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二章 栄光のトレジャーハントストーリー



―――俺の名前はユアン・ヴィー。生粋のロビアっ子にして、駆け出しトレジャーハンターだ。と言っても本当に始めたばっかで、まだ大した値打ち物は何も見つけていない。でも大丈夫。何故かって?昨日とんでもない物を手に入れたからさ。未だ殆ど解明されていない、古代文明遺跡への切符を―――




「ど、どうだヴァイア?」


 早朝の“白の星”、瞑洛の宿屋『鳳凰亭』一階にて。

 俺の恐る恐るの問い掛けに、女主人は手書き原稿用紙十枚から顔を上げた。そして憐れみの色は一切無しに見つめ、普段通り微笑む。

「余り小説は読まない方だけど、初めてにしては上手く書けていると思うわ」

「本当か!やった!!」

 カウンターの上でガッツポーズを決める俺。トントン、第一愛人は三日間の努力の結晶を丁寧に揃えて返してくれた。

「でも急に執筆を始めるなんて、一体どうしたの?」

 きっかけはモチのロン、件の独身同居人だ。三人の立派な子持ちの俺を散々っぱらヒモだ親の脛齧りだ、挙句金が掛からないだけ野良犬の方がマシとまで言い切りやがった。それが、丁度一週前の事。

 自尊心に深刻なダメージを負った俺はしかし、そこで潰れはしなかった。要は一人前に稼げば文句無い訳だ。かと言って多い時で週数回ハードな遺跡探索に同行している以上、肉体労働は無理。しかも奴の資料調査の合間に出来て、稼ぎもそこそこ良く、突然中断を余儀なくされてもOKな職業となれば―――物書きしかあるまい。

 そう説明すると、女主人は得心が行ったらしく深く頷いた。

「だけどこのお話のユアンさん、随分本人と性格が違うような……」

「しょうがないだろ。『あれ』を主人公にしたら、絶対読者に買ってもらえない」

「ああ、成程」

 近年でなくても稀なキャラクターではあるが、あいつは凡そヒーローではない。大体図書館と自宅、遺跡の往復しかしないノンフィクションなど誰が読みたいと思うだろう? 

 と言う訳で主人公、ユアン・ヴィーは名前だけ拝借した全くの別人だ。性格は竹を割ったように爽やか。笑う時に見せる真っ白な歯と、初期投資で買った中古のテンガロンハットがトレードマーク。金欠で時々下宿先の家賃すら払えない事もあるが、それでも夢とお宝を追い続ける熱き好青年だ。当然女性受けも良く、作者としても何れは可愛い彼女を作ってやりたいと思っている。

『ハッ、夢で飯が食えるか!この能天気さと人生設計の甘さは作者と瓜二つだな!』

 黙れ悪霊め!手前がイレギュラーなんだよ!まだ三十路前のくせに、既に三生分以上稼ぎやがって!!くそう、今に見てろ!分野は違うが絶対追い付いてやるからな!!

 改めて闘志を滾らせた俺は、早速原稿の最終ページに筆を加え始める。




「よう、相変わらず金無しかヴィー君?良ければオジサンが貸してやるぞ」


 警察署の入口から現れた四十代の男は、そう言ってファンシーなパンダ柄の扇子で俺を扇ぐ。警察署長の服を見事に着崩し、寝癖の付いた黒髪に年中ヘラヘラの面。相変わらず考えの読めないオッサンだ。

「いいっすよ署長さん。それに俺、もうすぐ大金が入る予定なんで」

「ははぁ、また財宝の地図を見つけたんだな。目がキラキラしてるぞ、やっぱ若者はそうでなくちゃあな」ニヤニヤ。「うちのイディオにも見習って欲しいぜ。同期なんだろ、お前等?」

「まぁ、一応は」



 ?自分で書いてて何だが、妙にリアリティーのある不真面目署長だな。知人にこんな奴いない筈だが、ふむ。これも小説入門書にあった、クリエイター特有の『閃き』って奴か?

「にしても、イディオ(愚か者)ねえ……」

 何でこんな名前がポッと出て来たんだ?つーか俺、初心者なのに妙にスラスラ書けてない?もしかして才能アリだったり?


