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『Born to be BONE!~骨でも愛して~』  作者: 嵐山之鬼子
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02.うきうき(?)ハンティングタイム

※冒険……っぽくないなコレは。

 世間一般に「ゴーレム」と言うと、石ないし土でできた巨体の人形というイメージがあるようだが、アレは専門的には「ストーンゴーレム」、もしくは「クレーゴーレム」と呼ばれる代物だ。

 古代遺跡なんかには、鉄製の「アイアンゴーレム」や木製の「ウッドパペット」などが宝物庫の番人として配置されていることが多々あるし、動物(含む人間)の肉を材料に作られた、一見すると生身に見える「フレッシュゴーレム」なんてのも存在する。

 詳細な作り方などは省くが、こうした各種ゴーレムは、見た目以上に丈夫で戦闘力も高く、拠点防衛など用途を限ればそれなりに有効な“駒”として機能するだろう。

 もっとも、現在の魔法技術では、等身大のストーンゴーレム1体作るのに、一流魔術師の最大魔力の7割近くと、それなりに高価な触媒を消費する。さらに、できたゴーレムは通常は猟犬と同等以下の簡単な命令しか実行できないうえに動きも鈍重なので、「無敵のゴーレム軍団を作って敵を蹂躙してやるゼ!」なんてお伽話に出て来る悪の大魔法使いみたいな行為(マネ)は、あまり現実的じゃない。


 しかしながら、竜牙兵は通常のゴーレムと少々事情が異なる。

 その名の通り竜の牙ないし歯が竜牙兵の主要材料で、見た目が似ているスケルトンなどとは頑丈さが段違いだし、竜の体に宿る魔力を利用しているため、動力源となる“(コア)”を用意する必要もない(つまり明確な急所もない)。通常のゴーレムより軽量なぶん、機敏で小回りも利く。

 そう聞くと、優秀な従者が安易に手に入るように思うかもしれないが、素材となる竜の牙・歯自体が、そもそもかなり貴重で高価なのだ。

 そして、比較的頑健とは言え、やはり単純な耐久力自体は鉄や石の塊と比べると数段落ちる。単純な費用対効果で言うなら、同じ竜素材で武具を作って自分が装備するなり腕利きの戦士に持たせる方が遙かに上だろう。

 加えて、魔法学院などで習える魔術としては比較的ポピュラーな【動像創造(クリエイトゴーレム)】とは、作成に使用する呪文自体が異なっている。

 希少な「遺失呪文(ロストワード)」というほどではないものの、「知る人ぞ知る」、つまり裏を返せばあまり一般には知られていない特殊な呪文でしか作成することができないのだ。


 しかし、7年前、魔術師として上級と呼べるかどうか微妙というレベルに達していた俺は、とある事情で入手した竜の牙を用いて、こいつ──ユランを“創った”。

 なぜそんな事をしたかと言えば、当時はある理由から人嫌いないし人間不信に近い状態に陥っており、“自分を絶対裏切らない前衛(パートナー)”が欲しかったからだ。

 もともと竜牙兵は、主の命令を普通のゴーレムなどよりフレキシブルに実行できるのだが、製作に際しインテリジェンスソードを作る技法なども応用したことで、予想以上に高度なAI(人工知能)を持つ護衛が出来あがったのだ。

 おかげで、当時の俺はソロの魔術師の冒険者としては破格の実績と経験を得ることが出来た。

 気をよくした俺は、さらなる改良を何度かコイツに施し、竜の“歯”を用いてベロッサたち“部下”も作り……と言った過程を経て、気づけば「マッチョ魔術師と愉快なホネホネ団」として、それなりに名前が通った冒険者になっていた──解せぬ。

 なお、我が竜牙兵軍団の中で、普通にしゃべれるのはユランと副長格のエルシアだけだ。

 ユランに関しては、「単独の冒険行(断じてボッチではない)の際に話し相手がいないと、ストレスが溜まる」という理由で会話機能をつけたのだが、製作者である俺の思惑を越えて、ご覧の通りユニークなパーソナリティを獲得している。

 エルシアの方は、この国で仕事をするようになり、部下が増え、他人と会話で意思疎通できるのがユランだけだと不便だからという実用的(?)な理由で会話機能を追加した。ただ、ユランの時と違って、いくつか必要な素材が手元になかったため、「ワレ、テキ、コロス、ガンバル」みたいな片言でしかしゃべれないのが残念なところ。

