十三章 異貌のアーティスト
反対側の階段から現れたのはしかし、控えめに言ってもかなり異様な人物だった。いや、この雰囲気……最早七種と呼べるのかすら疑問だ。
頭部を重そうな黄金ヘルムで隠し、衣服も古い文献でしか見ないような、ええと……キトンだっけ?毛皮製の上着を掛けてはいるが、靴下はおろか靴も履いていない足元はかなり寒そうだ。おまけに布の隙間から現れる、ボディビルダー並みの筋肉。とにかく、身体の全パーツが悉く現実離れしていた。
「えっとあの……あんた、この遺跡の番人?」
「?いや、守護者ならここだ」
そうハスキーボイスと太ましい人差し指で示す、祭壇の下。体長二十メートル近い骨龍の目は虚ろで、既に囚われていた魂は飛んでいた。
「あ、あんたが殺ったのか?」
見た所、異人の荷物は革製のアタッシュケース一つ。武器らしき物は何も所持していない。幾ら何でも素手であんな怪物を仕留められる訳が、
「不可抗力だ。こちらは絵を描く邪魔をしないで欲しかっただけなのだが、急に暴れ出して止むを得ず、な」
ゲッ!何て野郎だ!?
「だが、事前に悪魔達から人の世界への影響は最小限にと念を押されている。矢張り良くなかっただろうか、小さき獣よ」
あ、悪魔だあ??それって、噂に聞く黒き異形か?いや、でもあいつ等が喋るなんて聞いた事無いぞ?
「さ、さあ……でもまあ、いいんじゃないか。お陰でこうして安全に話出来る訳だし。因みに他にもああ言う奴っていた?」
「ああ。矢張り言葉が通じなかったので、そこに纏めて寝かせてある」
左へ百八十度首を捻り、こんもりした骨山を指差し淡々と言う。見た感じ動いていないので、放置しても特に問題無いだろう。
「!そうだあんた、手伝ってくれ!相棒が大怪我して、俺一人じゃ街まで運べないんだ!頼むよ!!」
見るからに体力のありそうな彼なら、大の大人を担ぐぐらい朝飯前に違いない。
「怪我?それは大変だな。具合は?」
興味を引かれたらしく、ヘルム男は神妙に尋ねる。
「腹を槍が貫通してて、引き抜いたら大量出血でまずお陀仏。だからなるべく動かさないようにしつつ、街の病院まで連れて行きたいんだけど」
「……成程。それなら良い薬がある」
ケースを床に置き、蓋を開いて暫しゴソゴソ。
「緊急用に悪魔から貰った物だが、飲めばたちどころにどんな傷も治すエリクサーだそうだ」
「……は?」
おいおい。頼んどいて何だがそれ、ヤバい薬じゃないのか?いや、まぁ半ば人外のあいつの事だ。今更副作用如きでどうこうなりはしないだろう(無責任)。
一分後取り出されたのは、約百ミリリットルの可愛い小瓶。側面には現代語とも古代語とも違う、未知の言語の書かれたベージュ色のラベルが貼られている。透明な器の中身は、如何にも怪しげな七色に輝く液体。異人の誠実さが無ければ、確実に毒と判断している所だ。
「頼む、そいつを譲ってくれ!」
ところが、それまで協力的だった彼は何故か首を横へ振った。
「そうしたいのは山々だが、元は私も預かった身。無償で渡すのは些か気が引ける……小さき獣よ、良ければ面白い話を一つ聞かせてくれないか?満足させてくれれば喜んで薬を譲ろう」
「へ?」
「我々にとって、有限なる命の話は実に興味深い。『これ』の参考になるやもしれぬしな」
アタッシュケースから無地のノートを取り出し、同じく摩訶不思議な文字の綴られたページを見せる。文章量も単語数もかなり少なく、冊子には余白が目立つ。そして開けたケースから漂う絵の具の匂い。絵本、か?
(にしても、話か……初対面でディープな身の上話ってのもあれだし、うーむ………そうだ!)
「なあそれ、創作でもいいのか?俺が今書いている小説なんだけど」
正直次にどう展開させていくか多少迷いがあったので、こいつは渡りに舟だ。感想を聞き、面白くなるような助言でも貰えれば儲け物。
「何だ、物書きだったのか。勿論構わないぞ。私も分野は違えど表現者。参考になるアドバイスが出来るといいが」
「んじゃ、早速始めるぜ。ええっと、まず舞台はロビアって言う中堅都市で―――」
階段に腰を下ろして語るストーリーを、彼も同じく座って腕組みしながら真剣に聞いてくれた。時折ヘルムの奥に微かに見える目が輝き、頷く様子からもそれは明らかだ。
「―――で、署長と別れたユアンは、探索準備のために早速雑貨屋へ行くんだ。でさ、どうせならその辺で悪役を一回登場させたいんだけど……どうもそれだけじゃインパクトに欠ける気がするんだよなぁ。あんただったら、こんな時どうする?」
彼は兜の顎に手を当てて少し考えた後、意外な提案をした。
「―――その、『イディオ』とか言う人物を仲裁役に出したらどうだ?」「へ?」
作者でさえ由来不明の登場人物を、ここで?
「先の署長の発言から考えて、彼も警察組織の人間なのだろう?店先で市民が争っていれば止めに入るのが自然だ。それに同級生なら、恐らく主人公の顔も知っている筈」
その瞬間、ピーン!パイプが詰まりに詰まっていた脳内に、まるで映画のような鮮明な映像が流れ始めた。




