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九章 異界の絵描き




 カタン。「ん……もう昼か……」


 『月蹟遺跡』最奥。本来の主である巨大な骨の龍を椅子に、黄金のヘルムを被った男性はそう低く呟いた。浅黒い筋骨隆々の身体にキトン(亜麻布の服)を纏い、上からはヒマティオン(一枚布の上着)を掛けた、凡そこの惑星では見ない格好をしている。

 そうして立て掛けられたキャンバスに絵筆を走らせる姿は如何にも彫像めき、画家が宇宙外の者であると雄弁に物語っていた。

「悪魔達の言う通り、人の世界は目まぐるしいな」

 ギギギ……瀕死の守人が微かな断末魔の唸りを上げたが、彼の者は気にも留めない。

「だが、静かなお陰で作業も大分捗った。そろそろまた打ち合わせが必要だな」

 彼が描いているのは、意外にも絵本の挿絵のようだ。画面中央にパステルカラーで現されているのは、白い両翼の生えたプラチナの長髪の女性。身長と同程度の緑のハープを持つ彼女は、光無き目でこちらを見つめている。

「母さん……」

 言葉と共に感慨と疲労、そして深き孤独の吐息がヘルムの間から漏れ出る。

 画家の逞しい膝には一冊のノート。開かれたページにはギリギリ判読可能な崩し文字で、後から挿入すると思われる文章が書かれている。


―――彼女の名はブルー・ムーン(蒼の月)。それ以外の記憶は無い。


「“全知”が記したとはいえ、本当にこれで……いや」

 ガシャンガシャン。首を横に振った拍子に音を立てる兜。

「疑念など必要無い。あれの言葉は絶対だ」

 自分が超越的なる描画力を持ち、一世界すら現す“表現”の顕現であるように。

 ふと画家は顔を上げ、天井からパラパラ舞い落ちてきた砂埃を厚い掌で受け止める。尻に敷いた死骸も、微かな震動にカタカタ鳴った。


「人、か……?もしここまで来たなら、記念に少し話をしていくのもいいか」


 そう呟き、途中だった別の絵をキャンパスへ掛け直した。




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