side a-1
それは、幾度となく聞いた言葉。
「また喧嘩したの?」
電話越しにも呆れ交じりであることがわかる声色だった。
確かに、呆れられてしまうのも仕方ないのかもしれない。こうやってアイツと喧嘩しては泣いて帰ってきて、電話をかけるということをこの数か月で何度繰り返しただろうか。本当は相談しちゃいけないってことはわかっているのだけれど、こんなことを言える友達は正直言って他にはいないのだ。
ごめんね、葵。毎度毎度、無神経にも振られた相手なのに相談しちゃって。惚気みたいに聞こえてないといいけど。
「うん……」
まだちょっと鼻声だ。ついさっきまで文字通り枕を涙で濡らしていたので仕方ない。でも、泣いているっていうのも彼女を私の相談を聞かざるを得ない状況に陥らせていることの一因となっているように思える。泣いている私が言うのもなんだけれど、女の子の涙というのは男の子は当然として同じ女に対しても結構なプレッシャーを与える、万人に通ずる武器だと思う。それがわかっているから、女というのは軽々しく涙を流す女を殊更に嫌うのだろう。
反発を招くというのも一種のプレッシャーの結果であるし、男と同じように涙に従わざるを得ないという風に感じる女もいるのだ。
「また泣いてたみたいだね」
たぶん、葵は後者なんだろうと彼女の反応から私は判断していた。そして、それ故に、従わせてしまったようでとっても申し訳なくなるのだった。いつも、できるだけ泣いていたことがわからないように時間をおいているのだけれど、実際のところあんまり効果はない。
「ごめんね、なんかいつも相談しちゃって……。辛いよね、こういうの聞くの」
情緒不安定になっているせいなのかそれとも私の逃避のためなのか、ついつい聞かなくていいことを聞いてしまった。口をついて出てしまったそれはまるで「そんなことないよ」と言ってほしいかのような問いで、口に出した後に軽く自己嫌悪に陥ってしまう。
こうやって己の弱さの始末を他人に押し付けるような自分はいつだって嫌いだ。
「正直ちょこっと辛いかなー?」
……うぅ。
葵の正直なところは嫌いじゃないし、むしろ言ってくれるのはとっても楽でありがたいのだけれど、ネガティブ入ってしまっている現在この時点でこうストレートに言われてしまうと自己嫌悪はさらに加速していく。
よく考えたら、いやよく考えなくても私は最低なことをしているといえるだろう。ずっと好きだった幼馴染を奪い取った泥棒猫がいけしゃあしゃあと恋愛相談だなんて……辛いどころじゃなくて、いつ刺されてもおかしくないことしているよ、私。新月の夜は気をつけなくちゃ……はあ……。
それに、なにより傷心中の私のメンタルに響くのは、こういう相手の反応を気にせず正直に言っちゃうところとかは、幼馴染なだけあってアイツにそっくりだなあって思っちゃうことだった。とはいっても、アイツの場合は天然で彼女はたぶん確信犯という違いはあるけど。
やっぱりあおいんのほうがアイツにはふさわしいんじゃないかな……。
私のネガティブは空気抵抗も摩擦もなかったことにして加速していくばかりだった。このままどこまでも加速して私の外に脱出してくれれば楽なんだけどね……。
私が黙ってしまったのを受けて、彼女はその続きをつなげた。
「まあ、相談を受けていること自体もそうなんだけど、そういう頼っちゃいけないんだけど他にいないから頼っちゃうみたいな結構自己中心的っぽいところが一輝君にそっくりで、やっぱり彼女さんなんだなあって思い知らされるのが一番つらいですね」
「……え?」
ん? 今、慰められた? 親友が辛い思いをしていることを打ち明けてくれた内容はとっても嬉しいことだった(こう思っちゃうところが自己中心的なのかもしれないけど)。しかし、結構ひどいこと言われた気がする……。
「私、そんなに自己中心的かな?」
「普段はそうでもないですよ。でも、ちょっとしたときの考え方が自分中心っぽいところがあるかな」
ショ、ショック……。まさかそんなに自己中だったなんて……。
とはいえ、こうやって振られた相手に相談をしている以上私としても否定はできない。
さっき言われたことは嬉しかったから、少々ネガティブは減速したけど、それでもやっぱり口をついて出てくるのは後ろ向きの言葉だった。
「そんなに自己中だったら……嫌われてないかな?」
その言葉に対して受話口から聞こえてきたのは深いため息だった。
「似た者同士だもん。大丈夫だよ」
「そ、そうかな?」
大丈夫だとお墨付きを頂いても、やっぱりまだまだ私はネガティブ状態なので、その言葉に素直にうなずくことができない。そんな私についに呆れたのかそれとも怒ったのか、電話越しのライバルが一方的に回線を切る前に衝撃的な言葉を残した。
「もー、そんなに不安に思うような仲ならわたし、取っちゃうからね! 明日から覚悟しているように!」
その後、携帯から聞こえてくるのは切断後のツーツーというどこか人を不安にさせる音だけ