八章 暗き穴倉へ
「な、何だありゃあ!!?」
先行していたバラッグ・ビータも思わず立ち止まり、航路外を移動する船を見上げた。次の瞬間、伏せろ髭!!本能的危機を察知し俺は叫んだ。
「へ?」ダダダダダダッッッッ!!!「わわわっ!!」
もし後一秒岩陰へ伏せるのが遅かったら、放たれた機関銃で奴の頭は西瓜のように破裂していただろう。おいおいおい!警告も無しに発砲かよ!?
船が通過するのを待ち、俺は不本意ながら敵へ駆け寄る。
「馬鹿、腰抜かしてる場合か!?戻って来る前に逃げるぞ!!」
ターゲットの生存を確認し、小型船は早くも旋回態勢を取り始めている。このままここにいては蜂の巣だ!
後方に回ってケツを押し上げてやり、髭はどうにか自力で立ち上がった。突然直面した命の危機に顔面蒼白の上、膝はガクガクだ。しかし背負ったり出来ない(ってか、したくねえ!)以上、歩いてもらわなければ困る。
脂汗をダラダラ流す奴の後ろから、ユアンを従え小晶さんも引き返して来た。
「こら、止めろ!そんな屑共など放っておけ!!」
共って何だよ手前!!一緒くたにするな!
「そんなの駄目です!止めて下さいリュネさん!誤解なんです!!」
必死に腕を振るも、パイロットには見えていないらしい。左右の砲台がキラーン!太陽に反射して輝いた。
ダダダダダッッッッ!!!「チッ!」「防!!」
小晶さんが両腕を掲げた次の瞬間、俺達の周囲を不可思議な透明の壁が覆った。その〇・数秒後、凶悪な弾丸の嵐が荒野を襲う。
「はわわわ……!お、思い出した。あの船、確か連合政府の!!」
銃撃音に負けない声で髭が絶叫する。
「ああ。不死省管轄、魔術機械製エンジンを積んだ最新鋭船舶だ」
「ふ、不死族!?何だってそんな連中がこんな田舎に……!?」
第二波が止み、奇跡を解く小晶さん。その頭を下げかけるのを制止し、ユアンは無言で髭の頬を力一杯殴り付けた。
「うごっ!!」「貴様等低脳が、選りにも選って奴等の王を誘拐などするからだろうが!!」
一メートル程吹っ飛び、倒れ伏した奴の背中をゲシッ!容赦無く蹴り付ける。
「お、王だって……まさか」
目の前で起こった暴力に怯える美人を恐る恐る見上げる。
「今頃気付いたのか、この能無しめ!そうだ。今生の別れにもう一つ教えておいてやろう」
ビシッ!おい、好きな人を指差すなよ!?
「―――今までこいつに危害を加えようとした犯罪者共は、ほぼ例外無く死刑にされている」ニヤリ。「良かったな、髭。あの世でも愉快なお仲間共とずっと一緒にいられるぞ?」
あ、悪党め……。
勿論、髭は同業者且つライバルだ。元から犯罪者すれすれだし、到底同情も出来ない。だが生憎、俺個人としてはそこまで恨んでいなかった。ほら、何事も引き立て役って必要だろ?あいつ等がいるから瞑洛での俺達の評判も良好なんだし。
「ひ、人事みたいに!?」
「当たり前の事を言うな、罪人が。酸素の無駄使いだ。―――やれやれ、これでやっと瞑洛も平和になるな」
殊更明るい声で言い、処刑執行船へ無邪気に手を振る。が、不意にその腕が下ろされた。
「……そんな情けない顔をするな、小晶。今回ばかりは流石のこいつも反省しただろう。大体、このままでは巻き添えで私達まで挽肉だ」
鶏みたいにガックンガックン首を縦に振り続ける髭を尻目に、切れ長の目で船体を見やる。
「確か、声が届かんと奴等を止められないんだったな?だが生憎、ここに通信手段は無い」
「じゃあどうするんだ!?下手に逃げたら、あっちの姉ちゃん達まで巻き込まれちまうぞ!!?」
