き戻したのは、いつの間にか離れていたデュレインがあげた感嘆の声だった。


「素晴らしいな、これは……!」

「確かに。細工が細かく、独特な紋様が美しいですね」


 興味を持って横から覗き込むと、彼はぎょっと大きく仰け反った。危うく棚にぶつかるところ。軽挙にスノウリアは反省する。

 乱れた息を整えてから、デュレインは訂正をする。


「……そ、それもあるが、魔術の触媒としての話だ」

「これが、魔術に使えるのですか」

「……う、うむ。それも、上等な魔除けの触媒だ」


 得意分野であるからか、何処か楽しげな様子でデュレインは解説を始める。

 彼いわく、元々太陽を浴びて育つ木はその力を蓄えており、種類毎に様々な魔術触媒としての使い道があるらしい。更に紋様が魔術的効果を増しているのだとか。

 それも偶然ではあり得ない精度との事。


 一通り解説を終えると、息荒く店主に呼びかける。


「……て店主! こ、この紋様を考案したのは誰だ!?」

「こちらは……かつてこの町を救って頂いた魔術師様が考案したものですな。私達は今でも、その恩を忘れておりません。ですから常に身に付けておりますよ」

「……そ、そう。か……」


 老いた店主は例の首飾りと同じ物を取り出しながら、歯を見せて笑った。

 再びの真っ直ぐな思い。英雄の息子は目を見張り、伏せる。

 それから浮かべた小さな笑みは、どこか誇らしげであった。




「買い物には満足しましたか?」

「……う、む。そうだな。良い物が手に入った」


 あれからデュレインは数店舗を回り、時間をかけて見繕った品を幾つか購入した。だから彼の答えは間違いではないのだが、満足の理由が他にあるのは明らかだった。


 二人は今、露天で果物を買い、広場に少し離れて座っている。

 例の紋様の首飾りをじっと見る横顔は緩んでおり、非常に嬉しそうだ。スノウリアまで頬が緩む。

 喉を潤す甘い果汁。工房から届く小気味いい木槌の音。肌を撫でる柔らかな風。更に、この満足感。

 穏やかな昼下がりを堪能するのに最適な環境であった。


 そんな時。

 彼女らに妙な男が近寄ってきた。

 たくましい体格が纏う強者の風格。汚れと破れが目立つ外套を着込み、深く被った帽子と包帯で顔の半分以上を覆っていた。

 警戒心を抱いたスノウリアは、恐々と声をかける。


「……あの、ご用でしょうか?」


 不審な男は答えない。代わりにスノウリアの荷物を指差し、次いで自身の包帯を示す。


「怪我に効く薬をお求め、でしょうか?」


 スノウリアの解釈に男は頷き、代金を払う。そして薬を受け取ると最後まで無言のまま立ち去っていった。

 その後ろ姿に、疑問をこぼす。


「……なんだったのでしょう? 傭兵、にしては妙な雰囲気でしたが」

「……ああ、あやつなら、ずっとついてきておったな」

「前から気づいていたのですか? では、正規兵とは別に雇われた追っ手なのでしょうか」

「……あ、あれは違う。前に、森で見かけた不埒者は、気配を完全に消しておった。あの出来では、お粗末に過ぎる。そもそも姿を見せぬだろう」


 その言に納得して、しかし気にかかったので頭の隅に留めておく。あんなに怪しいのに不安よりも好奇心を刺激する、妙な感覚だった。


「すいません」


 と、そこに再び来客。今度はごく普通の若い女性だ。


「旅の薬売りというのはあなた達ですか?」

「ええ。なにかご入り用ですか?」


 やはり反射的に距離をとったデュレインと入れ代わり、スノウリアが手際よく対応する。


「はい。とてもよく効く薬なので備えておきたくて」

「今日一日で評判が随分広まったのですね。有り難い事ですが」

「……えーと。確かに直接売りに来られたのは今日が初めてですけど、ずっとこの町の商人に卸していましたよね?」


 自信無さげにされた確認で、スノウリアは理解した。

 出所は森の中での取引。これまで大して怪しまれず、もしろすぐに信用されていたのは、ずっと取引を続けていた成果であったのだ。


「ええ。その認識は合っています」

「やっぱり合ってたんでしたね。ずっとお会いして直にお礼したかったんです。あなた達のおかげで私も母も助かりました。本当にありがとうございます!」


 町娘は心のこもった礼を言い、深く頭を下げる。

 純粋な感謝の気持ちの表れ。

 まだ慣れないのかデュレインは目を見張ったり、キョロキョロしたりと落ち着かない様子だ。あまりの反応に女性の方が困る程。スノウリアがとりなさなければ、医者でも呼ばれていたかもしれなかった。


 女性が立ち去った後、デュレインは多少赤らんだ顔を手で扇ぐ。


「……暑いな。日差しが強い。汗も出てくる」

「ええ。春は陽気な季節です。あの寒さで暮らしててきた貴方が慣れないのも無理はありません」

「……そうだな。まだ慣れぬ。だから、もう少し、この場所で休んでいくのも、悪くない」

「ええ」


 素直でない言葉に、スノウリアは大きく頷く。

 この小さくとも豊かな町は人情味が溢れている。それが確かに、彼へと伝わった。それが察せられて、自然と頬は緩む。

 愛すべき雑踏を、そして己と向き合うデュレインを、スノウリアは微笑ましい気持ちで眺めるのだ。






「デュレイン殿、今日はありがとうございました」


 日の傾きが半ばを過ぎた頃、スノウリアとデュレインは屋敷への帰路を歩いていた。


「……何を言う。……自分が、不甲斐ないせいで客人を働かせたのだ。感謝されては、こちらの立つ瀬がない」

「いえ、それでも私に不満はありません。ありがとうございました」

「……お主は、本当に……いや。ならば、こちらこそ、だ。……あ、ああり、がとう」


 スノウリアは真っ直ぐに、デュレインはたどたどしく。互いに礼を言い合った。

 一度否定されたが、気遣いでなく本心である。この町での出来事はスノウリアにも輝かしい思い出として刻まれたのだから。

 二人は名残惜しむようにゆっくりと、少し前後にずれて歩を進めていく。その距離は、行きの際よりやや近い。


 そして二人は――


「もし、そこの貴女」

「っ!?」


 後ろからの第三者の声を耳にした。

 瞬間、警戒。振り向き様にデュレインが前に出る。

 その背中は勇ましい。例え見ているのが相手の足であったとしても。


 背後にいたのは町中で見かけた、汚い旅装を身に付け、顔を隠した男だった。敵意が無いと示す為か両手を挙げている。やはり目的は不明だ。

 しかし、スノウリアが気になったのは彼の声。

 似ているだけかと疑うも、それは確かに、知っている人物のものだったのだ。


「この顔に見覚えはありませんか」


 男は片手を挙げたまま、もう片方だけで包帯をほどいて帽子を取り、隠していた顔を露わにする。

 その顔は思い描いていた人物と完全に一致。

 だからスノウリアは見覚えのある彼の名を反射的に叫んだ。


「セオボルト!」

「はい。このセオボルト・ソーンザイク、遅れ馳せながら参上致しました。スノウリア殿下」


 渋味のある声で名乗った彼は丁寧な仕草でひざまずく。


 その男は幽閉されていたところを連れ出してくれ、そして逃走中に離れ離れになった、あの近衛騎士だった。

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