第55話 苛立ち
「君は本当に事件の犯人じゃないのか?」
ウィルズは目でしっかりとわたしを捉えて言った。
最初は一体なにを問われたのか理解できなかったが、無罪が確定してもなおわたしを疑い続けている彼がいることが分かると、途端に目が熱くなった。
ふと自分の足元を見るとカーペットが湿っていた。
それはわたしの頬を伝い、ポツリポツリと零れ落ちる涙の痕。
「―――っ!」
パンッ! と風船が破裂するような音が反響する。
もう心を理性で押さえつけることはできなかった。
手の平にじーんとした痛みが伝わってきて初めて、ウィルズの頬を平手でたたいてしまったのだと知る。
「どうしていつまでも犯人扱いなさるのよ!!」
「別に君を疑っているわけじゃない」
「疑っているじゃない!!そうじゃないとそんな御質問もされないでしょう!!」
その通りだ、と言わんばかりにウィルズは閉口する。
わたしは牢に入れられた時より深いショックを受けた気がした。
「……前はわたしのことを愛しているとおっしゃってくださったのに」
出会ってまだ日が浅い頃、冷たい態度であしらっていたこんなわたしを「愛している」と言ってくれたのは彼だ。
そのおかげでわたしは彼を好きになることができた。つまらないプライドを捨てて少しでも素直になろうと思えた。
だが――
「君を愛していることは何も変わらない」
「いいえ、旦那さまは変わってしまわれたわ!」
「どうしてわかってくれない!!」
「それはこっちのセリフよ!たしかに不倫していたのはわたしが悪い。でも、だからって今回の事件にそれを繋げるのはおかしいわ!!」
次第に双方の怒りのボルテージが上がって行くのがわかる。
お互いに激怒するような原因が存在する。
もう収拾がつかなくなってきている。
「……この際、お互い腹を割って話しましょう」
「じゃあ遠慮なく言わせてもらうが、僕は君が牢に入れられた時も保釈するよう司法に掛け合ったんだ。ずっと君の無実を信じて支援していたのにそんな口を利かれる筋合いはない」
「わたしの身を案じて下さったことに関しては感謝しています。でもそれはそれ。旦那さまは心からわたしを信頼してくださらなかったわ」
「信じていたと言っているだろう!」
「じゃあどうしてあんな質問をされたのよ!さっき『本当に犯人じゃないんだな?』っておっしゃったじゃない!」
「あれは単なる確認のために――」
「ウソね。数か月前の旦那さまならあんな御質問はされなかった。その気ならもっと早くわたしに会いに来ることができたはずよ」
そのとき、火山が噴火するようにウィルズの拳がドンッと強く机を叩いた。
「もういい!君と話しているとイライラする」
「わたしもです」
もう止まれない。
奥歯を噛みしめながら迷わず踵を返す。
「どこへ行く気だ」
「ここにいてもわたしは永遠に犯人扱いのままだわ」
「だからどこに行くと――」
「ロイのところ!!あの人はどんな状況でも親身になって考えてくれる。あなたと違って人情に厚い人よ!!」
「待てリミュー!」
「もうその名で呼ばないで!!」
わたしは泣き叫びながら執務室を出て行った。
今までずっと溜め込んできた感情が堰を切った川のように流れだす。
ずっと一人で耐えてきた。
狭い牢獄の中で凍えながら涙さえも我慢してきたというのに、慰める言葉の一つもかけてくれない。
シャーマリスとフランシアがどうなったっていい。
むしろハインリッヒの方が最近では国力を付けてきている。
このまま同盟を解消して同国に乗り換えた方が賢明かもしれない。
お互いに出会ってちょうど1年。
結婚生活は事実上の破局を迎えた。
基本的に毎日更新ですが、諸事情により更新できない日もあるかもしれないです。
※もう本編はほとんど書き上がっているのでエタることはありません。




