僕は相手と名前の発音が同じらしい
高坂の方でじたばたと暴れるも効果はないまま僕は休日の人気のない廊下を運ばれていく。
「あんまり暴れるなよなぁ」
「暴れるくらい元気あるんだって、おろしてよ!」
「ああーっ! ちょっと高坂、止まりなさい!!」
人気のない廊下にバタバタと走ってくる二つの足音と女性の声が響いた。
「んー?」
高坂が僕を担いだまま後ろを振り返る。
僕らの後ろから、ショートカットの若い女の人と支倉先生が走ってきていた。
あとから来た二人は僕らへ追いついて足を止める。
支倉先生は担がれた僕の姿を見て深々とため息を吐いた。
「げっ、浅井……何してるんだ」
「見てわからないんですか、担がれてるんですよ」
少し位置がズレた、度の強い黒縁眼鏡を中指で上げて支倉先生を睨む。
何故この状況で何かしているのが僕のほうだと思うんだろうか。
「そんなドヤ顔で言われてもなあ」
「僕の顔のどこを見てドヤ顔だと思ったんですか、恐らく今の僕の表情は死んでいると思うのですが」
「あ、いつもとそこまで変わらなかったわ」
「あんた僕のこと嫌いなだけでしょ」
教師がこんなのでいいのか。
先生は僕の視線を笑顔で流すだけであった。
その隣で二十代と思われる女性がぺこぺこと頭を下げている。
「すみませんっ、うちの生徒が……。高坂、その子は……」
「知ってるっすよ。業火姫のパートナーでしょ? ちょっと体調悪そうだったから保健室に運ぼうかなと思っただけっす」
「おお、そうかそうか。すまなかったな、高坂君。じゃあ先生、練習試合はまた今度、平日にでも……」
「燃やされたいの? 先生」
「浅井、元気だよなぁ?」
一刻も早く帰ろうとする支倉先生の鼻先にことはは火の玉を浮かべる。
支倉先生は冷や汗をかきながら僕へ話を振ってきた。
ことはは未だやる気のままである。
どうせ支倉先生のことだから、とっとと練習試合を終わらせて帰りたいとでも考えているのだろう。
ことはの性格上、試合をせずに帰るということは許されなさそうだ。
あと、このまま言い合いをしていては四人をきょろきょろと見回す女の子が可哀想である。
僕もこの体勢をどうにかしたいと思っていたし、仕方ない。今回は先生に乗ってあげようではないか。
「もちろんですよ。今からでも試合はできます」
この一言でその場は丸く収まった。
*****
六月に入ったばかりの今日この頃。
それなりに動いたら汗をかきそうであるが、負けたら汗をかきそうどころではないことになるに決まっている。
「審判は山崎学園高校教師、涼宮奏がさせていただきます。ルールは高校生選抜超能力戦大会にのっとって二対二のチーム戦で行います。物理、または第三世代の能力を使って相手チームのメンバーをリタイア、もしくは戦闘不能にすれば勝利……ですが今回は戦闘不能になる前に私と副審判の支倉先生で勝敗を判定させていただきます」
僕とことは、高坂ともう一人の女の子が運動場で互いに向き合った真ん中にショートヘアーの女性、涼宮先生が凛々しい声でルール説明する。
運動場の周りには休日だというのにギャラリーがワイワイと騒いでいた。
「黒崎ー、浅井ー! がんばれよー!」
ギャラリーの中に聞き覚えのある声。もちろん支倉先生だ。
……認めたくないけど、支倉先生だ。
「何やってるんだ、あの人……」
「すみません、うちの教師が」
僕は忌々しくぼやき、ことはが涼宮先生に頭を下げた。
「いえいえ、気にしないでください。こちらとしては練習に付き合ってもらえるだけでありがたいのですから」
ふわふわと優し気なオーラを出しながら微笑む涼宮先生の笑顔に僕は息をのんだ。
