第45話 接見室
取調室を出てしばらく廊下を歩くと、唯一外部とつながった接見室がある。
わたしはそこに連れられ、ガラスの壁越しに外部の人と顔を合わせることを許可された。
ただし時間は10分が限界。
常に複数の警官が会話を聞き、さらには速記官が内容まで記録する。
指定された丸椅子に腰かけて待っていると、1分ほどしてからガラスの向こうにある木製のドアが開いた。
「姫さま!!」
「リサ!?」
やって来たのは侍女長のリサだ。
彼女も眠れなかったのか、目の下に薄い隈が見える。
毒物混入の実行犯とされた女官が数名逮捕されたと聞かされたが、どうやらリサは事件への関与を逃れたらしい。
「どうしてあなたがここに!?」
「それはこちらの台詞です。わたくしめはウィルズ王子殿下の代理として接見に参りました」
「彼は――ウィルズは今どうしてるの?」
リサは唇を噛みしめて難しい顔をする。
「一連の事件で城は現在かなり混乱していまして、王子殿下は御病気の陛下に代わって混乱を鎮めるのに忙しくいらっしゃいます」
「まさか旦那さままでわたしが犯人だと思ってないでしょうね!?」
「『リミューが犯人でないと信じている』と」
「そう」
それを聞き、ホッと胸を撫で下ろす。
万が一にでもわたしを犯人扱いしていたら――と懸念していたものの、単なる杞憂に終わってよかった。
どうやら彼はわたしを信じてくれているらしい。そう思うと少し元気が出た。
「ところで姫さま。今はどのような状況でしょうか」
「どのようなとは?」
「2日後には出所できそうですか?」
わたしは斜め後ろに座る速記官と警官を横目で見る。
「ちょっとムリそうね」
警察の主張とこちらの主張が背反している以上、仮釈放は望めそうにない。
となれば3日間の逮捕期間を経た後、わたしの身柄は検察側に移されることになる。そして最大20日の拘留期間のあいだに起訴・不起訴処分が決定される。
沈痛な面持ちをするリサは、ガラス越しに前のめりになって言う。
「なぜ姫さまが真っ先に疑われて牢に入れられるのか、わたくしめにも理解できません。そもそも茶葉の管理をしていたのはわたくし共でございます。もしその茶葉に毒素が含まれていたのなら毒見の際に気付いたはずですし、疑うべきは管理人のわたくしめになるはず」
その通りだ。
茶葉に毒が含まれていたからと言って、わたしが混ぜさせたとも限らない。今回はアーシェに茶を淹れた女官が逮捕されたが、その茶葉を管理していたのはリサたち。
それならば彼女も当然に逮捕すべきなのに嫌疑すらかけないとはおかしい。
それに逮捕が決まった時から心に感じていた妙な違和感。
事件が起こってわずか3時間で秘密警察が動き、逮捕状を取ってやってくるとは少し早すぎるように感じる。
――まるでこうなることが事前に用意されていたかのような――
「今はどう足掻いても仕方ないわ。……でも、お腹の子だけは助けて欲しい」
もし死刑となって殺されるのなら、せめて――せめてこの子を産んでからにしたい。
生まれてくる子は事件に一切関与していないしわたしと一緒に殺される筋合いはないはず。
現時点でわたしが声高に主張できるのはそれくらいだ。
「万が一裁判になった場合、わたくしめ自らが姫さまの潔白を証明してみせます。どんなことがあろうと、この命が尽きるまで姫にお味方いたします」
「ありがとう。そう言ってくれるのはあなただけよ」
「ただ現時点ではわたくしめもどうすることもできません。でも必ずここから出してみせます」
わたしは胸に手を当てながら目を伏せた。
窮地に立たされ、打つ手がなく困っている惨めな自分にリサは味方してくれる。
いくら彼女が侍女長という低い身分でも親友であることに変わりは無い。
そんなリサに今まで偉そうに振る舞って迷惑をかけてきたのを思い出すと、なんだか情けなくなって思わず涙ぐんでしまう。
「今しばらくの我慢です。どうかお気を弱くなさらないでください」
「ええ。その通りだわ。わたしがこんなところで挫けちゃいけないわね」
わたしは頬を伝う涙を拭うと、正面のリサと相槌を打った。