かと言って、街まではまだかなり距離がある。加えてここは雪こそ積もっていないものの、冬の荒野のど真ん中。凶悪極まりない空中兵器から隠れられる場所など存在しない。
「やっぱり、私が前に出て説得を」
「おい止めろ阿呆!?いいか、一人でノコノコ離れてみろ。“燐光”の無事を確認したあの女は、最早何の躊躇いも無く私達へ全弾発射しにかかるぞ?―――待てよ。そうか……それならまだ逃げ延びられる可能性は……」ブツブツ。
「シャーゼさん、何か良いアイデアが?」
「ここに突っ立って大人しく死を待つよりはな。おい、髭」
「何だ、わっ!?」
数分前まで取引しようとしていた遺物を投げ付けられ、どうにかキャッチ。目を白黒させる奴に、ユアンは言葉を続けた。
「私はこいつを引っ張って行く。先行して入口を開けておけ」鼻を鳴らす。「幾ら無能でも出来るだろう、それぐらいは」
「あ、ああ……」
「歯切れの悪い返事だな。いつもの無駄な威勢はどうした?―――おいネイシェ、手伝ってやれ。モタモタされて退路が確保出来なければ、全員一巻の終わりだからな」
確かに、この未だ震える手で鍵を挿し込めるかは疑問の限りだ。俺は首肯し、ジャンプで加齢臭の染み付くジャケットの肩に移動した。
「そう言う訳だ小晶。守りは任せたぞ」
「はい。ネイシェさん達も、充分気を付けて下さいね」
聖人の励ましを合図に、第三次砲撃は鮮烈に開始された。
「遅えっ!もっと必死こいて走れ髭!!」「五月蝿え!耳元で騒ぐな狐公!!」
小晶さんが砲弾を防いでいる間に、俺を乗せたバラッグ・ビータは急いで『月蹟遺跡』へ向かう。既に同業者共を叩きのめし終わっていた姉が、あれ連合政府の船でしょ!?何で選りにも選って小晶さんを撃ってるのよ!!?当然過ぎる疑問を発した。
「ユアンと二人で引き付けてくれてるんだ!それより髭、早く鍵!!」
「お、おう!」
応えた髭は、早速預かった古鍵を石扉に挿し込もうとする。が、案の定手がアル中みたく震え、鍵穴に掠りさえしない。最初は辛抱強く見守っていた姉も、無理だと悟って横からブツを引っ手繰った。
ガチャン!ギィィィッ………。「開いたわ!二人共、早く!!」
数百年振りに開け放たれた両扉から後方を振り返り、起きろABC(おい!マジでその呼び方なのかよ!?)!!ばたんきゅーした部下達へ髭は怒鳴る。だが意識を取り戻す兆しは無く、回収のためボスは駆け出しかけた。
「待てよ!」「いてっ!!」
肩から髭を思い切り引っ張り、俺は強制的に奴を引き止めた。
「何するんだ狐公!?あいつ等は俺の大事な仲間なんだ!あんな所に放り出しておく訳には」
「船上でも、流石にターゲットが立っているか倒れているかぐらいは分かるわ。風邪は引くかもしれないけれど、流れ弾に当たらない限りは却って安全よ」
「だが!」
尚も駄々を捏ねるライバルを、何をやっている貴様等?追い付いたユアンが睨み付けた。その腕に繋がれた小晶さんは、全力疾走のせいか息も絶え絶えだ。
「早く入れ!直に次の攻撃が来る―――何だ、その目は?貴様の手下共がどうなろうと知った事か。見ての通り、私はこいつの面倒だけで手一杯だ」
苦しそうに胸を押さえる想い人の肩を、後ろから腕を回しそっと抱く。
「おい、しっかりしろ!まだ倒れるなよ」
「は、はい……済みません、シャーゼさん……」
健気に返事する彼に、意固地だった髭も腹を決めたようだ。ジャケットから懐中電灯を取り出し、扉の奥に続く暗い下り階段へ足を踏み入れる。
「―――俺が先に行く。お嬢さんの事はお前等に任せたぞ。狐公、サポート頼む」
「OK。んじゃ、一丁探索行きますか」
進行方向、砂だらけの階段奥に続く闇を見据え、俺はわざと軽く言い放ってみせた。