第43話 覆らない嫌疑
4章のあらすじ。
メリッサの流産後、気まずい空気が張り詰めるなか公務から帰還したリミューア。彼女が城を留守にしている間、帰りを心待ちにしていたアーシェ王女は自らが主宰する茶会を開くことを決める。しかしその茶会で突然アーシェが意識を失って倒れてしまった!
原因は不明。さまざまな情報が錯綜し、混乱一色に染まる王城。一体何が起こったのか分からずに動揺するリミューアだが、突如秘密警察がやってきて彼女は身に覚えのない嫌疑をかけられ逮捕されてしまう。
事件に全く関与していないと主張するリミューアに対し、正妃が王女暗殺を目論んだと主張する警察。果たして彼女の運命は――
罪名を宣告された当初、わたしは目をパチクリするので精一杯だった。
ましてや言葉の意味を咀嚼して理解することなど到底不可能。
「なん……ですって?」
「聞こえなかったか。ではもう一度言う。貴殿を逮捕する」
「逮捕?」
「ここまで来てとぼける気か。往生際の悪いお人だ」
腕を掴んでわたしをどこかに連れて行こうとする男の手を振り払う。
「ちょっと待って!本当になんのことか分かりません!」
「誤魔化しても無駄だ。あなたには裁判所から逮捕状が出ている。ほら」
朝まで見ていろ、と突き付けられたのは逮捕状の用紙だった。
紙面中部には覚えのない諸々の罪で逮捕する旨が記されており、最後には裁判官の署名と押印がある。
(そんなバカな――)
「異論があるなら法廷で存分に話してくれ」
紙面に赤字で記されていた『アーシェ王女暗殺未遂』の文字を見てから、わたしは激しい脱力感に襲われた。
こんなの絶対なにかの間違いだ。
あり得ない!
わたしがアーシェを殺そうとする理由も無いし、そもそもそんな行為に覚えはない。
リサは無理やり連行されていくわたしを見て間に割って入ろうとする。
「なっ、姫をどこに連れて行こうって気ですか!!」
「決まっている。特別刑務所だ」
「刑務所!?まさかあなた方は姫が罪を犯したとでも思っておられるのですか!?」
「では他に何を疑う?」
角刈りの男に睨まれ、リサの顔から血の気が引いていく。
「ま、待ってください!こんなの絶対おかしいです!!何かの間違い――」
「どけっ!!」
「あっ」
リサは男らに羽交い絞めにされ、体の自由を奪われてしまった。
彼女は最後まで抵抗してくれたがその懸命な努力も及ばず、わたしは王宮を離れたところにある刑務所に連行された。
――☆――☆――
薄暗い部屋。
わずか4~5畳の狭い空間に一つの机と二つの椅子。窓は一切なく、金属製のドアが一つあるだけ。
そのドアの横では屈強な警官二名が仁王立ちしてこちらを凝視している。
(これが取調室――か)
身に覚えのない嫌疑をかけられたわたしは金属製の手錠をつけられ、異様な空気に包まれた狭い一室に押し込まれていた。
「急に押し掛けたうえ、事情をよく説明しないでこちらに連行してしまい、大変申し訳ございません」
わたしの目の前に座る小太りの取調官はまず頭を下げた。
「悪いと思っているのなら今すぐ手錠を取って解放してちょうだい」
「残念ですがそれはできません」
男は毅然とした態度で首を横に振る。
「あなたには我が国の第25王女、アーシェ・L・フランシア殿に対する暗殺未遂容疑で逮捕するよう、司法機関からの令状が出ています」
「なにかの間違いよ!わたしがそんなことするわけないでしょう!!」
「反抗したいお気持ちはわかりますが、逮捕状が出ている以上、すぐに解放するわけにいきません。それだけはご了承を」
懇願される風に言われ、わたしは冷静になって押し黙る。
この国では逮捕期間といって、たとえ有罪であろうが無罪であろうが一度逮捕されると3日間の拘束を受ける。