 そのうち、改良してやらんとなぁ……と思いつつ、忙しさにかまけて、そのままになっているのが現状だ。すまぬ、すまぬ。

 他の5体についても、こちらの言うことはキチンと理解しているし、ハンドサインやジェスチャーなどで、おおまかな意志表示はできる。また、創造主である俺や、彼ら同士の間では言いたいことが何となく伝わるので、身近にいる限りそれほど不都合はない。

 ちなみに、現在の俺の私兵部隊「ファング&トゥース」は、竜牙兵の7人(7体?)以外の20人あまりはごく普通の人間(エルフ、ドワーフ等含む)で構成されている。これも、色々理由があるのだが、一番大きいのは「さすがに竜牙兵軍団を作ってヒャッハーするのは悪役っぽくて自重した」からだと思ってほしい。

 この大陸に着いて早々に追加メンバーを募集した際は、無論、ひと騒動あったが、現在部隊に残っている面々は、おおよそ隊長であるユランとその直属6体のことを認めてくれている。ひとえにユランの実力と人徳(?)によるものだろう。喋り方は三下だけど。


 「とは言え、さすがに一国の軍団長の直属部隊の中枢がガイコツでは体裁が悪い、と指摘されたんだよ、これが」

 無事山中に移動したところで、【転移】独特の微妙な違和感──シュートに言わせると「昇降機(エレベーター)で急降下したような気持ち悪さ」──を噛み殺しつつ、ユランたちに説明しておく。

 「へぇ、まぁ、真っ当な意見でやんすね」

 言われた本人は納得してるみたいだが、我が不肖の弟子くんが猛反発してきた。

 「なんだよ、それ! ユランさんも、他の6人もすごくいい人……ひと? と、とにかく、優秀な武人で礼儀正しい人格者じゃないか!」

 ほほぅ、言うねぇ、ヒヨッコ。初めてユランと対面させた時、フードまくったユランの髑髏面見てションベンちびりそうになってた奴の台詞とは思えん。

 「あ、あれはいきなりだったから……師匠の方こそ、いいんですか? 自分の背中と言うか身の安全を預けるのが、ユランさんたちじゃなくなっても」

 ま、俺はこれでも冒険者としての経験はそこそこ豊富だからな。

 駆け出しの頃とかは普通に他人とパーティー組んでたし。

 「とは言え、答えは「できる限りNO!」だ」

 単純な剣の腕前だけなら、ユランより上の奴も、多くはなかろうが捜せばそれなりには見つかるはずだが、命を預けるに足る信頼や戦場での阿吽の呼吸は、やはり一朝一夕で築けるものでもない。

 まして、ユランには俺の配下の私兵部隊の指揮も任せていたのだ。そうそう代えが利く人材ではないのだ。

 「いやぁ、そこまで言っていただくと従者としちゃあ、光栄の極みでやんすねぇ」

 カラカラと笑うユラン。その傍らで無言ながら「自分は? 自分は?」という雰囲気を漂わせているべロッサにも、「もちろん、ベロッサたちも同じことだ」とフォローしておく。

 人であろうとなかろうと、部下に対する気遣いというヤツは欠かすと後で色々不和や不都合が生じるものなのだ。気ままな冒険者稼業ならともかく、足かけ5年も宮仕えしてると、さすがにそれくらいは分かってくる。

 無論、心にもないリップサービスではなく、間違いなく本音ではあるのだが。


 「ともあれ、ユランたちを認めさせるためにひと工夫が必要で、その“工夫”に必須となる素材──虹色変幻蜥蜴の舌を狩りに、ここに来たわけだ」

 手にした八角棒(俺の武器兼魔法補助具だ)で、トンッと地面を叩き、その先端から地面を伝って【目標気配探知(センスターゲット)】の魔術による“感覚の触手”を張り巡らせる。

 ふむ……折角だから、ちっとは師匠らしい真似でもしてみるかな。

 徐々に広がっていく探知範囲に意識の半分を割きつつ、傍らの弟子に向かって俺は語りかけた。

 「それじゃあ、早速レッスン1だ。シュート、Cランクになってる以上、ギルドの仕事で「蜥蜴(リザード)」や「小竜(ラプトル)」を退治したことがあるはずだが、両者の違いはわかるか?」

