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13 墓場からその足を

「……あ、ア…………な、ななあ!」 

「デュレイン殿」

「あ、若様」


 夕暮れ時の屋敷内。背後からの声が裏返った呼びかけに、廊下で話をしていたスノウリアとスタンダーが振り返る。


 そこには病み上がりだろうに支えもなく立つデュレインがいた。ぼさぼさの髪に目の下には隈。不健康そうだが普段通り。一見したところ復調したらしい。


「体調はもう良いのですか?」

「……うっ……う、うむ。もう平気だ」

「ならば安心なのですが……私になにかご用でしたか?」

「……ぐ、偶然通りかかったから、声をかけただけだ。お主らこそ、何をしておったのだ?」

「今日は森に置いたままだった罠を皆で片付けてきて、その報告をアリル樣にしてたんですよ。ああ、若様にも説明しますね」


 そう答えたスタンダーは、今までスノウリアが聞いていた話をもう一度最初から始めた。物騒な実態と見合わない軽々しい調子で。


 昨日の一件の折りに、継母が放ったであろう密偵が仕掛けた、逃走用の罠。生活域であり狩猟場でもある森を危険地帯にするそれの排除は、看病の次に優先すべき問題だったのだ。

 偽装も多かったが何分数が多い。安全重視で慎重に作業した為、生屍(アンデッド)三人と一匹がかりでも半日以上かかってしまったらしい。


 それもこれもスノウリアが原因。

 なにか手伝える事はないかと申し出たものの、当然婆やには危ないから屋敷で大人しくしているように言われてしまっていた。だから彼女は一日中サンドラと二人で過ごしていたのだ。それはそれでお茶とお菓子と他愛ない話の、なかなかに有意義な時間だったが。


 報告を聞き終えたデュレインはスタンダーに労りの目を向ける。


「そうか。ご苦労だったな」

「あはは。苦労なんてしてませんよ。僕はなんだか楽しかったですし、クラミスは魔術を使った罠に興味津々でしたよ」

「あの、それは生屍だとしても不謹慎なのでは……?」

「……生屍だから、ではない。こやつらは昔からこんな人間だったぞ。スタンダーは何度迷子になっても笑っておったし、クラミスはサンドラや自分を魔術の実験台にしておった。その頃から……何も、変わっておらん」


 スノウリアが控え目に指摘すれば、デュレインは更に困惑するような事実を重ねてきた。

 同情すべきか、大切な思い出なのか。事情を知る今の彼女としては返答に困ってしまう。


 それはともかく。

 その話す様子はあくまで自然。強がりでも無理をしている訳でもなく、本当に体調は良さそうだ。

 倒れてから一日近くは経っているが、あの衰弱具合では回復まで時間がかかるのではと心配していた。だから素直に喜ばしい事である。


 ただ――とスノウリアは疑念を抱えていた。

 先程からデュレインの様子がおかしい。あまりに普通過ぎるのだ。

 初めに声をかけられた時は違和感がなかった。だが、それ以降は驚きも怯えもせず、多少滑舌も良くなっている。視線も少し逸れてはいるが、彼女の顔を向いている。

 元の状態こそがおかしく今も滑らかとは言い難いのだが、彼にしては上等な部類だった。

 スタンダーも同様の考えらしく、大きく首をひねっていた。


 神妙に沈黙する二人を見て、デュレインは眉をひそめる。


「……何を、呆けておる? そちらこそ大丈夫なのか?」

「あ……いえ、ただ考え事をしていただけなので」

「……ならば、よい。早く行くぞ。そろそろ、食事の支度ができる頃合いであろう?」

「……え?」

「え?」


 スノウリアは、そして反応からしてスタンダーもまた、思わず耳を疑った。


 今までの食事といえば婆や達の説得や策略によって同席していただけで、ずっとデュレインは別々に食べると主張していたはずだ。それが自分から。

 別人ではないかとすら疑ってしまう。


「……だから、どうしたというのだ。不調なら、自分が診るが?」

「……いえ、大丈夫です。行きましょうか」


 先に進んだデュレインから促され、スノウリアは我に返った。そして歩きながら推察する。


 拒絶せず、前向きに。寝室でのあの会話によって考えを改めてくれた、とそういう事なのだろうか。

 だったら喜ばしい事である。

 のだが。


「こう急に、では……どうにも調子が狂いますね……」

「あはは。全くです」


 その囁き合いは勿論小さな音量で放たれ、デュレイン本人へと届く前に消え去ったのだった。




「……どうされたのですか、坊っちゃま」

「何を驚いておるのだ。お主らがいつも言っていたであろう。素直に応じては悪いのか?」

「それはそうなのですが……もしや、倒れた際に頭を打たれたのでは?」

「しつこいぞ。少しは主を信じたらどうなのだ」


 そして食堂。

 スノウリアやスタンダーと同じく、婆やまでもが信じられないものを見る顔での応対だった。むしろ彼女の方が衝撃は大きかったらしく、らしからぬ大きな感情表現となってしまっていた。

