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第39話 叶わぬ恋と憂慮


 「勝負をしましょう」



あのときメリッサから告げられた一言が耳から離れない。

そもそも何を以って勝ちと成すのかよくわからない勝負。ただ、わたしに対する挑戦であるのは、今までの態度から言わずしも知れたこと。


 幸というべきか不幸というべきか、闘病中の国王と違いメリッサはわずか一週間という短期間にして病室を出た。

それからというものわたしたちは出会っても挨拶の一つもしなくなり、ましてや以前まで定期的に開いていたお茶会は当然のように無くなった。




「女の世界というのは厳しいな」


一連の事件を聞かせると、わたしの向かいに座るロイは紅茶に砂糖を注ぎながら面白そうに笑った。


 実は前回の親交会以降、ハインリッヒの方から親交も兼ねて逆に招待されていたのだが、ウィルズの体調が悪くなってわたしが代理としてハインリッヒに赴くことが決まったのだ。

まさか公務としてロイのもとに遊びに行けるとは思いもしなかったので、わたしも――そして彼も数週間ぶりの再会を心から喜んだ。


おかげでこうして二人でゆっくりくつろぐことができる。


「寵を受けることができるのは一人だけ――か」


ロイはわたしが教えたメリッサの言葉を反芻し、嘆息に似た息を吐く。


「ロイには寵妃がいるの?」

「愚問だな」


ロイは隠しきれずにニヤッと微笑を浮かべた。


「ちなみにわたしは含めないでね?」

「――じゃあ、いない」

「あらら」


お互いに肩を揺らして笑う。


「しかしそれにしても大変だな、リミューアは。そんなことを言ってくるような女が近くにいると辛いだろう」

「そうだけど相手が一人だからまだ楽な方よ。これが3人とか4人になってくると文字通りの戦争だわ」

「……戦争ねえ」


ズズッと紅茶をすすった後でそう呟く。


「もし俺とリミューアの関係がウィルズにバレたら――。その時はハインリッヒとフランシアの間で戦争は起きぬだろうか」

「そうなる前に」

「分かっている」


口にはしなかったが、わたしが言いたかったのは「そうなる前に別れましょう」という言葉。

ロイだってそのことは良く分かってくれている。

こちらだっていつまでもこんな不純な仲を続けるつもりはない。でも簡単に終わりにしたくないと思うあまり、いつまで経ってもお互いに終止符を打てないでいる。


所詮、お互いに成就することのない恋。でもそうだからこそやめられない。


「そのメリッサという女がいかなる者かは知りかねるが、何かあったらすぐに俺のところに来るといい。微力ながらきっと力になろう」

「ありがとう。期待してるわ」


わたしはロイの手をやんわりと握った。


きっと彼なら万が一のことが起こってもわたしの味方をしてくれる――守ってくれる。

ウィルズがメリッサに取られてわたしが一人ぼっちになったとしても、彼はわたしのことを愛してくれるだろう。

事実、この前の買い物の際に『旦那に捨てられたら俺が代わりに守ってやる』と言われた。そのときはとても嬉しくて、胸が熱くなったのを覚えている。


――でも本当に今のままでいいのか?


ロイの立場からすると、わたしとウィルズの関係がギクシャクしている方がありがたいはず。だってこうして二人で会えるのだから。

しかしわたしが不倫した目的は夫と別れるためじゃない。

傷ついた心を癒すべくロイに甘えているだけ。

わたしが本当に愛しているのはロイじゃない。ウィルズなのだ。


 時々、危険を冒してまでロイと付き合おうと決めた自分が分からなくなる。

自分でもこんなことをして許されるわけがないと分かっている。

ウィルズに嘘をつき公国に行こうとして胸が痛んだのは、おそらく自分の行為を責める良心の呵責から来ているのだと思う。


だけどやめられない。

こんなどうしようもない自分に一生懸命になってくれるロイの笑顔を見ていると、別れ話を持ち出せない。


わたしは一体どうしたいというのか――


「リミューア?」


ふと目の前に覗き込んだロイの顔があるのに気づき、「あわっ」と妙な驚嘆をする。


「どうした。俺を見たままぼうっとして」

「な、なんでもないわ」


咄嗟に口元を綻ばせながら、誤魔化すように紅茶に口をつける。

濃いめのレモンティーで、サッパリした味と柑橘類特有の甘い香りが味覚と嗅覚を刺激する。


「おいしい」

「それは重畳(ちょうじょう)。気に入ったのなら我が国へ来た土産としてプレゼントしよう」

「ありがたくいただくわ」

「ああ、プレゼントといえばアレがあったな」


ロイは後ろの使用人らに向かい手を2回鳴らす。

するとどこからか見覚えのある木箱を持った男らが現れ、低頭してからわたしの前にそれを置いてくれた。


中に入れられていたのはやはりラシスの香水だ。


「せっかく女性を招いたというのに茶葉しか手渡さないのではハインリッヒの名が廃るというもの。どうか受け取って欲しい」

「本当にいいの?」


ロイは椅子に凭れかかりながら無言でうなずく。


「なんだか毎回ロイに気を遣わせてしまっている気がするわ。今度フランシアにいらしたらシャーマリス産の茶葉をプレゼントするわね」

「それは楽しみだ。こちらも色々忙しくて休みの取れない日が多いが、近いうちに時間を捻出してそちらに遊びに行こうと思っている」

「じゃあそのときはわたしがお出迎えするわ」

「ああ」


お互いに見つめ合う。

恋人――いや、愛人としての典型的な空気。でもロイはウィルズと違ってすぐにキスを求めはしない。

思ったことは何でも言う性格なだけに、恋には少し奥手なのかな、という印象も抱いた。



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