さらにそれでも取り調べが行われる場合、検察側に身柄が引き渡されて20日間の拘留が決定する。
つまり少なくとも3日後までこのままというわけだ。
法律でそう決まっているんだから今更ジタバタしても仕方ない。無実を証明するため頑張るしかない。
「そもそもなぜわたしが犯人扱いなのかしら。事情見聞の時にも言ったけれど、たしかにアーシェさまと一緒にいたのは事実よ。でも殺そうとしたその証拠はどこにもないわ!」
「それが、あるんです」
「なんですって?」
取調官の男は黒いビジネス鞄からファイルを取りだすと、その中にあった複数の紙を机上に並べて見せた。
「これはウィルズ王子殿下の命令で、緊急に食品検査を行った結果です」
なるほど。確かにわたしが食べた覚えのある食品の名称とその成分、産地といった辺りまで全て明記されている。
昨日の夕食、今日の朝食、間食といったものまで全て洗いざらい。
その中にはもちろんアーシェの食べたケーキも含まれているのだが、男がマーカーでなぞったのはケーキではなく紅茶の部分だった。
「リミューア正妃殿下。あなたさまはアーシェ王女さまが倒れられる前に一度でも紅茶を口にされましたか?」
「いいえ。口を付けようとした瞬間に王女さまが倒れられたの。……まさか茶葉に毒が盛られていたとかじゃないでしょうね」
「そのまさか――です」
もう一枚の別の用紙を取りだして見せる。
そちらは成分表示用紙ではなく、見出し部分に走り書きで『毒物分析結果』と記されていた。
「アーシェ王女さまのお飲みになった紅茶――およびその茶葉から毒素が検出されました」
「はあ?」
「しかもアーシェ王女さまのみならず、メリッサ側妃殿下の茶葉にも同様の結果が。だが不思議なことにあなたさまがお飲みになろうとした茶葉だけは毒素が検出されなかった――」
男は語尾に余韻を残す。
「――つまり自分以外の紅茶に毒を盛りつけ、王女さまと側妃殿下を同時に殺そうとした。そうじゃありませんか?」
「ちがいます」
「ではどう違うのか御教示願いたい」
「どう違う――って言われても。そもそもわたしは無実よ!やってないんだから説明のしようがないわ!!」
必死に冤罪を訴えるも、味方の援護がないこの状況でわたしの主張が通されるとも思えない。
事実、男の猜疑に満ちた目はずっと変わらなかった。
「先に宣言しておきますが、あなたさまは本件において実行犯ではありません」
「じゃあ教唆犯とでも言うつもり?」
「その通り。城の中の女官をいくつか尋問致しましたところ、あなたさまによる教唆・毒物混入の指示があったと自白する者が早くも複数現れまして」
「そんなバカな!!」
そんなことあるはずない! という意味で叫んだのだが、質問に対する答え方が悪かった。
わたしが女官らに口封じを命じておいたのに喋られてしまった、という風に解釈されたらしく、男はニヤリと笑んだ。
「完全に証拠が出揃うまでに自白する方が、後々楽でいいですよ」
「自白も何も、やってないんだから誤魔化しようがないわ!!」
「あくまで参考程度に申し上げておきますけれどね、この国には自白による刑の減免が認められて――」
「やってないって言っているでしょう!!」
バンッと机を叩く。
気付けばわたしは机に両手をついて立ち上がっていた。
大声で叫ぶあまり喉に痛みさえ覚え、息も荒れている。
「……そうですか。なるほど」
何を納得したのかは分からないが、男は机上に視線を落としたまま何度かかしずいて資料をファイルに押し込む。
「また明日も取り調べをさせていただきます」
男が席を立って部屋をあとにすると、後ろに立っていた警官らはわたしの両腕を掴み、今日の寝床となる狭い牢屋に誘導した。




