十四章 愛すべき愚か者の誕生
―――やれやれ、厄介な奴に見つかったぜ。
「やるってのか、バラッグ・ビータ?」
買い物ぐらい静かにさせてくれよ。俺はそう思いつつ、店先に並べてあった胡椒瓶を拝借した。些か卑怯だが、生憎今は丸腰だ。クシャミを連発させている間に逃げよう。
「地図さえ寄越せば手荒な真似はしねえよ、坊や」
言いつつ奴は愛用の皮鞭を出し、ヒュウン!バリン!手近なコップを破壊する。唇には弱者を甚振る者特有の歪んだ笑み。
(こりゃ、素直に応じても無意味だな。ってか、そもそもまだ下宿に置いてあるし)
顔馴染みの雑貨屋店主は、奥で戦々恐々と事の成り行きを見守っている。一方、通行人達はこの不毛な喧嘩に興味深々のようだ。遠巻きながら好奇の目を向けて立ち止まっている。
タンッ!瓶の蓋に親指を掛けた俺は、軽やかなステップで奴を強襲する。
「先手必勝!」「小賢しい!!」
鞭を左に避け、一気に間合いを詰める。良し!ここでこいつを振り掛け、
「おい、貴様等」ボカッ!バキッ!!「ぐあっ!」「ぎゃっ!!」
何の前触れも無く横から飛んできた鉄拳は、見事に俺と敵の鼻っ柱にクリーンヒット。仲良く仰向けに倒れた俺達を、切れ長の鋭い両眼を持った銀髪男が見下ろす。
「いてて……何も俺まで殴る事ないだろ、イディオ。こっちは被害者だぞ?」
「ハッ!どの口が言っている、この窃盗犯が」
軽蔑の眼差しを向け、スーツのポケットから手錠を取り出す。
「ちょ!」「おい!?」ガチャッ、ガチャッ!
不本意にも繋がれた互いの手首を凝視する、俺とバラッグ・ビータ。それを睨み付け、刑事は間の鎖にロープを掛けて無理矢理引っ張り始めた。
「おい、立つからちょっと待て!痛い!!」
「腕が千切れる!!」
「五月蝿い、器物破損犯め!見苦しい髭など生やしおって」
そう言いつつ、出て来た店主に向かって顎をしゃくる。
「悪いが、弁償は留置所で反省文を書かせてからだ。おら、とっとと歩け犯罪者共!」
ゲシッ!「ぎゃっ!?」
尻を手加減無く蹴られ、健全な成人男子としてはあられもない悲鳴が上がる。相変わらず何て乱暴な奴だ!
「ありがとうございます刑事さん。そうだユアンさん、それ」
「あ、ああ悪いマスター。まだ開けてねえから戻しといてくれ」
俺はそう謝り、指紋の付いた胡椒瓶を投げ返した。
―――ってこれ、まんまあいつじゃねえか!?人の小説にまでしゃしゃり出てきて、いきなり何つう傍若無人な真似を!!
「ほう、それは中々面白い展開だな」
作者すら驚きの発想に、しかし意外にも兜男はかなりの好感触を示した。釈然としないながらも、俺は話を続ける。
「結局、警察署を出してもらえたのは夜で、遺跡探索は翌日に持ち越し。でも、そのお陰で新手の敵の待ち伏せを回避出来たんだよ。これがトレジャーハンターな上に滅法な格闘技の使い手、しかも女でさ。フェミニストのユアンは大苦戦を強いられる訳。そうだ、どうせなら軽くロマンスを入れよう」
勝負に熱中し過ぎた彼女をトラップから救ってドギマギ、みたいな。うーむ、かなり身近にモデルがいそうな話になってきたぞ?そうだ!どうせ創作ならば、
「これはまだ当分先の話だけど、イディオ警部は結婚するんだ。幼い頃から悪の組織に監禁されていた、心臓は弱いけど天使みたいに優しい女の子と」
「ほう、それは読んでみたいな。発売は何時―――ああ、処女作なのか。しかし話を聞く限り、普通に面白い読み物になりそうだぞ?そう気負わず、まずは一度完成させてみるといい」
「励ましありがと。あ、折角だから大先輩に一個質問していいか?あんた、絵描きだよな?今まで何枚ぐらい描いたんだ?」
絵を見る限り、彼は間違い無くプロだ。となれば練習も含め、相当な修行期間があった筈。だが、
「さあ……?」
カチャン。首を傾げた拍子に兜が鳴る。
「数など特に気にした事も無いな。形に成らぬ物でも成せるのが私の能力であるし、それに」
狭いスリットから天井を、その遥か上に広がる青空を仰ぐ。
「―――生とはつまり、命を削り行う表現だ。そして、我々が今日こうして出会った事実も、必ず既に何処かへ“表現”されている。勿論、彼女も……」
寂しそうに呟かれた一瞬後。俺は異人の右背に、遺跡の周囲と同じ黄土色の片翼の幻影を見た。その余りの神々しさに、勝手に口がポカンと開く。今のは一体……何だ?
「さて。充分愉しませてもらった事だし、約束通り薬を譲ろう。持って戻れるか?」
そんな赤狐の動揺など露知らず、異界の画家は暢気にそう心配をした。




