十八章 おお、素晴らしき愛?
「いい加減にしやがれ、こんの馬鹿兄貴!!」
「頼むから目を覚ましてくれよスピアー!マジで気持ち悪い!!」
「わーん!兄さん!」
着陸地点では“表現”の更に頭一つ分高い、二メートル五十センチ近い大男が半泣きで喚いていた。目の下まで覆う赤白のストライプのスカーフのせいで、髪や目の色は分からない。
新参者の“表現”も、勿論彼の事は知っていた。この魔界を統べる七悪魔の一人、唯一自身の王国を持つ“傲慢”だ。
その農夫特有に逞しく盛り上がった肩には、らしからぬ知的な目をした子供のライオン。普段は滅多に出さない爪を伸ばしシャーッ!眷属として、主兼義兄を害する者を威嚇する。
「ん~❤相変わらずバイムラ君の胸板は触り心地最高だあ~。もうずっと手を離したくないよ~」「嫌だ、離せー!!」
狂乱の事態の首謀者は甘えた声を出し、数千万年間の弛まぬ農作業で鋼のように鍛え上げられた上腕二頭筋に手を伸ばす。袖無しの両腕には一面真っ白な羽毛が生え、まるで大空を舞う鳥の翼のよう。実際飛行可能で、しかも軽々と音速を超える様を“表現”は何度か目撃していた。
「まあ、スピアーってば……」
夫の月一の病気に慣れた“薫風”も、この惨状には苦笑するしかない。
「ぎゃあっ!?」
「ちょっと!変な所を触るな、この変態!!」
堪え切れず、獅子が鋭い爪撃を伴って飛びかかる。しかし素早く前脚ごと掴まえられ、敢え無く不発に終わった。
「あ、御免ね。フェイト君だって滅茶苦茶可愛いよ~❤」
顔を近付け、頬と頬をすりすりすり。ぞわわわっ!体毛の薄い子ライオンが、一瞬にして総鳥肌立つ。
「毎っ回毎回、いい加減にしろ兄貴!とっとと手を離さねえと、腕ごとぶった斬るぞ!!」
残された金髪の少年はそう警告し、自身の背中へ手を回す。そして数秒後、纏った黒いローブの内側から最恐の切断道具、身長と同程度のチェーンソーを取り出した。凶悪極まりないギザギザの刃は、スイッチの入る前から生贄の血肉を欲して爛々と輝いている。
すると“色欲”は何故か、捕まえた子獅子を優しく魔界製コンクリートの上に下ろした。慈愛に満ちた笑みを浮かべた後、実弟の元へと猛ダッシュで向かう。両翼が風を切り、マッハの突進が体重一トンを超える“怠惰”を襲った。
ガンッ!ゴツンッ!!「わっ!?」「あはは~、やっぱ兄弟水入らずだよねアッシュ~❤」
そう言って綺麗に押し倒した肉親の右手を、マリッジリングを嵌めた左手で握る。一方、激突の衝撃で地を滑った凶器は、抱き付かれたショックから立ち直りかけた大男の脛を直撃した。
「ぎゃあああっっっ!!!」「ちょ、兄さん!?大丈夫!!?」「悪い、っておいコラ馬鹿兄貴!何処触ってるんだよ!!?」「ん~?何処ってアッシュの」「言うんじゃねえ!この破廉恥野郎!!」
わーわーぎゃーぎゃー!騒がしさの一向に止まぬ到着地を見、画家は改めて家族愛の尊さに感動した。
「いや、ちょっと。勝手にしみじみして終わらせないで下さい。今からあそこに降りるんですよあなた」
真下を指差しながら、諦めろと言わんばかりに御者が告げる。
「む、無理にここでなくても良くないか?魔界は広いんだ。馬車を停める場所ぐらい幾らでも」
「この広場が一番食堂棟に近い駐車スペースなのです。それともあなたには、片道何十キロも潰れやすい製菓を運べる特殊技能がお有りで?」
「いや、それは……でもそうだ!!私にはケーキ運びと言う大役が」
「シャラップ!汚れ仕事は新人の役目ですぞ!!それに以前、図体の割に肉体労働は苦手だと御自身で申されていたではありませんか!?」
「うっ、そ、それは……」
図星を刺され、絶句する後輩を“薫風”が慰める。
「大丈夫。運び終わるまで適当に相手して下されば、後は私がどうにか宥めますから。それにスピアー、以前から一度ゆっくりあなたと話がしたいと言ってましたし。うふふ」
柔らかなエンジェルスマイルを浮かべるも、流石は悪魔の花嫁。独身の一羽は背筋の怖気が止まらなかった。




