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14 眩しさを受け止めて

 生き物の気配がしない不気味な森に騒々しい音が響く。その正体は蹄と車輪が鳴らすもの。角灯が照らす広い道を、生屍(アンデッド)の馬が引く馬車が走っていた。


 御者席にはスタンダー、隣にデュレイン。荷台にアリルとグロンが乗り込む。

 一行は最寄り町への移動中。昨日婆やから言われた任務を実行している最中だった。


 もっとも、その予定にデュレインは恐ろしく気が乗らない。弱々しい顔で隣の御者を見つめる。


「……なあスタンダー。やはりついてきてくれぬか?」

「あははは。無理ですね。森の外に出たら僕は腐っちゃいますよ」

「大丈夫だ心配いらぬ。自分の死霊術を信じるのだ。一日程度は軽く持つはずだ。持つはずなのだ!」

「腐らなくても町の人を怖がらせちゃいますんで、行く意味が無くなりますよ」

「顔を隠して後ろに控えてくれればよい。生屍だと露見せねば解決するではないか!」

「だからそんな事言われても無理ですってば。覚悟を決めて、大人しく二人で行ってきて下さい」


 懸命に力説しようと返事はすげない。軽く流されるばかり。生屍は冷たく、世は無情である。


 実のところこれは、昨日から何度繰り返されたかも分からないやりとりだった。

 何度断られてもデュレインは諦めず、不屈に。慣れてきたアリルならばともかく、全く未知の人物との接触はまだ避けたかったから。なにがなんでも回避しようとしていたのだ。

 他人からすれば力の入れどころが大幅に間違っていた。


 町へ出かける。

 婆やがそれを要求したのは、先日の侵入者の一件が原因だった。

 今回は助かったものの、相手の力量を考えれば更に悪い結末になっていてもおかしくはなかった。後手に回っては不利に過ぎる。

 故に目的は、重要性の再認識された情報収集だ。


 ただ、だとしても安全の為にアリルは屋敷にいるべきである。分かっていながら、こうして危険を冒して外へ出るよう要求している。

 何故なら彼女が必要不可欠だったからだ。


『非常に心苦しいのですが。坊ちゃまに赤の他人相手の聞き込みは難しいですし、生屍のワタクシ共では話すら叶いません。アリル様自ら出向いてもらわなければならないのです』


 そんな理由だった。

 切実な人材不足なのである。


 無論、狙われる彼女をそのままで放り出しはしない。

 デュレインとクラミスの施した魔術によって、黄金の髪は赤茶色に、黒檀の瞳は青に、雪の白肌は人並みの色に変わっている。見た目は完全に別人であった。


「……あ、ななあ、お主もスタンダーがいなくては不安であろう?」


 そんなアリルに同意を求めるべく、デュレインは後ろをチラリと見やる。


 するとその先では、彼女がグロンとじゃれていた。

 毛を優しく撫でれば、嬉しそうな鳴き声が響く。なんだか笑顔で楽しそうだった。グロンを見ているからか視線が合わず、幾分は安心して見られる。デュレインもなんだか微笑ましくなった。