 カツカツカツ……階段を降りて来る足音に、慌てて原稿とペンをカウンターの下へ。


 身支度を整えた相棒は、美味かったぞ主人、いつも通りそう言って空のトレーをヴァイアに手渡す。

「お出掛けですか、ユアンさん?」

「ああ」

「ついでにそのむさ苦しい前髪切って来いよ。今日はクリスマスイヴなんだからな」

 前脚を伸ばし、鼻息荒く肩をべしべし。

「そう言や、パーティーに着て行く服はあるのか?流石にいつもの格好じゃ駄目だぞ」

「あら、ユアン。相変わらず早いわね」

 ようやく昨夜の片付けが終わったらしい。奥から出て来た姉ちゃんはそう声を掛け、何処からか一通の封筒を取り出した。それから顔を背け、如何にも気恥ずかしげに告げる。

「その……これ、ペアウン万のスペシャルディナーのチケットなの。本当に偶然手に入ったんだけど、もし今夜暇なら」

「姉ちゃん、駄目駄目!ユアンは小晶さんに、今夜のクリスマスパーティーに呼ばれてるんだからさ!!」

 下手に邪魔されては困ると、これまで姉には半月前に届いた招待状の件はひた隠しにしていたのだ。どうだ、俺って気が利くだろ?(えっへん!)

「何よそれ!?……な、なら仕方ないわ。後でママに行くか電話してみる」

 相当落胆したらしく、無意識に現した本体の耳を項垂れる姉。可哀相だが、これも相棒が幸せになるためだ。諦めてくれよ。

 赤毛の尻尾をフリフリし、俺は相方を見上げる。

「今日は早目に出発しようぜ。先にお前の家へ寄って、シェニーお母様達にも挨拶したいし。そうだ、行くなら何か土産を用意しないと」

 母と娘の二人暮らしだし、あんまり量は要らないな。加えて、恐らく今晩のメニューはローストチキンやケーキ等の御馳走。故に本日中に召し上がらなければならんような物は御法度だ。うーむ、セレクト如何では二人との関係性に進展があるやもしれぬ。選定作業は真剣にせねば。

「あ、だったら私も一緒に行くわ」

 俺とは別の意味で点数を上げたい姉も手を挙げる。勿論快諾。同性の方がセンスの合うチョイスが出来るとの判断からだ。

「じゃあ昼前にここで集合な。遅れるなよユアン―――?どうした、まさか緊張してるのか?」

 浮かない表情の奴に、具合でも悪いのですか?女主人も心配する。

「ちょっと、しっかりしなさい。そんな顔じゃ小晶さんが心配するわよ?」

「私は十二分に正常なつもりだが?―――お前等こそ、一体何を勘違いしているんだ?」

「「「??」」」

 ユアンは一際深い溜息を吐き、腕組みして言い放った。


「―――あの招待状なら、もうとっくに送り返したぞ。欠席に丸を付けて、な」「「はぁっ!?」」


 フン、鼻を鳴らし、天才トレジャーハンターはデイバッグの中から空の仕掛け箱、そして古びた鍵を取り出した。

「それより、例の『月蹟遺跡』を開ける鍵が今朝ようやく取り出せた。今回はあの髭共も狙っている獲物だ。準備が終わり次第向かうぞ」

 呆れて物も言えない女性陣。が、相棒暦四年以上の俺は勿論違った。


「ふ、ふ、巫山戯んな!お前、今日が何の日か分かってんのか!?」


 バシバシバシッ!!握り締めた拳でカウンターを何度も叩く。

「クリスマスイヴだぞ、イヴ!!宇宙公認の恋人達の聖夜!昨日のパーティーだって、手前のためを想って無理言って前日にずらしたんだぞ!?それを断っただぁ?いい加減にしろ!この仕事中毒め!!」

「ああ、全くその通りだ。私は忙しい」チラッ。「四六時中ギャーギャー騒ぐ狐が一匹増えてからは余計にな」

「ちょっと、それって私の事!?」

「あと、ついでに言っておくが、あのパーティーは政府館の恒例行事だ。過保護な同族共に取り囲まれたあいつと話せる時間などまず無い」

 溜息。

「幾ら親睦の名目とは言え、いい加減エルシェンカの奴も時期を考えろ。何も師走のクソ忙しい時分に招集せんでもいいだろうに。お陰で翌日の仕事が何度切羽詰ったか……」

 しばらくブツブツと前の職場の愚痴を言った後、奴はさっさと玄関ドアへ向かう。そして俺達に背を向けたまま、最後にこう言い放った。


「とにかく、私は行かんぞ。―――三時間後に戻る。それまでに出られるようにしておけ。でないと置いて行く」バタン。




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