第44話 不当な聴取
まるで女官の休憩室みたいな、わずか5畳程度の部屋に押し込まれたわたしはそこで一夜を過ごした。
刑務所の地下に位置する独房は空気も淀んでいて、ベッドも組み立てた木材の上に一枚の敷布団を敷いただけの粗末なもの。
食事だってまともなものはなかった。
庶民からすると普通かもしれないが、夕食は一杯のスープに細長いパン、トマトとレタスをトッピングした菜食のみ。
しかもスープに至っては驚くほど不味かった。
おかげで夜中から腹痛に悩まされ、やっと寝つけたのは東の空が明るくなってから。
でもその数時間後にはすぐに取り調べが再開される。
わたしは未だ疲れの取れぬ重い身体を起こされ、フラフラしながら昨日の取調室に連行された。
やっと席に着くころにはわたしの精神はもうかなり摩耗していた。
逮捕によるショックのせいか軽い鬱も感じている。
「では、取り調べを行います」
わたしと比べて随分血相の良い取調官による挨拶を皮切りに、事件の聴取が再開された。
抵抗する気さえ失せていたわたしは自白こそ認めないものの、ちょっとやそっと侮辱された程度では応じなかった。
昨日何をしていた、何を食べた、といった質問に一つ一つ真実を述べる。
可能な限りで必死に身の潔白を証明したつもりだったが、昨日の証拠書類に加え逮捕した女官の証言等々といった証拠を提示され、さらに自白を強要された。
挙句の果てに男は全ての質問を終えたあとでこんなことを言ってきた。
「残念ですが、今のところあなたさまの身の潔白を証明する有力な証拠はありません。このままでは起訴され、ほぼ100%の確率で死刑が言い渡されてしまうでしょう」
「そんな――」
「要人に対する暗殺未遂は死罪です。何なら刑法の条文をお見せしましょうか?」
「……いいえ」
わたしは俯いて泣いた。
頭の中を『死』という文字が席巻して離れない。
本当に何もやっていない。
記憶にも――ましてや女官に指示したこともない。
覚えのない罪によって捕縛されたうえでの死刑予告など、弱っているわたしに対する追い討ち以外の何物でもなかった。
男は取り調べの席を立つと、手を後ろに組んでゆったりと歩き出す。
「ところが一口に死罪と申し上げましても、死刑を免れる方法が一つだけ」
「それはなに!?」
「簡単な話です。あなたさまが罪を認めればいい」
「そんなのできるわけ――」
「罪を認めるのなら殺人未遂ではなく特別に傷害罪にしましょう。しかも本件において情状を酌量するよう調書に記載しておきます。どうです?これなら死刑は確実に免れます」
傷害罪による刑の上限は10年の懲役。
男の言うとおり、死刑は無い。
ここは言うことに従って一旦罪を認め、死刑を免れた後で無罪主張をするのが得策ではないか――。
いや、それでは祖国にも――ましてやウィルズにもわたしが犯人だったと誤解させることになる。
それだけは駄目だ。
「わたしは無実よ。やってもない罪なんて認めません」
「おや、それは残念。こちらがせっかく救いの手を差し伸べようとしているというのに」
「なにが救いの手よ。あなたたちの言動には悪意しか感じないわ」
「我々は自らの良心に従って行動しているだけです」
「無実の人を牢に押し込み、自由を束縛することを生業としているあなたたちに良心を語る資格なんてない」
斜め上にある男の顔を睨みながらそう言い放つと、彼は重いため息を漏らした。
交渉決裂――とでもいいたいのかしら。
そもそも被疑者に自白を強要したり、刑の減免をエサに交渉に持ち込むことなど許されるはずがない。
むしろ訴えるならこの男を訴えるべきだわ。
心の中でブツブツ言いながら、自分に出された一杯の水に手を伸ばす。
そのとき。
「お取込み中失礼します」
急に扉が開いたかと思うと、目の前にいる取調官とは別の男が駆け込んできた。
男はわたしたちの前までやって来てビシッと敬礼して見せる。
「被疑者とすぐに面会したいという方があちらに」




