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十七章 帰宅の途



 黒毛の魔界サラブレッド二頭に引かれ、宇宙外を疾走する一台の漆黒の馬車。

 その車中で、往路の半分以下の空間に巨体を縮める“表現”。向かい合って座っているのは、同族の古き女性だ。艶やかな赤髪を直す度彼女の顕現、爽やかな若葉の“薫風”が香る。それが空間を支配する圧倒的な甘い匂いと混じり合い、しばらく土埃と絵の具しか嗅いでいなかった鼻腔を痛い程刺激した。

「随分沢山購入したのだな」

「最初は買うつもりは無かったのですが、あなたを待つ間街を散策していてつい」

「人の宇宙では、今日はクリスマスイヴですからね」

 右側の馬の背に乗る、やけに尖った鷲鼻の御者が答える。

「それでも、フュー様が頭より高くケーキ箱を積み上げて戻られた時は、流石に吃驚しましたよ」嘆息。「お呼び頂ければ運搬ぐらい手伝いましたのに」

「ふふ、ごめんなさいペニークさん。つい夢中になってしまって」

 そう弁解した風の名の女性は、そっと隣の紙袋を開く。覗いた純銀製ケーキは、間違い無く彼女の義弟用だろう。にしてもそんな物、一体何処で売っていたのやら。

「予約してなかったので、人数分を揃えるのに五軒も回ってしまいました。勿論、あなたも沢山召し上がって下さいね。降りてから何も口にしていないのでしょう?」

「ああ。食事をすると、しばらく集中出来ない性質でな」

 見た目はほぼ同年代の若者の真面目な返答に、遥か年上の一羽はクスリと笑う。

「確かに物を食べずとも、私達はいとも平然と生きていられます。ですが、家族と共にする食事は矢張り美味しいですし、空腹を感じずともまた食べたいと思うのです。あなたもそうではありませんか?」

「家族……か」

 アタッシュケースの中、写した姿絵へ視線と心を向ける。自分達子供を残し、未だ昏々と眠り続ける母へ……。

「ところで、さっきから何を描いているんです?」

 ヒマティオンを着た膝上のスケッチブックと、動かしていた鉛筆を指差して尋ねる。

「久々にインスピレーションの沸く物語を聞いたのでな、忘れない内にと思って」

 白黒のスケッチながら、それはまるで写真のように見事な絵だった。画家がもし人界にいたならば、百年に一度の天才と褒めちぎられるに違いない。

 描かれているのは上等な長椅子に腰掛けた黒髪の女性と、背凭れに手を置いた銀髪(白地に光の反射がきちんと表わされている)の男性。背景にも関わらず、二人の背後には巧緻な薔薇の織物クロスの壁紙まで表現されていた。

「御夫婦ですか?」

「恐らくは。―――あの図書館は確か、あらゆる書物が自然に集まると言っていたな?時空すら越えて」

 気の良い魔女と博識な“強欲”の悪魔が管理する、広大過ぎる書物の樹海を思い出しながら尋ねる。

「はい」

「ならば、読んでみるとしよう。小さき者の紡ぐ物語を」

 そう呟き、後にファンアートとして編集社に郵送される絵を仕舞った。

「……ああ、そうだ。預かっていた薬を人へ与えたのだが、大丈夫だろうか?」

「ジョゼ小父さんのエリクサーを、ですか?特に問題は無いと思いますけれど、その……あれは未精製のスピリチュアル・エーテルを含んでいるので、人体には多少の副作用が出るかもしれませんね」

「具体的には?」

「霊体となった後も物理的干渉力を持つ、とか……まあ心配無いですよ。強い未練さえ持たなければ、人の魂は自然に昇天しますから」

「ふむ」

 被使用者の意志の強そうな面差しを、とりわけ眉間に刻まれた皺を思い出し、彼は深く頷いた。



 窓を覗き込むと、外は既に悪魔達の領域だった。人の宇宙で言う北極星、広大な“電霊楽園エレクトリック・ガーデン”を中心に瞬く擬似星雲を眼下に認めた後、その主の義姉はぐらぐらする白箱の最上段へ手を伸ばしかける。

「大丈夫だ。私が押さえる」

「ありがとう、助かります」

 逞しい腕が真横に伸び、菓子箱の墜落を阻止する。上半身を反らした事で頬が真横の箱に当たり、ヘルム越しにガトーショコラの濃厚な香りが鼻を突いた。

「後五分程で到着しますぞ」

 車内を振り返った御者はそう伝え、尚有り余る元気からスピードを上げようとする二頭の手綱を強く引いた。

 “表現”はふと思い立ち、防具に隠された唇を開いた。


「―――仮令伝わらずとも、結局は愛した者の勝ちなのだろうな……」 


 離陸直前に見た光景を思い出し、胸を温かくしながら低く呟く。

「急にどうしました?」

「いや。私もあの人間や兄弟達のように、変わらぬ愛情を母へ持ちたいと思っただけだ」

 赤髪の女性はキョトンとした後―――堪え切れないようにクスクス笑い出した。

「?」

「いえ、済みません。ですが、あなたは私から見て、充分親孝行な息子さんに見えますよ。勿論、他の御兄弟姉妹も。そうでなければ何故、皆でこうして一致団結出来るでしょう?」

 漏れ出した吐息が薫る。

「あなたは少し口下手なようだから、大方自分は愛情が薄いのではと思っているんでしょう?そんな事はありませんよ。愛とは言葉を越えた、そう……とても不思議な力」 左手の薬指に嵌る銀のリングに触れ、小さく言葉を続ける。

「時には私達の異能さえ、霞んで消えてしまう程の奇跡を引き起こす」

「そう……か。そうだな」

 描画の間感じていた、切なさと温かさのない混ぜになった胸の苦しみ。本能のままに“表現”するだけならば、決してあのような感情は起こらない筈だ。

(こうやって自らの想いに気付けたのも、あの小さき者達のお陰か……)

 静かに目を閉じ、遥か遠き人の世へ向けて祈る―――彼等の愛が永く、そして何時までも穏やかに慈しまれん事を。



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