 気持ちのよく分かるスノウリアは心の中で激しく頷く。あの婆やに親近感を覚えたのは初めてかもしれなかった。


 ところが、予期せぬ行動により、次は胸騒ぎを覚える。


「少し所用がありますので」


 と、食事の準備を終えたところで婆やが早々に退室していったのだ。

 普段との違いになんらかの企みを確信する。だが恐らく厳しくとも為になるだろうから、疑念はそっと胸にしまった。


 そうして二人は、妙な違和感が食卓を包む中で食事する。

 温かく味の良い料理はそのままだが、婆やが外れデュレインの席も以前より近い。二つ分だけ。些細な環境の変化が些細な心情の変化をもたらしていた。

 それに、違うところは他にも。


「……ど、どうだ? 味は」

「え? ええ、大変美味です」


 今更である質問に、スノウリアは戸惑いつつも律儀に答えた。

 初日以外は基本的に婆やかスノウリアが話を振るか、デュレインが愚痴るか、だった。それがこの変化。

 やはり彼の意識は変わったようだ。だったら、こちらも変えるべきだろう。


「私は特にこのスープが好きです。優しく繊細な味付けなので。貴方は?」


 わざわざ確かめる事は不粋。下手に問い質すよりは、協力 を。

 他愛ない質問を向ければ、声を震わせながらも彼は応じてくれる。


「……う、む。そうだな……自分もスープは好きだ。婆やが有り余っておる時間をかけて丁寧に作っておるからな」

「やはり手間暇は料理の要なのですね。野菜もサンドラさんが大切に育てられているようですし」

「……スタンダーも忘れはいかんぞ。あやつは狩りを誇りに思っておる」

「ええ、忘れてはいません。この食卓は皆様のお力が合わさった結果なのですね。ただ、そうなるとクラミスさんだけ仲間外れになってしまいますが」

「……いやクラミスは……たまに妙な薬をスープに仕込むな。……あ……お主が来てからはしておらんようだが」

「……ほ、本当にお茶目な方ですね」


 妙な話に顔をひきつらせたりしながらも、会話を途切れさせないスノウリア。デュレインも視線は落ち着いていないが、不快ではなさそうだ。

 話は思いの外弾み、その感覚に心地よくなる。


 そんな中、唐突にデュレインは明後日の方向へ問いかけを放った。


「ところで、お主らはなんなのだ?」


 鋭い、責めるような声。

 視線を追えば、すぐに分かった。扉の隙間からクラミスとサンドラとスタンダーが覗いている。

 隠れつつ、僅かでも身を乗り出そうとする姿勢。生屍であっても興味津々という雰囲気が隠れていなかった。


「あらぁ。気にせず続けて下さればよかったのですよぉ?」

「ごめんなさいっ。どうしても気になってしまってっ!」

「あははは。僕は止めようと思ったんですけど」


 スタンダーが話を広めたのだろう。たった数人の家族だ。早くて当然。興味を持つのも当然。そういう話は誰だって大好物なのだから。


 スノウリアとしては注目を浴びる事も慣れっこだが、デュレインは不満顔である。


「趣味が悪いな。自分は見せ物ではないぞ。まあ、お主らの性格は知っておったが」

「不快に思われましたぁ? それでは失礼しますねぇ」

「お二人で楽しんで下さいねっ!」

「頑張って下さい。他の場所から応援してますから」


 賑やかに生屍達が去っていき、再び二人きり。

 デュレインは唇を尖らせてぼやく。


「全くあやつらは……」

「ふふ。皆さん貴方が気にかかるのですよ。仲が良くて羨ましい限りです」

「……ああ、自慢の者達だ。妙な勘繰りをするお節介であっても、な」


 やけに強調した、言い訳するような口調。

 表情は複雑。目も口も揺れ、それぞれ別々の生き物めいた動きを見せる。葛藤と、それを乗り越えようとする強い意思があった。


「……今以上に騒がれると面倒だから言っておく。自分はあやつらを失うつもりはない」

「……ええ」


 意志の再確認。

 少し残念に思いつつも、予想していた言葉でもあるので素直に受け入れる。

 しかしデュレインの独白には続きがあった。


「……だが、あやつらだけが世界の全てでは、ない」


 彼には変化があった。

 スノウリアは驚きつつも、黙して聞き入る。


「生者はまだ慣れぬ。正直避けたい気持ちは、ある。だが生者と一くくりにしては、何も見ておらぬのと同じ。人形を話し相手にするようなものだ」


 震える瞳が物語る。

 避けたい。しかし、離れ難い。相反する気持ちの葛藤を。


「……お主はお主だ。生者の一人でなく、一人の人間として接しなければ失礼だと、接したいと……そう、思ったのだ」


 ずっと上にずれていた視線だが、矜持からか最後だけはしっかり目を見て言い切った。


 それはあくまでスノウリア個人への評価。傷を克服した訳ではなく、根本的な解決はまだ遠い。

 それでも貴重な、尊い前進。


 だからスノウリアは、祝福を込めて微笑む。


「そうですか。それでは改めて……よろしくお願いします」

「……む、あ、ああ。こちらこそ」


 ぎこちなく、不器用。見守りたくなる、子供のような返答。

 新たな約束は、ここで結ばれた。客人と家主ではない、ただの二人として。


 そして外から、第三者。

 機会を見計らっていたような丁度いい頃合いに、婆やがやってきた。


「坊ちゃま。アリル樣。よろしいでしょうか」

「む……どうした」


 戻ってきた婆やは、その様子が先程までと変わっていた。デュレインへの驚きは完全に消え去り、普段以上に威圧感のある厳しい雰囲気を纏っていたのだ。


「お二人に大事なお話があります」

「婆や?」

「な、なんでしょうか」


 いつにない固く険しい前置き。二人は揃って困惑するばかり。

 そんな主と客人の前で、老生屍は固く冷たく丁寧に、その口を開く。


「明日、危険な行動をしてもらわなければなりません」


 目を見開き、迫力を顔に込めて婆やは言った。

 試練の予感。

 スノウリアは緊張し、身構える。空気が重くなったように感じる。安定を求め、強く拳を握った。


 そして――その任務が言い渡される。


「お二人には、町へお出かけをして頂きたいのです」


 デュレインは目と口を大きく広げ、スノウリアはそんな彼を気遣わしげに見やる。重くなっていた空気が、今度は静止したかのようだった。


 言葉にすれば平和で和やか。

 しかし、確かにとてつもない困難であった。この二人にとっては。

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