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第48話 葛藤 [ウィルズ視点]

 リミューアの有罪判決が出た翌日。ウィルズは朝から執務室にこもり、ずっと頭を抱えていた。


とはいっても仕事で詰まったりしたわけではなく、困ったのは仕事に関係の無い話で悩んでいても始まらない点だ。


机上に並ぶのは全て裁判資料。

事件に関する証拠書類や判決までの流れといった難しい内容の物が多い。

その中にはリミューアを一時的に釈放する――いわば保釈嘆願書の下書きもある。


判決が出る昨日まで自分は彼女の無実を信じて疑わなかった。

だから司法にも掛け合ってせめてもの優遇措置を取るよう願い出た。

だが無情にもその願いは聞き届けられないまま有罪判決。


自分は一体今まで何をしてきたのだろうか、と我を疑った。


別に彼女の言動を疑ったり責めたりしているわけじゃない。

ただ、検察側が主張した『リミューアのフランシアに対する個人的な恨み』という点が妙に引っ掛かっていた。



かつて、ウィルズは幼い頃に父に連れられてシャーマリスとの国境に赴いたことがあった。

シャーマリスとは長らく国境紛争があり、そこでウィルズは権力の見せしめに同国攻撃を指揮し、見事国境付近から敵軍を撤退させた過去がある。

あれは攻撃というより奇襲だった。

対話で解決しようとするシャーマリス軍に夜襲をかけ、今思えば随分汚い手で壊滅させた。


それだけではない。

他にも自分が実際に軍を指揮して攻め入ろうとしたこともあった。

そう思えば同国の王女であるリミューアがフランシアに個人的な恨みを抱いていても不思議ではない。


リミューアの無罪を願っていたのは確かだ。

その反面、無罪釈放となった暁には自分に報復の刃が向くのではないか、という懸念があった。




「なにを悩んでいるの?」


顔を覗き込むようにそう問いかけてきたのは側妃のメリッサだ。

彼女もまた被害者の一人で、毒入り紅茶を危うく飲みかけたが先にアーシェが被害に遭って難を逃れた。


「ちょっと」

「……あの女のことね」


ウィルズは机上に視線を落としたままうなずいた。


「リミューは本当に有罪なのかなって」

「司法判決を疑う気?」

「そうじゃない。ただ、彼女があんな悪事に手を染めるとも思えない」

「そうかしら」


長い前髪をかき上げて得意気に笑う。


「ウィルは知らないでしょうけど、女っていうのは純真(ピュア)に見えて狡猾なの。表面上は大人しく振る舞って相手を油断させ、そこに突け入る。今回の事件だってそう。あなたが油断したその隙に王家の人間を殺害しようとした」

「メリーは彼女が犯人だと思うのか?」

「逆にウィルはまだあの女の無実を信じているの?」

「それは……」


前までは声高にリミューアの無罪を主張することができたが、有罪判決が出た以上、司法決定と真逆の論を採ることは気が引ける。

恨まれる要素だってそれなりにある。

案外司法の決定は正しいのではないかと支持する自分がいる。


 うつむいて黙っていると、メリッサは黒椅子のすぐ横に立ち、両手でウィルズの手を握った。


「安心して。私は命に代えてもウィルを守るわ。絶対にあの女みたいなことはしないと誓う」

「僕もそう信じている」

「だから――」


次の瞬間、メリッサはウィルズの頬に前触れもなくキスを落とした。




「私をウィルの正妃にして」




急に身体に電気のようなものが走った。


目の前にあるのはやんわりとした温かい笑み。思わず惚れてしまいそうな、母のような微笑。

反面、その奥には決して触れることのできない闇が下りている。


 たしかに今回の司法決定でリミューアは正妃の職を解かれた。

自分の裁量で彼女に見切りを付けて新しくメリッサを正妃に据えることも可能だ。

――だが、こちらに差し出された細く綺麗な手を取ってしまえば、自分の中にある何か大切なものが壊れてしまう気がする。


 ウィルズはまだ熱を帯びる頬に手を添えたまま、唖然としながらメリッサの方を向いていた。

そのとき。


コンコン、とドアが外部からノックされた。

見つめ合ったまましんと静まっていた二人の視線が入口へ向く。


「誰だ」

『ロッカスにございます。至急殿下にお伝えし申し上げたい事項が』

「入れ」


慎ましげに「失礼します」と低頭しながら入って来たのはウィルズの側近を務めるロッカス。

今年でもう70を迎えるというのに足腰はまだまだ丈夫で、彼のシークレットサービスを引退したのはわずか5年前だ。


ウィルズとはもう20年以上の付き合いで、俗に彼から『爺や』と呼ばれている彼は執務机の前に立って会釈する。


「御取込み中失礼いたします。陛下より伝言を預かってまいりました。曰く、急ぎ身支度を整え、迎賓館へ行けとのこと」

「迎賓館だって?」

「ハインリッヒ王国よりロイ第一王子殿下がこちらに」

「なぜ彼が。親交会はまだまだ先だけど」


そこでロッカスはわずかに眉をひそめ、「事件のことで」と独り言のようにポツリと漏らした。

事件のことというとリミューアの逮捕事件のことだろうが、ウィルズにはわざわざ他国からロイが干渉してくる理由が理解できなかった。

しかしこのまま「あとにしろ」というわけにもいかない。


「わかった。すぐに行くとロイに伝えてくれ」

「御意」


ウィルズは早急に席を立つと、一旦メリッサの側を離れて部屋をあとにする。



 扉が閉まって誰もいなくなると、メリッサは机上の裁判資料の視線を落とした。

その中で彼女は一枚の用紙を見つけた。

保釈嘆願書の下書きだった。

途中でいくつも書き直したあとがある。インクも滲んでいて、用紙はもはや真っ黒といっても過言ではない。


内容に目を向けると、そこにはリミューアを大切に想う気持ちや、妊娠しているのだからせめて温かい部屋と食事を与えてくれという旨が綴られていた。


悔しかった。

そして羨ましかった。


子を身籠っているだけでここまで気にかけてもらえる彼女が羨ましくて仕方なかった。

もし逮捕されたのがリミューアでなく自分だったら、彼はここまでしてくれるだろうか。

おそらく答えはNoだ。

理由は無いが、なんとなくそんな気がする。



 メリッサは嘆願書をクシャクシャになるまで強く握ると、投げつけるかのようにゴミ箱の中に押し込んだ。




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