僕は星祭りに出ることになってしまったらしい
僕は最後の授業を終えて大きく伸びをした。
……クレープ奢りかぁ。
本来ならば五〇〇円ほどで済みそうなクレープなのだが、甘党であることはは必ずトッピングを全部入れてくるに決まっている。
一五〇〇円で収まればいいのだが、下手したら超えてしまうかもしれない。
僕は自分のしてしまったことを早くも後悔し始めた。
さて帰るかと支度を始めたころに、担任の支倉はせくら先生から声をかけられる。
「黒崎と浅井。荷物もったら職員室に来てくれ」
僕とことはは一瞬顔を見合わて首をひねる。
しかしすぐに今日の手紙のことだろうと気づいた。
歴史担当の教師が本当はことはが手紙を回していることに気付いていて、支倉先生に告げ口したのかもしれない。
というかそれくらいしか考えられない。
……それならば、僕はとんだとばっちりじゃないか。
僕らは一緒に廊下を出たものの、一度も話すことがないまま職員室へたどり着いた。
職員室の前に支倉先生は二枚のプリントをもって待ち構えている。
先生はそのプリントの一枚を僕に、もう一枚ことはに渡した。
「二人とも、高校生選抜超能力戦術大会に出てみない?」
「えっ。戦術大会……?」
「何故、私たちが?」
高校生選抜超能力戦術大会とは、全国から第三世代と呼ばれる人間の中で腕利きの高校生を集めてトーナメント戦で試合を行っていく大会で、通常は三日間にわたって行われる大規模な大会だ。
*****
――百年前、隕石が落ちてきたことによって一部の人間が人ならざるものへと形を変えた。
何故、このようなことが起きたのか。世界中の学者は、隕石に未知のウイルスが付着していた可能性があると言って調査を始めた。しかし一向に報告がないのを不審に思った政府が調査したところ、学者のほぼ全員が異形と化していたのである。無事だった残りの学者たちは逃げ出し、ウイルスに対する研究は止まってしまう。そして異形と化した学者たちはウイルスをばら撒きだし、それは一瞬にして全世界に広がっていった。
──そして、隕石に付着していたと考えられるウイルスは後のちに「パンタレイウイルス」と名付けられた。
現在では人類は第一世代、第二世代、第三世代と三種類に分類されている。
第一世代は、パンタレイウイルスの抗体を持つことができずに異形と化した者。
第二世代は、抗体を持っただけで終わった者。
そして僕ら、第三世代。
パンタレイウイルスに対する抗体をもち、ウイルスと同化した体を持つ。見た目は第二世代の人間と変わらないが、第三世代が第二世代と異なるのは、外見ではなく、体の中のつくり。
ウイルスと完全に同化した体を持つことにより、その代わりにウイルスと体のつくりが混ざって起こる反応によって何か一つの能力が使える体となった人間。
つまり、第三世代とは能力者のことだ。
そしてことはの持つ二つ名は第三世代の中で社会に貢献できるほどの実力を認められたものにのみ存在するものだ。
二つ名を持つ能力者の中にはその名を誇りとし、自ら二つ名を名乗る者もいる。しかし、二つ名持ちの全員が破壊の権化のような能力者ばかりではなく、産業の発展に貢献していたり、隠者ハイドと呼ばれる諜報部隊に属していたりとしている有名な二つ名持ちの能力者もいる。能力者が生まれてから百年経った今では様々な場面で能力者は活躍している。
これは第三世代が中心となって活躍する大会のため、憧れの気持ちを抱いていても出られない人間が多くいる。
僕としては、別にきれいごとをいう気はないが第三世代だけ楽しめるようなイベントなんていらないと思う。
人間同士の中でこんな感じの差別があるのも、その理由も知っているがそれをこんな大きなイベントにまで反映させてしまったら第二世代の居場所がなくなってしまうではないか。
そうは思うものの、先生もことはも特に気にしていない様子である中で僕だけが話に水を差すようなことは言えない。