 「へ? あぁ、えーっと……リザードが低い姿勢で常に四つん這いなのに対して、ラプトルは後ろ脚で二足歩行してる、とか?」

 お、いきなり質問したのに、悪くない解答だ。

 「80点、大体合ってるな。蜥蜴類と小竜類は、外見や食性、生態などに共通点が多いが、腰骨から骨盤にかけての骨格が大きく異なる。その結果、ラプトルは、同じくらいの体長であっても、リザードとは段違いの機動性を発揮できる。さらに、フリーになった両前肢を、獲物に対する攻撃や抱え込みなどに使ってくることもあり、同程度の大きさでもモンスターとしての危険度は1ランク高い……っと、いたいた」

 【目標気配探知】で、目当ての獲物がいるのを発見したので、臨時講義を切り上げて戦闘準備に移行する。

 「一応、【静音(サイレント)】と【臭気抑制(コントロールスメル)】はかけてあるが、大声での会話と歩く時に発生する振動までは完全には殺せないから、注意しろよ」

 もっとも、こんな事はユラン達には自明のことなので、主にシュートに向けての注意だが。

 「う゛っ……ど、努力します」

 微妙に緊張した表情になってはいるが、此奴もCランクになったんだし、まぁ、ド素人みたいなヘマはせんだろう。

 実際、おっかなビックリではあるが、先頭を進むベロッサを追随する際の「忍び足」の足取りは、それなりに様になってるしな。

 ベロッサ、シュート、俺、ユランという順で、山中をしばらく進んだところで、間に低い灌木の藪を挟んで、おおよそ100メートルほど離れた場所──ひと抱えほどある太い樹の根元に、虹色変幻蜥蜴が2体、寄り添うようにして日向ぼっこしているのが見えた。

 虹色変幻蜥蜴は、その名の通り、カメレオン科に属する蜥蜴の一種だ。尻尾も含めた全長はおおよそ3メートル強。蜥蜴の仲間としては、かなり大型な方だろう。シュートの故郷で言うなら、中型のワニあたりが、大きさのイメージとしては近いかね。

 特筆すべきは、体色の変化による擬態。カメレオン科に共通する特徴だが、虹色変幻蜥蜴は特にその能力に秀でていて、数多の風景の中に完全に溶け込むことができるのだ。もっとも、それも静止していればの話で、動く割合とあっさり見分けがつくのだが。

 大きな顎による噛みつきに加えて、1メートル以上伸びる舌による鞭のような打撃も警戒しないといけない。舌の粘膜の粘性が高いので、手足に絡みつかれて動きを拘束される危険も少なからずある。

 「それと、独特の眼の配置から視界が広く、正面向いてても大体240度ぐらいの範囲が見えてるみたいだな」

 では、死角になる背後からの攻撃を……と思えば、強靭な尻尾による反撃を受けことになる。

 「全方位に隙がないじゃないですか!」

 シュートが泣き言を漏らすが……いや、よく考えろよ。

 「何言ってるんだ、わかりやすい弱点があるだろ」

 「上方から胴体の中央部を攻撃、でやんすね」

 あ、こら、ちったぁコイツに考えさせないとダメだろ、ユラン。

 「おっと、こいつぁ、失敬しやした。で、大将、このメンツでどう攻めるおつもりで?」

 ふむ……いきなり上空からせん滅、ではシュートの訓練にならんか。

 「合図したら、ベロッサは向かって右のを曲射で狙い撃て。俺は左の方をやる。ただし、一撃で仕留める気はないから、シュート、とどめは任せたぞ。ユランはフォローしてやってくれ」

 「合点承知でさぁ」

 ユランの返答に合わせて、ベロッサもカクリと首を縦に振る。

 「り、了解です。でも、師匠、攻撃魔法は……あいてっ!!」

 緊張半分、心配半分という表情で訊いてくる馬鹿弟子の額にデコピンを一発カマしてやる。

 「たわけ! あのなぁ、いくら俺が直接攻撃系の魔法が苦手でも、あの程度の獲物なら流石に何とかなるわい」

 そう。事実上この国で次席宮廷魔術師と言っていい立場にありながら、もって生まれた特性上、俺は魔法による攻撃があまり巧く──いや正直に言おう。かなり苦手だ。

 とは言え、これでも一応はAランク冒険者で、生まれた国の魔法学院もキチンと卒業してる身だ。モンスターでもない、ちょっとデカいだけの動物相手にするなら、攻撃魔法で撃破するくらいは、さほど難しい話ではない。

