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第51話 衝撃

「旦那さま……」


やって来たのは夫のウィルズだった。

もうしばらく寝ていないのか、顔にはうんと疲れが滲んでいて、いつものような覇気は感じられない。


案の定、憂いた表情を浮かべる彼のその後ろにはメリッサの姿があった。


「起こしてしまって済まない。君がここにいると聞いてやって来たんだ」

「お願いです旦那さま!早くここから出してください!!」

「分かってる。僕もそうしたい気持ちは山々だよ」


だけど、とウィルズは逆接を用いる。


「司法の決定には逆らえない」

「そんな……」


わたしは冷たい地面に力なく座り込んだ。


判決前、ウィルズはわたしを仮釈放するよう司法に掛け合ってくれていたとリサから聞かされた。

だがその願いも空しく、一度も釈放されることがないままこの収容所に収監されたのだ。


「旦那さまはどうしてここにいらしたのですか?」

「一つ君に訊きたいことがあって……」

「?」


首を傾げて見せる。

次の瞬間、ウィルズの目はわずかに細くなった。




「――君は本当に何もやってないんだね?」




わたしは心臓に槍が突き刺さるような感覚を覚えた。


一言で言うなら、ショックだった。

ずっとわたしの無実を信じてくれていると思っていたのに、よもやそんな質問が彼の口から出るとは思ってもいなかった。


深いショックは怒り、悲しみ、絶望、悔恨といった負の感情を呼び起こし、わたしの双眸には大粒の涙が溢れた。


「わたしが――あんなことするわけないじゃない!!」


素手で思いっきり格子を叩く。

数秒後、じーんとした激痛が指先に走り、わたしは手を押さえて丸まった。そして泣きじゃくった。


「どうしてわたしを疑うの!!」

「別に疑ってない。僕は今でも君が無実だと信じている」


もはや詭弁にしか聞こえなかった。

ウィルズはそれだけを言い残すと、わたしの衣服(ローブ)に染みついた死臭に耐えかねて踵を返してしまった。


「旦那さま!!」


もう声は届かなかった。


彼のことをあれほど愛していたのに見放された。

子を身籠り、将来の安泰と平和を願っていたというのに――


たしかにわたしが傲慢になっていたのはある。

何もかも上手くいかないとすぐ短気になって怒ったりもした。不倫にまで手を染めた。

だけどこんなのあんまりだ。


うずくまって泣いていると、格子を挟んですぐ向こうに綺麗なハイヒールがあるのに気づいた。

白く輝く綺麗な靴。

わたしも少し前まであんなのを穿いていたというのに――


「……リミューアさま」


メリッサだった。

ウィルズに付随してやって来た彼女は夫に付いて行こうとはせず、むしろわたしの囚われている牢の方に近づいてくる。


彼女の憐憫の目を見た途端、わたしの心の中に強い殺意が芽生えた。


「――キサマぁ!!!!!」


格子の隙間から手を伸ばすも、彼女の首までわずかに届かない。


 メリッサはわたしの言動に臆した様子はなく、浮かない顔をしてこちらにポツリと独り言をこぼす。


「御労しい限りです。正妃殿下」

「よくもわたしを陥れてくれたわね!!この卑怯者!!!あなたが犯人でしょう!!」

「ちがう!!私じゃないわ!!」


地下に女の声が反響する。

あまりの金切り声に真横にいた刑務官は耳を押さえていたが、お互いそんなことお構いなしだ。


「私がやったんじゃない!!」

「そんなウソが通じるわけないじゃない!!あなたのせいよ。あなたがわたしに――」


メリッサの目に涙が浮かんでいるのを見て、わたしは無意識に閉口してしまった。


「リミューアさま。どうか分かって」


彼女は一度だけわたしの汚れた手を握り、そう告げた。


事件後の表情といい態度といい、いつものメリッサらしくない。

普段の彼女ならこの姿を見て嘲笑しそうなのに。それに、わざわざわたしを見て泣く意味がわからない。

この女に『同情』という文字は絶対無いだろうに。


「お元気で」


わたしが鼻白んだ隙にメリッサは踵を返す。

彼女はそのまま走りだし、ウィルズの後を追って螺旋階段の奥に消えた。








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