「……私は。裕也出るのなら」
ことははさらっと僕に決定権をなすりつけた。僕は痛いの嫌だからできるだけ出場したくない。
あと、実力的な問題でことはは文句なしだが僕は下から数えたほうが早いくらいである。
何故先生が僕を指名したのかは大体見当がつくのだが。
おそらく先生はことはがこう返してくることを読んでいたのだろう。
ことはは周りと協力するというチームプレイが苦手である。
そこのところ、腐れ縁ではあるが昔から行動を共にしてきた僕となら多少めちゃくちゃなことはの個人プレーは防げると考えていたに違いない。
……何故この教師が僕らの「幼馴染」という関係を知っているのか非常に謎ではあるが、以前「面白そうだったから調べた」といった内容を先生は以前に口を滑らせて言いかけたことがあるため、なぜ僕なのかと問えば「幼馴染だから」と返ってくることは予想できた。
「……わかりました、やりますよ」
*****
投げやりな態度で返事をして職員室を出た後。
ことはは少し頬を赤らめながら僕の腕に絡んでくる。
一緒に帰るとは言ったけど、くっついていいとは言ったつもりはないのだが。
超有名人の業火姫フラムヒルデ様とベタベタしているのを周りの通行人がものすごい形相で睨み付けてきているのに気づいていないのだろうか。
おかげでこの敷島高校に入学してから僕はことはの取り巻き的なポジションとして有名になった。
最弱と最強のコンビ。
そう囁かれているのも知っている。
昔はただの念能力がほかの能力者に勝てるわけがないのだからと初めは諦めていたが、今は違う。
入学早々始まった僕へのいじめに、真っ向から立ち向かったのは彼女だった。
『馬鹿じゃないの、裕也。馬鹿にされたなら自分のやり方でそいつら見返す。それでいいでしょ』
彼女には感謝している。おかげで僕は昔より前を向けるようになったのだから。
僕たちの家がある場所は、敷島高校から歩いて二分程度のところにある。
何故この高校を選んだのかと訊かれたら迷わず、家から近かったからと答えるに違いない。
二分歩けばつく距離という学校から家までの短い道のりにクレープやはある。
そこで僕は季節限定という杏子のクレープを頼み、ことははパイナップルクレープにマンゴー、イチゴ、みかん、キウイなどの果物とアイス、チョコソース、生クリーム増量などのトッピングすべてを加えた。
……もはやそれはパイナップルクレープじゃないよね、ことは。
生地がはちきれんばかりになったクレープと僕の杏子クレープを受け取っている間に会計を済ます。
……嘘だろ、僕八〇〇円で収まったのに。
ことはのクレープの値段は二四〇〇円。つまり僕の三倍。
しばらく節約しなきゃ。
*****
僕は家の前でことはと別れる。
家に上がり、リビングで裁縫をしていた母さんに今日支倉先生からもらったプリントを手渡した。
っていうか、裁縫なら自分の部屋でやってよ。
糸くずとかが床に散らばっていて僕の靴下にもまとわりついている。
母さんは糸くずなど気にした様子も見せずプリントに目を配らせた。
「あら、星祭りじゃない」
星まつりとは全国選抜超能力戦術大会の総称だ。
選抜超能力戦術大会は三世代の幼児枠から一般の大人たちの枠まであり毎年親しまれている。
高校生選抜超能力戦術はその中行われる高校生の枠ということだ。
しかし、ここに出場できるのはそれぞれの地区で行われる予選を通過した者たちだけ。
まあ僕らはそこまで行くことなんてできないと思うけど。
「先生に指名されたんだけど、どうしたらいいと思う?」
「どうせことはちゃんのおまけでしょ。出てあげればいいじゃない」
ものすごくあっさりした感じで母親は頷いた。
まあ、先生に出るって言ってしまったのだからでなくてはならないのだが、それにしてももう少しわが子の体の心配をしてくれてもいいんじゃないだろうか。