 「──とは言っても、確かに微妙な手加減は苦手だからな。お前さんに経験積ませられる程度に巧く弱らせるのには不向きだろう。今回はコイツを使う」

 俺が【歪空収納(ストレイジ)】から取り出してスチャッと構えた武器を見て、怪訝そうな顔になるシュート。

 「槍、ですか。それでどうやって……。あ! もしかしたら、【浮遊(レビテイト)】か【飛行(フライ)】の魔法で飛び上がって、竜騎士みたく急降下攻撃とかするつもりですか?」

 目をキラキラ輝かせているところで申し訳ないんだが……。

 「いやいや、そんなどこぞのRPG(ゲーム)じゃあるまいし。そもそも、此方の竜騎士は、そんな技能(スキル)持ってないから!」

 「えぇ~、じゃあ、どうするんです?」

 「こうするんだよ──着弾、合わせろ、ベロッサ」

 木製の柄に鉄製の穂先を付けた槍の、真ん中より少し前あたりを右手で掴み、3歩ばかり後ろに下がったのち、同じく3歩踏み込みながら、槍を思い切りブン投げる!

 狙い過たず、長さ2メートル弱の槍は虹色変幻蜥蜴の腰骨のあたりを上からブチ抜き、地面に縫い付ける。

 間髪をいれず、ベロッサの放った三本の矢も、大きく弧を描いて真上に近い角度から、もう一匹の背中に続けて突き刺さった。

 「げぇ、なんて魔術師らしからぬ強引な力技!」

 驚きのあまりか、ストレート過ぎる感想を漏らした馬鹿弟子のケツに軽くケリを入れる。

 「ほれ、一撃では死なない程度には加減しといたから、走ってトドメさしてこい。万一逃したら、そのままこの山で臨時ブートキャンプを開始するからな」

 そもそも、適当に投げたように見えるが、事前に【照準(ロックオン)】と【筋力倍加(ストロング)】の魔術は使ってあるのだ。さすがの俺も、これだけ離れていると、素の腕力で投げたら当てるのが精いっぱいで、蜥蜴の丈夫な鱗を貫けるとは思えんしな。

 「──いや、あんな重そうなものを、この距離投げて届くこと自体、常人離れしてるんですが……まぁ、わかってはいたんですけどね。ハハッ」

 ブツブツ言いながら、それでも走り出すシュート。

 微妙にどんよりした目つきだったが、それはそれ、これはこれと割り切ったのか、足取り自体には迷いはなく、なんとか槍を抜こうともがいている虹色変幻蜥蜴のもとへ数秒足らずで辿りついた。

 足を止めぬまま、左腰に提げた片刃の刀剣──“カタナ”を抜き放つと、駆け抜けざま、振りかぶり……そして振り下ろす。その一太刀で、蜥蜴は首を半ば以上切り裂かれ、ビクビクッと痙攣した後、動きを止めた。

 「ややっ、シュートさん、ちょっと見ないうちに、随分と腕を上げたようでやんすね」

 感心したような呟きを漏らすユラン。

 「あの状態なら、据え物斬りに近いからな。むしろ、ここからが本番だ」

 走りながら剣を振るうというのは、見た目よりも案外難度が高い。俺も同感ではあったが、ここで甘やかすのはタメにならないので、あえて口には出さず、代わりに追加で指示を出す。

 「おーい、シュート。ベロッサが射抜いたほうも任せるぞー」

 「りょ、了解……って、わっ、コイツ、まだまだ元気じゃないですか!」

 膝…もとい背中に矢を受けた方の虹色変幻蜥蜴は、傷つきながらも逃げようとしたところを、俺が退路を塞ぐように発動させた【土塁(ダイク)】にさえぎられて、あきらめて反転する。

 ちょうどその目の前にシュートが居合わせた形になり、手負いの蜥蜴に威嚇されているようだ。

 「相手の攻撃方法は教えたよな。じゃ、一応見ててやるから、ひとりで何とかしてみろ」

 事前に注意しておいたおかげか、虹色変幻蜥蜴の舌によるジャブ&巻きつき攻撃は何とかかわしているようだが、相手の巨体と意外な敏捷さに攻めあぐねているようだ。

 (まぁ、あのくらいなら、じきに攻略法見つけるだろ)

