第60話 相談
リミューア視点に戻ります。
フランシア王都からハインリッヒ王都までは、どんなに急いでも馬車で丸1日かかる。
直線状の距離だけで言うと半日で済むのだが、双方の国境にはかの有名なシルヴァ山脈が控えている。
5つの山が連なってできたもので、いずれも3000メートル級。
中でも一番大きい山はヤルタ山といい、その標高は5000メートルを超える。
そのため山の部分だけを大きく迂回して向かわねばならず、時間も当然にかかるというわだ。
山脈が国境に聳え立っているおかげで南のフランシア、北のハインリッヒでは気候が大きく異なる。
海から上がって来る雲のほとんどが山脈にぶつかるために北側では大雪、南では寒波。
国境を越えたときから猛吹雪となり、たちまち馬車の車輪が重くなって立ち往生する時間が多くなった。
もっと早い時間を選んで来ればそんなことにならなかったのだろうが、「出て行く」と言って出てきたのだから今更引き返せない。
その日はハインリッヒの国境警備隊の勧めもあり、隊員詰所で一夜を過ごしてから王都に向かったため、予定より半日遅れて王都に辿り着いた。
「よくもまあ吹雪の中をやってきたものだ」
辺り一面雪で真っ白のハインリッヒ王宮で、ロイに呆れながら言われた言葉だ。
昨日は特に寒さが酷くて比較的雪の少ない王都でも大雪になったと聞かされた。
「だって、裁判が終わったっていうのに犯人扱いされるんですもの。逃げて来たわ」
「はははっ、それは災難だったな」
「色んな意味でよ」
雪もあるしウィルズのこともある。
そう言うと、テーブルを挟んで正面に座るロイは楽しげに笑った。
「――で、いつフランシアに戻る気だ?」
「いつまでなら大丈夫?」
「別に期限なんて無い。リミューアが一生ここにいたいというならそうすればいい」
その返答には彼の気持ちも包含されていた。
そんな気が無くても「一生いさせて」と言えばきっと了承してくれるだろう。むしろその方が賢明なんじゃないかと思う時がないこともない。
要はロイの方がいいかも、って思っている自分がいるということだ。
「しっかし、まだ裁判終結の日に別れてから、えっと……何日だ?」
ひー、ふー、みー、と可愛らしく指を折って数えている。
わたしもロイと別れてからの日数を脳内で数え、偶然にも「5日」とお互いの声が揃った。
「そうそう。まだ5日しか経ってないぞ?しかも昨日やっと城に帰れたばっかりだろう」
「帰って早々に喧嘩したのよ。まるで放物線みたいにすぐ別れちゃった」
「俺、数学ダメだから」
「そうでしょうね……」
もっと分かり易い言い方にしたら良かったとロイの顔を見て反省。
日数を数えるやり方だってアーシェくらいの年齢の子供がやる仕草だ。そんな人に民間の学校でも習う最低限の数学ができるはずないか。
「ねえ、一つ訊いてもいいかしら」
「なんでも」
「どうしてウィルズにわたしたちの関係をバラしたの?」
ロイはやや気難しそうな表情をし、窓の外に視線を逸らした。
「やむを得なかったというべきか。話さざるを得なかった」
「どういう意味?」
「リミューアの第2審に俺が加担する際、ウィルズに『なんでそこまでしてリミューアの肩を持つのか』っていう旨を訊かれて。公国で俺たちがデートしたのも悟っていやがって、隠しようがなかった」
「で、別れるよう言われたの?」
「ああ。だが断ってやった。『俺は今の関係をやめるつもりはない』って」
そこまで言ってからまたわたしに視線を戻す。
「どうしてそんなことを」
「俺達が交際する際に約束しただろうが。リミューアのやめたいときにやめると」
そうだ。二人で初めて会ったあの日、一目惚れしたわたしが不倫を許可した際に「やめる時期はわたしの裁量にゆだねる」という決定をしたのだった。
つまりわたしからの申し入れが無い限り、たとえ事が露見しても関係は続行される。
「じゃあ今ここでやめましょう。――って言ったらやめるの?」
「無論そのつもりだ」
ただしリミューアにその覚悟があるなら、と釘を刺された。
「もしもスッパリ関係をやめたら、わたしたちはどうなっちゃうの?」
「単に愛人かそうでないかに別れるだけだ。元カレ元カノにはならない。俺たちは“そういう関係”だろ」
「じゃあ今まで通りの関係と解釈していいのね」
「基本的にはな」
「わたしと別れるってなったら、どう思う?」
「正直言うと別れたくはない。リミューアを心底愛しているだけに、離れたくないというのが本音だ。だが俺と別れることが幸せだと考えるのならそうするといいし、俺と一生一緒に居る方がいいと思うのならそうしてもいい。自分が幸せだと思う方を取れ」
ロイと別れることはつまりウィルズと復縁?することだ。
しかしロイと一生一緒にいるとなると、ウィルズのことは忘れなければならない。
いつまでもこんな関係が続けられるはずがないのは自分でも分かっている。
いつか区切りを付けなければならない。
問題は、どちらを選ぶかだ。
「――ところで」
急になにかを思い出したかのような声をかけられ、わたしは悩んでいた頭をパッと上げた。
「ここから北にしばらく行ったところにトト村という小さい集落があってな。ちょうどこの季節はそこでオーロラが見れるんだが……、記念に行ってみるか?」
「オーロラ!?いいの!?」
「おう。ただし防寒着だけはしっかりしておけよ。かなり冷えるぞ」
ロイは満足げに微笑すると、カップの紅茶を全て飲み干した。




