三章 奇妙な脅迫状
キィ。「ただいま」「おかえり姉ちゃん。渡してこれた?」
徒歩数十分の実家へ帰り、ついでに食材の買い出しをしてきた姉に声を掛ける。
「ええ。でもちょっと待って、先に確認しておくから」
そう言うと二の腕に力瘤を作り、持っていた四つのビニール袋をカウンターへ上げる。中身を一つ一つ取り出しながら、持っている買い物メモとにらめっこ開始。
「白菜にキャベツに鶏肉、鮭とミルクと……うん、ちゃんと揃っているわね」会心の表情で頷く。
大袈裟だが無理も無い。最初の頃はリストを持たされたにも関わらず半分以上買い忘れ、無駄に何往復もしていたもんな。しかもパックの卵は壊滅状態だわ、おやつのアイスはでろでろに溶けてるわもう散々で。
「ネイシェ、悪いけど調味料とお酒を仕舞ってくれない?」
「OK」
俺は座っていた椅子から床へ降り、人型へ変化。フルチ、裸のまま(何故直したし)瓶ばかり入った袋を手に、置き場であるカウンター裏へ回った。
「えっと、粒胡椒はここで……お、お神酒か。やっぱ正月はこれが無いとな」
「新年はいつもどうしているの?」
ようやく要領を覚えた手付きで冷蔵庫を整理しつつ、品物を入れながら尋ねる。
「近所の年明けの宴会に行って、子供達にお年玉あげて回る以外は特にいつもと変わらないよ。あとはユアンに三が日ぐらい休ませろって言ってあるから、一応オフって事ぐらいかな」
御用達の雑貨屋も休みのため、流石の奴も毎年その三日間だけは大人しく資料分析をしている。俺やヴァイアの運ぶ雑煮やおせちも、条件反射ながら毎回きちんと食っていた(そして、例外無く四日の早朝から初仕事だ)。
「来年は一日ぐらい家へ帰るよ。ところで母さんは何て?」
「『そうなるだろうと思って、お父さんと二人で予定を空けておいたわ。ありがとうミリカ』ですって!酷いと思わない!?」
「いいじゃんか、親孝行出来て」
「むー!フルコースだから駄目だったのかしら……ねえ、ユアンって食べ物は何が好きなの?」
「知るか。つーか、姉ちゃんの失敗作でも文句一つ言わず食うじゃんあいつ。味覚音痴なんだよ」
「喧嘩売ってるの?……さ、最近は大丈夫でしょ?一昨日の煮魚も美味しいって言っていたじゃない」
鱗取りしかしなかった人間が何を言うか。しかし拳が飛んで来るのは勘弁なので、うんうん、確実に上達してるよ、適当に相槌を打っておいた。
「本当に思ってる?―――まあいいわ。出掛けるならお弁当を作っておかなきゃ」
そう言って背を向け、キッチンへ立つ。まだほかほかのバケットを切り、数少ないレパートリーであるサンドイッチ作成に取り掛かる。
「何か手伝おうか?」
「大丈夫、一人で出来るから」
「あっそ」
掃除は今朝ヴァイアがしたばかりだし、今更する必要は無いだろう。因みに『鳳凰亭』には特に大掃除の習慣は無い。定番の窓や換気扇も、マメな女主人が季節の変わり目ごとに綺麗にしているお陰だ。
俺はカウンターから原稿を取り出し、ザッとこれまでの成果を点検した。
(うーん……改めて見ると、あちこち推敲の余地ありだな。でも、本には一回書き上げてから手直しした方がいいって書いてあったし……)
「何それ?ネイシェが書いたの?」
無遠慮に覗き込まれ、反射的に退く。
「あ、うん。チビ達の養育費の足しにしようと思って……どう?」
「偉い、と言いたい所だけど、父親としてはそれが普通よ。大体、稼げないのに子供を作るなんて……でも、そうね。普通に上手だわ。あんた、昔から作文得意だったものね。完成したらまた読ませて頂戴」
「了解」
ぱらぱら。
「にしても、見事に性格真逆なユアンね。と言うか、リアルと同じトレジャーハント物?」
「しょうがねえだろ。良く知ってる職業がそれしか無かったんだ。それにほら、これならネタには困らないだろ?」
「それもそうね」
納得の頷きを返した姉は原稿を返し、調理に戻る。
ユアンが帰って来るまで、あと約一時間。俺は原稿を封筒に入れ、二階の自室へ。そして執筆専用机(高さ三十センチのワインの木箱)の蓋を開け、鉛筆と共に大事に仕舞った。
階下に戻り、さっきと同じカウンターへ座る。バケットを切り終えた姉は、丁度ツナ缶をマヨネーズで和えている所だった。と、カタン。外の郵便受けから軽い音。
「手紙だ。あ、もしかしてヴァイアの実家からかな?」
毎年クリスマスの時期になると、愛人の母君は凝ったグリーディングカードを送ってくる。何でも最近は趣味が高じて企業からの外注も受け始め、父君も巻き込んで忙しいとか。二人共、七十越えて何やっているのかしらね、苦笑気味に呟いていたのを思い出す。
「ああ、噂の」
「多分な。俺取って来るよ」
言って玄関を開け、扉の横に付けられた郵便受けまで壁伝いに登る。差し入れ口から前脚を突っ込んでゴソゴソ―――お、あった!
だがプリティなおててが掴んでいたのは、緑と赤と金色のデコ葉書ではなく、無機質な白い封筒だった。宛先は無し。裏の差出人は……バラッグ・ビータ?何じゃこりゃ?
不思議に思いつつ宿屋内に戻り、三度カウンターへ登る。ビリビリ、前脚の爪を使って封切り。外側からの感触通り、中身は一枚の紙片だった。
如何にもメモ帳を破いたらしき紙には、簡潔にこう書かれていた―――女は預かった。返して欲しくば鍵を持って『月蹟遺跡』に来い、と。