 なんだかんだ言って、師匠としてアイツのことはそれなりに買っているのだ。

 未だCランクとは言え、普段は冒険者としての仕事はキッチリこなしているようだし、そもそもシュートも「外来人(エトランゼ)」のハシクレ。身体能力が底上げされてるうえ、幼い頃からやってた剣術の積み重ねもあるしな。

 ちなみに外来人とは、異界──異なる世界から、この世界アールハインにやって来た人間を指す。と言っても、その9割以上はチキュウ出身で、さらにその半数以上がニホンという国の人間だったりするんだが。

 かつては100年間で僅か数人くらいの希少さだったんだが、50年ほど前から徐々に出現頻度が上がっていて、最近では、毎年3大陸のいずれかにひとりふたり程度の外来人が現れるくらいのペースになっている。

 かくいう俺の祖父も、ニホン出身の外来人だ。その縁もあって、この国でシュートが保護された時、俺が身元引受人みたいなものになったってワケ。

 「……ぃてっ! こなくそっ!!」

 お、ちょっとは工夫するようになったか。そうそう。相手は人間じゃないから、どの方向からどういう風に動くか、あるいは動かないか、よく考えて攻撃しないとな。

 「シュートさん、舌とかみつきだけでなく、しっぽの動きにも注意した方がいいでやんすよ!」

 「あ、こら、ユラン、余計なこと言うな」

 ったく。念のため、ここに来る前に【防護障壁】の魔法はかけてあるんだから、多少攻撃されても死にゃあしねーっての。痛くなければ覚えませぬ、ってヤツだろ?

 「はぁ、そりゃ、また……大将も、スパルタなのか甘いのか、よくわかりやせんなぁ」

 俺としては過保護にならん程度に十分気遣ってやってるつもりだがね。お!

 「そこだぁっ!」

 両手で握ったカタナを「振り下ろす」のではなく「打ち上げる」ように振り抜く──チキュウで言うゴルフのスイングのような体勢で、虹色変幻蜥蜴の脇腹にザクリと一太刀入れることにシュートは成功していた。

 さすがに相手も身をよじって回避はしていたが、予想外の動きに反応が遅れたみたいだな。やや浅めだが、相応の傷を負わせたみたいだ。

 「お見事でやんす!」

 「ま、勝負はついたな。おーい、シュート、わかってるとは思うが、特に舌を傷つけるのは厳禁な」

 「ハードル上がり過ぎィ! 勘弁してくださいよぉ」

 泣き言を言いながらも、的確に足を使って相手の攻撃の死角に回り込みつつ、先ほどつけた傷を重点的に狙ってカタナを突き出してるあたり、地味に冒険者としての適性高いよな、コイツ。

 いかに大型爬虫類の生命力が強いとは言え、さすがにこの状態ではそう長くはもたない。徐々に動きが鈍ってきたところに、思い切りよく踏み込んだシュートの渾身の突きがまともに胸部に刺さり、心臓でも傷つけたのか、ほどなくして動かなくなった。

 「やりましたよ、師匠! ユランさん!」

 早足で歩み寄ると、喜色満面といった風情で、此方を振り返ってきた。

 「うむ、客観的には70点といったところだが……ま、今のお前さんにしては上出来だな」

 「とか言いながら、大将、ベロッサに狙いつけたままでいるよう、待機させてらっしゃったでがしょう?」

 そりゃあ、これでもコイツの“師匠”だからな。本来、ここいらに棲息してる獲物は、Cランクじゃ相手にするのはまだ少々早いし。

 「ツンデレ乙でやんす」とユランの奴が呟いてるのを聞こえないフリして、【歪空収納】から取りだした真銀(ミスリル)製のナイフを手に、2体の蜥蜴の死骸に近付く。

 「さて、レッスン2だ。爬虫類系の獲物をバラす時のコツは……」

 真っ先に舌を切り取り、持参した保存用冷却袋に詰め込む。

 続いて、脇腹に解体用ナイフを突き立てキッチリ線を引くように切れ目を入れたあと、鱗のついたしなやかで丈夫な皮を、背面側と腹面側に分けて手際良く剥ぎ取っていく。

 「……と、こんな感じだ。この皮と脂肪層の切り分けは熟練がいるから、慣れないうちは多少肉がついてるくらいでも、買い取りの時は問題ないぞ」

 虹色変幻蜥蜴の場合、素材として貴重なのは正直この2点だけなんだが、後学のためにももうちょい教えとくか。

 「一部の有毒な蛇なんかを除くと、爬虫類系の獲物の肉はモンスターも含めて、普通に食える。味は……そうだな、大味で堅めの鶏肉ってトコか。野外活動時には重要な栄養源だから、解体時に切り分けておいて、後で食うことを推奨するぞ。四肢や背中の肉なら比較的削ぎ取りやすいから、さほど手間でもないしな」

