僕の幼馴染はちょろいらしい
僕らが生まれる百年くらい前。地球に落ちたたくさんの隕石が人類の運命を大きく変えることとなった。
大地は凍り、燃え、穴が空く。大気は汚染され、色が変わる。植物にいたっては家くらいの大きさをしたハエトリグサのようなものが人間をひねりつぶす。隕石が落下した場所の住民たちはもちろんのこと、なんとか一命を取り留めたはずの者の中からも異形と化して人間ならざる者となり命を落としたり暴走する人間が多数現れた。
それによって人間の人口は一瞬にして桁を変えるほどに減少する。
日本に隕石は直接落ちてくることはなかったが、隕石の威力は強くて国土の西半分は人間が住めるような状態ではなくなってしまった。
そして生き残った人間の中で、大きな変化を遂げた者も現れる……。
*****
──小学校の頃から何回も聞かされているここ百年間の歴史の授業を僕は聞き流していた。何度も聞き飽きたこと、もしくはもう少しだけ深く入った話しかしない授業。ただでさえ眠くなりそうな授業だというのに今は食後直後の授業だ。この睡魔と長時間戦わなくてはならないという試練を苦痛と言わずに何と言うのか。
そもそも小学校から習っている歴史を高校でもやるというのはあんまり意味がない気がする。
歴史なんて社会に出てもそうそう役に立たないじゃないか。
僕は眠気を紛らわそうとろくに黒板も見ず、窓の外を見つめていた。
すると後ろから折りたたまれた紙切れが僕の落ちてくる。
恐らく、僕の後ろの席の人間が投げてきたのだろう。
僕はその紙切れを広げた。
そこには女子独特の丸まった文字で一言二言だけ書かれている。
『まじめに授業を受けるべき。浅井裕也は敷島高校の恥』
……小学生の嫌がらせか?
たったそれだけが書いてあった紙切れを見て僕はやれやれといったように大袈裟に肩をすくめ、相手を挑発させてみる。
こういうやりとりを一日に一回は行われるためにうんざりしてきている。
いい加減自分の取っている行動が小学生と変わらぬものだという自覚はできないのだろうか。
そもそも、手紙を書いている時点で相手の方も真面目に受けていないのなんて自分で証明しているようなものだと思うんだけど。
……まあ、見た目中学生、下手したら小学生にだって見えてしまうほど色々と小さい彼女は頭の方もきちんと考えられないくらい小さい脳みそなのかもしれないが。
手紙を投げてよこした後ろの席の彼女の姿を思い浮かべていると、ガツンと僕の椅子が何かの衝撃を受けた。
考えるまでもなく、後ろの席の人間によって蹴られたのだとわかる。
教師は黒板に字を書いていたため大きな音がして振り返ったものの、音の発信源まではわからなかったようだ。
そして、蹴られてから十秒としないうちに紙切れが再び降ってくる。
『小さいとか考えてたら後で蹴る』
「……」
こいつはエスパーか。エスパーなのか。
何故表情も見えない前の席にいる僕の考えが読めるのかわからない。
ここで皮肉を言ってやりたくなるが、小学生かと心の中で罵っておきながらそんなことすれば僕も彼女の同類に成り下がってしまう。
彼女と同類だけはごめんなため、僕は大人しく授業が終わるのを待つのだった。
*****
「いい加減にして。授業中。迷惑。目障り」
「人のこと言えないよね? 手紙書いてる時点でまじめに授業受けているとは言えないんじゃないの? 業火姫様?」
授業が終わって早々に僕の隣に立った後ろの席の彼女に僕はうんざりとしながら言い返す。
天変地異によって世界が大きく変わった二七世紀の初めごろ。ごく限られた人間が、特別な存在として尊敬の気持ちを込めて二つ名で他者から呼ばれるようになった。
それは最初は誰かがこっそりと名付け、次第に噂となって広がっていく。
しかし、そんな二つ名は未だに異形と化した生物がいるこの世界で社会に貢献できるほどの力を認められたという、誇り高き紋章と言える。
『業火姫』というのは僕の後ろの席である幼馴染、黒崎ことはの二つ名だ。
彼女は中学生の頃から二つ名を持ち、これは現在名の二つ名を持つ人間の中では所得最年少である。
最も、当の本人である彼女は二つ名で呼ばれることを嫌うのだが。
二つ名を持つ有名人であり、なおかつ容姿も悪くないことから憧れや好意を抱く人間も多い。
ツインテールの似合う美少女が魅力的なのもわかる……のだが。
僕からしてみればそいつら全員ロリコンという囲いに入ってしまう。
整った顔や実力はわかる。
……だが、身長はどうするのだ。
身長が小中学生と並んでもさほど変わらない女子に好意を抱くのはただの変態でしかない。
ことははその存在だけではなく、家族関係にも注目されている。
僕の両親は第二世代だがことはの親は二人とも第三世代。
母親が透視能力、父親が知識獲得の能力を持っている。透視はあらゆるものを透かしてその先にあるものを見ることができる能力、知識獲得の能力は触れた物が何であっても、その記憶を読みとるという能力である。
ことはの両親も二つ名を持つ偉大な能力者故にそんな両親から生まれてきたことはは抗体の質が良くより強力な超能力を手に入れたとされている。
そんな当の本人は炎よりも氷が良かったと常日頃から言っているが。
ことはは周りの人間に自分がクールだという印象を持たせていないと嫌ならしい。
「ギャップ萌えを目指してもいいと思う」と面白半分でことはに言ったことがあるが、その時は顔面を拳で殴られた。
すぐに手や足を出すのは血の気の多い彼女の特徴の一つでもある。
「裕也までその名で呼ばないで。私は真面目に授業受けてる。授業聞く態度のない目障りな幼馴染を注意しただけ」
なるほど、あくまで自分は悪くないと言いたいわけだ。
こうなると、僕が言い返したところでことはの文句が呪文のように溢れ出るだけ。
ことはの機嫌が悪いとあとあと面倒になる。
長年の経験をいかして僕は仕方なく折れることにした。
「……今日、帰りにクレープおごるから。それで機嫌なおしてくれないかな」
「そんなので私の機嫌が直ると思うの」
「……」
さすがの甘党ことはでも餌で機嫌が直るわけはないか。
僕がことはの説教を聞かなくてはならないことを覚悟した時、ことはは少し吊り上がっている目をあからさまにそらした。
「でも、仕方ないから今日だけはそれで許してあげる」
……ちょろかった。
思わずそう思わずにはいられない。
そして何なのだ。何故わざわざそんな回りくどい言い方をするのだ鬱陶しい。
自分で言っておいてだけれど、まさかこんな面倒な答えが返ってくるとは予想していなかった。
「な、なに?」
珍しく顔を赤らめて上目遣いで僕を見るけれど、僕にロリの趣味はない。
普段の無表情クールビユーティーな委員長はどこへ行ってしまったのだろう。
「別に。じゃあ、今日は一緒に帰ろうか」
「言っとくけど。私はソラと帰りたいわけじゃないんだからね」
どこのツンデレキャラを真似たらこんなことになるのだ。
扱いやすいが、非常に面倒である。
そしてこのツンデレ人間と話すたびにクラスメイトから嫉妬の目で見られていることにいい加減気付いてほしい。
ことはが上機嫌になりながら席へ着いた数秒後、今日最後の授業が始まることを告げるチャイムが鳴った。