日商簿記は突然に
「はー、暇だ」
高校卒業を控えた2月、晶は自分の部屋で暇を持て余していた。
その手には猫の肉球が握られている。されるがままだ。かれこれ10分ほど肉球をもて遊ばれている猫は、しかし動じず、時々迷惑そうにみゃあと鳴くだけである。
やがて晶の方が肉球いじりに飽きて猫の手を放すと一目散に晶の部屋から飛び出ていった。やはり嫌だったのだろう。
そんな晶はベッドに横になると携帯をいじりだした。新たな暇をつぶすためゲームのレベル上げに勤しんでいる。
「・・・飽きた」
猫をいじり、携帯をいじり、テレビで暇を潰す生活も2週間たつと苦痛でしかなかった。最初の方こそ楽しかったが、4日を過ぎたあたりからだんだんと嫌気がさし、10日過ぎには何もしないことのつらさに苦痛を覚えるようになった。ため息とともに携帯を置くとなぜこんなことになったのかを考え始めた。
だらだらと毎日を過ごす彼女は就職希望だったが、32社を受けすべて落ちた時点でやる気を失い今に至る。両親も最初の頃は頑張れと言っていたが、20を超えたあたりから励ます事しかしなくなった。いや、最後の方は優しくうなずくだけであった。その心遣いが逆につらくなった晶は「・・・就職活動やめていい?」と、冗談交じりに言ったつもりが、両親からえらく心配されてしまい、親公認でだらけた日々を送るようになった。
それまで部活に打ち込んでいた日々を急に勉強付けにすることが出来ず、大学進学は諦め、専門学校は学びたいことがないため行く気がなかった。だから就職をするはずだったのに・・・。
「ただいまー!晶ー、晶ーいるー?」
晶が何かないかと本棚をあさり始めたとき、玄関から快活な声が響いた。母親の遥だ。いつもはただいまだけのはずだが?何の用事かと思い玄関に向かうと唐突に告げられた。
「ああ、晶!あんたさ、これ受けなさい!これ!」
母親が差し出したチラシには日商簿記3級と書いてあった。