 「内臓とかは、どうなんですか? 薬とかの材料だったりは……」

 うーん、その辺りは種類によってまちまちなんだよなぁ。

 「ブッチャけると、Cランクで互角にわたりあえる程度の蜥蜴類なら、たいして金にならんぞ。小竜類なら多少はマシだが、重い・臭い・腐るのが早いという三重苦をおして持っていくほどの価値は……まぁ、お察しだな」

 無論、逆にソレが目標物(めあて)の依頼なんかが貼り出されることもあるから、事前によく確かめておく必要はあるがね。

 「そういうモノですか……」

 何となく不満そうなのは、コイツが外来人(にほんじん)だからだろうなぁ。ウチの爺さんも、「生ある物を殺したら、命を奪った代償に、せめて余さず利用しないともったいない」とかよく言ってたし。

 どうやらニホンとやらは、本当に平和で、個々の命の価値が非常に重い国らしいな。

 いや待て、似たようなことは猟師やってる親父や母方の祖父(親父はお袋んちへの入り婿だ)も言ってたかも。

 俺も、猟師の息子に生まれたからには、獲物に対する相応の敬意ってヤツは持ってたつもりなんだが……10年近い冒険者生活の中で、すっかりスレちまってたわけか。

 とは言え、現実的な話、多数のモンスターを相手取ることも多い冒険者としては、倒した獲物一頭一頭に、過剰な手間暇をかけてられないのも事実だ。世知辛い話だがね。

 とりとめないことを頭の片隅で考えつつも、そんな気配はおくびにも出さず、蜥蜴の血に塗れつつ弟子への講義を続ける。

 「てなわけで、これが蜥蜴類の背肉の上手な削ぎ落し方だ。理解できたか?」

 「あっ、はい!」

 さっきから真剣な目付きで俺の手元を観察してたからな。基本的に真面目で切り替えが早いのはコイツの長所だろう。

 こういう素直な面を見てると、贔屓目抜きでいい弟子を持てたなと感じる──なぁんて、ちょっと年寄りくさいか。


 「よし、じゃあ、あとは任せた」

 「──え?」

 「いや、理解できたんだろ、蜥蜴類の剥ぎ取り方法。なら、そのあとは当然、実習に挑戦するのが筋だろうが」

 俺、師匠として何も間違ったこと言ってないよな?

 「う……そりゃまぁ、確かに」

 多少躊躇ってはいたものの、俺の指示が至極妥当なものだと分かってはいるのか、シュートの奴も覚悟を決めたようだ。

 「わかりました! もう1頭の虹色変幻蜥蜴は、俺がやらせていただきます!」

 腰の雑嚢から取り出した剥ぎ取り用小刀(Dランクになった時、俺がお祝い代わりにやったヤツだ)をグッと握りしめ、多少ぎこちなくはあるが、危なっかしいとまではいかない程度の手つきで、シュートは、虹色変幻蜥蜴の解体にとりかかり始める。


 うむ、いい返事だ。でもな。

 「おいおい、もう1頭だけじゃないぞ。予定量の素材調達には、あと最低でも5、6体は狩る必要があるんだぜ」

 「──あの、ひょっとして、それも俺が……」

 「ああ、安心しろ。倒すのは俺とユランたちでやるから、お前さんは解体にだけ専念してくれればいいぞ」

 俺って優しいよなぁ。俺の狩りの師匠(つっても実の親父だが)なら、討伐そのものどころか、獲物の発見、追跡段階まで、全部弟子にやらせてたくらいだし。

 ちょっと弟子に甘過ぎるか? とは言え、時間的余裕があまりないから、そのあたりは効率よくいきたいからな。

 「いや、それって、どう考えてもスパルタ過ぎると思うんだけど……」

 ブツブツ言いながら、自棄(ヤケ)気味に虹色蜥蜴の皮にナイフを突き立てている弟子を尻目に、俺は感知系の魔術で次なる獲物を物色するのだった。

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