 ただしそれもアリルが気づくまで。顔がこちらに向けられれば途端に緊張してしまう。


「え? ……いえ、二人である事に、特に不安は……」

「む? ……な何故だ? スタンダーは弓に関しては凄腕なのだぞ? じ自分よりも護衛に適任であろう?」

「いえ、確かにそうかもしれませんが……貴方も一流の魔術師だと伺っています。私の身の心配は必要無いでしょう?」

「…………む……う、うむ。……それ、は勿論だが」


 信頼と微笑みがくすぐったい。

 それをどうしても無下に出来ず、デュレインはしどろもどろになりながらも肯定。おかげでもう説得を断念するしかなくなってしまった。

 だから彼は前を向き、隣で笑みを抑えきれぬようにぎこちなくにやけるスタンダーを軽く小突いたのだった。




「いいかスタンダー! 絶対にこの場所を離れるでないぞ! グロンもそやつを引き留めておくのだぞ! いいな、必ず守るのだぞ!」

「あははは。そこまで言うのは流石に大袈裟じゃないですか」

「ええい、まだ自覚しておらんのか! これでもまだ足りぬくらいだぞ!」


 屋敷と森の出口の中間から少し出口寄りの場所で、デュレインが警告の叫びをあげていた。本気も本気、必死の形相である。


 馬車はここまで。スタンダーとグロンは念の為に待機。緊急時はここから駆けつける予定なのだ。

 一時の別れを済ませたデュレインは、笑いを堪えているような顔をしていたアリルに声をかける。相変わらず目を合わせられずに額を見ながら。


「……そ、それなりの距離を歩くが、体は大丈夫か?」

「ええ、大丈夫です。お陰様で随分良くなりましたから」

「……そうか。ならば、行くぞ」


 彼は先に立って森の道を歩いていく。時々振り返り、アリルの歩みを確認しては歩幅を調整して。

 間の距離は二歩分。隣にはまだ、並べなかった。




 最寄りの町――エボネールで情報収集をする二人は「魔術師の師匠から薬の行商を言いつけられた弟子」、そんな設定である。行商ついでという名目で話を聞くつもりなのだ。

 防寒着は冷気の境界で脱ぎ、今は簡単な旅装。二人の不健康そうな顔つきと相まって、見た目に添った怪しまれない肩書きである。


 ここは木工が盛んな辺境の町。薬の需要は多い。

 とはいえ怪しい余所者では信用を得難く、まともに話すのも困難。必要な情報を手に入れるまでは相当に時間がかかる事だろう。


 と、そうデュレインは覚悟していた。

 だが結果は――


「お買い上げありがうございます」

「いいええ。こちらこそ虫には悩んでて、助かったわ」

「お役に立ててなによりです。……ところで、近頃は物騒な噂を耳にしますが……情勢はどうなっているのでしょう? 私達は旅続きなもので疎くて……」

「ああ、確かに困るだろうだねえ。私も噂程度しか知らないんだけど――」

「……っ!! ……っ!? ……っ!!?」


 後ろから様子を見守るデュレインは言葉も無く驚愕していた。

 アリルがあっという間に初対面なはずの町人と打ち解けてしまったから。それも声をかけた全員と。彼からすれば奇跡の技であったのだ。


 十人程に薬を売って情報を得たところで、アリルは戻ってくる。


「デュレイン殿。多くの話を聞けました……あの、どうされました?」

「……お主は、違うのだな……」

「はい?」

「……愛想が良く、話術の才がある。自分とは格が違う人間なのだな……」

「いえ、あまり大した事、は……していたかもしれませんね」


 否定しかけたアリルだが、途中で意見を翻した。目を逸らしながら、非常に言いにくそうに。

 それほど落ち込んだデュレインは憔悴した顔をしていた。この短時間で酷く老け込んだように見える。

 あまりの姿にアリルも慰めの言葉をかけられない。余計な真似はむしろ侮辱になりうると考えたからか。彼女は彼女で無力さを噛み締めているらしかった。

 居たたまれない時間が流れゆく。


「あのう……」


 びくぅっ。突然の知らない声により、デュレインの体が大きく跳ねる。

 アリルと共に振り向けば、そこには一人の人物が現れていた。


「失礼。驚かせてしまいましたか」


 話しかけてきたのはガッシリした体格の壮年男性だった。汚れや木屑の目立つ、木工の作業を途中で抜けてきたような恰好をしている。


「流れの薬売りというのはあなた方ですよね?」

「……む、うむ。……そ、そうだ、なにか、入り用か?」

「いいえ。用があるのは薬でなく、あなたです」


 狙いはアリル。

 一瞬そう考え身構えたが、男性が注目していたのはデュレインの方。その表情にも敵意はなく、むしろ親しみが窺えるものだった。


「ただの薬売りではなく……グレイバース家のご子息としてお話しさせて下さい」




 男性に案内されたのは町の中でも立派な家だった。木工職人の顔役らしく、内装も質が良い。

 見事な彫刻が施された卓に着き、デュレイン達は男性の話に耳を傾ける。


「薬売りが来ていると耳に挟んでもしやと思い、直接顔を見たところ、すぐに分かりました。あなたには父上殿の面影があります」


 人のいい笑顔と穏やかな語り口。

 それだけで全てを判断しては愚かだが、警戒が不必要な人間だとは知れた。

 父を持ち出されてもデュレインの心は未だに閉じたままであるが。


「お嬢さん。あなたも助けられたのでしょう」

「……ええ。大変お世話になっています」

「やはり。変わっていません。昔も病人や孤児を快く受け入れていましたからね」


 アリルを見るその目は深い同情があった。

 まだ万全にもどっていない痩せこけた顔つきから、どちらかだと判断したらしい。都合がいいので訂正はしないでおくのだが。


 デュレインにも同情とそれから後悔が追加された表情が向く。


「あなたのご両親には妻を、子供を、この町を救って頂きました。それなのに、私達は見殺しにして、あなたを傷つけてしまった。感謝も謝罪もできずにいた……だから、今日はせめてこれを受け取って頂きたい」


 男性が合図をすれば、手際よく妻や弟子達が料理を運んできた。次々と人が行き交い、すぐに卓は皿で埋まる。

 そして見ただけで価値が分かる、豪勢な食卓が完成した。


「さあ、どうぞ。急ごしらえで済みませんが」

「……こ、こんなには……その、せめて代金を」


 普段の食事も決して貧相ではないが、目の前のこれはそれ以上。デュレインが困惑顔で躊躇った。

 しかし男性は全く折れない。溢れんばかりの厚意を勧めてくる。


「いえいえ。お金など、むしろ足りない分を払うべきところですよ。感謝の気持ちはそんなものに変えられませんから」


 価値は問題ではなく、本質は形に出来ない領域にある。


 言葉の意味をゆっくりと咀嚼。

 時間をかけて返答を決めたデュレインは、ここに来て初めて男性に視線を合わせる。


「……そ、そうか。では、有り難く受け取らせてもらう」


 揺れながら、目を細めて眩しそうに、しかし、決して相手の顔から逸らさずに言い切った。最低限の礼儀として。無言のアリルが慈愛の笑みをたたえて見守る傍で。


 もてなしの食事は、とても温かいものだった。

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