もともと、練習させてもらうのは僕らのほうなのになんて優しい方なんだろう。
「天使……いや、女神さまっ……」
「えっ?」
「黙って」
「ぐふおぉっ!?」
思わず呟いた瞬間、鳩尾にことはの拳がねじりこまれてたまらず地面にしゃがみこんだ。
まだ昼食食べていなくてよかった。食べてたら女神さまに中のものを吐き出すところだった。
「私は黒崎ことは、敷島高校の一年生。よろしく」
蹲ったままの僕を見ていないかのように淡々と自己紹介を始めることは。
高坂はニッと力強い……言い方を変えるなら暑苦しい微笑みを浮かべる
「俺は高坂祐也。よろしくな」
高坂の名前に僕はハッと顔を上げる。
ことはも少なからず驚いたのか、小さく息を呑む気配がした。
そんな様子に相手のほうは気づかなかったのだろう、女の子のほうも高坂につられるようにして声を絞り出す。
「あああのっ、雨宮恵です。よろしきゅっ……」
最後に声が裏返り、さらに噛むという始末に顔を赤くして俯いてしまう雨宮さん。
第一印象は大人しめの子。ただし腰の少し上あたりまで伸ばしたストレートな髪が清楚な印象を与え、さらにことはとは対照的に豊富なふくらみを持つ……。
「裕也、鼻の下が伸びててキモイんだけど」
「失敬な、思春期の男子としては当たり前の反応だよ」
「ん、ゆうや……? お前も名前『ゆうや』なのか!?」
ことはが僕の名前を呼んだのに高坂が反応する。
まだ座り込んだままだった僕を彼はが興奮した様子で見降ろした。
「ま、まあね……」
高坂の勢いに追い立てられるように僕は立ち上がってズボンについた砂を払ってから名乗った。
「僕は浅井裕也。ちなみに裕也って字は『寛裕』の『裕』って字と『他』っていう字の右側」
「かんゆーってのがよくわかんないけど、俺の方はカタカナの『ネ』に『右』って字と、お前と同じ『也』って字だよ」
「それ、示す偏じゃないの? あれ、違ったっけ」
「あってるあってる。あってるからとっとと始めるわよ。名前なんて後でお互い紙に書きなさい」
僕と高坂がうなっているのを見て痺れを切らしたのかことはが声を荒げる。
雨宮さんの方はどうすればいいのかわからないのか、やっぱりおろおろとしているばかりだ。
ギャラリーも早くしないかという声が飛んできている。
主に飛ばしているのは生徒の中に混ざりこんだおっさんだが。
だがしかし最後に疑問に思ったことを一つだけ、言わせてほしい。
「僕ら制服でやるの?」
「まあ、練習試合だしいいんじゃね? パンツ見れるかもだし」
「そうだね。ちなみにことはの今日のパンツはパンダのキャラパンだったよ」
「キャラパンダだと!?」
ちなみに見えたのは車を降りるとき、丈短いスカートが変に折れたまま外へ出たため、風に吹かれて見えてしまったのだ。
そのあと、折れたのは戻ったけれど。
僕のさらりと言い放った言葉を聞いて高坂は残念そうに肩をすくめた。
「悪いな、恵は大抵スパッツはいているんだ」
「そんなバカなっ……」
せっかくならロリ体型の幼馴染のパンツよりその成長した高校生らしい……
「……裕也」
「先生、今すぐにホイッスル鳴らしてください。僕が戦闘不能になります」
隣から熱気と殺気を感じた僕は早口で涼宮先生に頼み込む。
涼宮先生は微笑んだまま頷いた。
何故笑っているのかよくわかんないけれど、素晴らしい女神スマイルっす。
あと、何気に高坂の隣にいる雨宮さんも俯いて肩を震わせている。
この練習試合、死なないといいなぁ。
主に僕と高坂が。
そして涼宮先生が首にかかっていたホイッスルを鳴らした。