第52話 愛するあなたのために
あの女に会って分かった。
やはりわたしはハメられたのだ。
最初からおかしいと思っていた。
捜査の段階から取り調べも曖昧で、裁判における証人の言葉だってあまりに稚拙過ぎる。
夜中にわたしが女官のところまで行って毒を仕込むよう命令したとしても、王子妃とあろう身分の者が動けば多くの人も見ているはずだ。
なのに特定の女官以外誰もわたしを見ていないというのは不自然。
だがいまさら嘆いたところでどうしようもない。
判決文がこちらに届き次第、控訴するしかない。
今はじっと我慢だ。
お腹の子を案じながら、牢屋の中で寒さと飢えにじっと耐える。
――そんなわたしに転機が訪れたのは、それから間もないことだった。
翌日。
わたしは朝の早くから刑務官に叩き起こされ、理由も告げられないまま「来い」とだけ言われ地上に連れて行かれた。
地上はもうだいぶ明るくなっていた。
裸足で廊下を歩いていると、窓から差し込む陽光がとても眩しく感じた。収監されてわずか1日だが、なぜか外が懐かしく感じる。
青空を自由に飛び回る鳥たちを見ていると、なんだか羨ましい。
「ここだ」
刑務官に連れられた場所は洗面所や食事場ではなく、なんと接見室だった。
フランシア王国警備隊の兵士らが随分多く立って警護に当たっている。
数と兵士の種類から察するに、改めてウィルズが来るのかな、なんて思っていると、ガラス越しに奥の扉が開いた。
「遅くなってすまない。リミューア」
(うそ……)
間違いない。
あの鋭い目、やや色黒の肌、肩からふくらはぎまで覆う黒いマントの男は――
「ロイ!!」
「おう。リミューアが無実の罪で牢に入れられていると聞いてすっ飛んできたぞ」
ロイは引き連れていた護衛の兵に人払いを命じてから椅子に腰かけた。
今すぐにでも抱き付きたい衝動に駆られたが、あいにくガラスの壁がそれを阻んでいる。
彼はわたしの汚れきった身体を見て眉を顰め、嘆息を漏らした。
「調子はどうだ――といいたいが、随分ヒドイ扱いを受けているらしいな」
正直、女として男の人にこんな醜態をさらしたくなんてなかった。でも風呂に入れてくれとさえ頼めないのだから仕方ない。
「それに、前に会ったときよりかなり痩せちまって。腹に子がいるっていうのにあのクソ野郎も冷たいな」
「旦那さまを悪く言わないで!!」
気付けばわたしはロイに向かって吠えていた。
自分でもなぜそんなことを叫んだのか分からない。ただ、ウィルズが悪人みたいに呼ばれることは、自分が犯人扱いされるのと同じくらい嫌だった。
「……急に怒鳴ってごめんなさい」
「いや、俺こそ軽い口を叩いて済まなかった。――リミューアはまだウィルズのことを信じているのか?」
わたしは何も答えることができなかった。
今の段階では心から信じているとは言えない。でも信じていないと言えば嘘になる。
そんなわたしが悩んだ末に導き出した答えは「わからない」だった。
わからないと答えたわたしでさえ自分の心がわからない。心の中にあるモヤモヤした感覚を上手く口にすることができない。
おそらくそれはこの世に存在する如何なる言葉を駆使しても表現できない感情。
「そうか」
ロイは納得したように一度大きくうなずき、ゴホンと咳払いする。
「俺が今日わざわざ内政を放り投げてここに来たのは他でもない。リミューアを一日でも早くここから出すためだ」
「出すってどうやって?」
するとロイは手に持っていた四つ折りの用紙を開き、こちらにそれを提示した。
紙面には日時や場所、裁判所の印が押されている。
よく見ると、一番上のところに『控訴審告知表』と書かれていた。
「悪いが俺とウィルズで勝手に控訴させてもらった。しかも次回の裁判では俺が弁護側に付いて全面協力する」
「本当!?」
「ああ。一応事件内容は聞かされたが、リミューアが誰かを――ましてやアーシェ嬢を狙うとは考えられないし、第一あなたはそんなことをする人じゃない」
「ありがとう、ロイ!」
身体の奥から色んな感情がこみ上げてきて、目頭が熱くなるのがわかる。
そうだ。まだ完全に死刑と決まったわけじゃない。最低でもまだ控訴審と上告審が残っている。
それに彼みたいにわたしを最後まで信じてくれる人がいる。
「ハインリッヒの名に懸けて誓う。俺は絶対にリミューアを死刑にさせたりはしない」
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