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第37話 流産

 ウィルズは彼女の名を叫びながら駆け寄った。

勢い余ってテーブルの上にあった皿やコップがいくつかひっくりかえったが、今はそれどころではない。


「メリー!!」


華奢な身体を持ち上げ、名前を呼びながら何度も身体を揺する。

しかし呼びかけても反応はなく、目も閉じられたまま開く気配がない。

最悪の事態を案じて胸に手を当てるが幸いにも心臓の鼓動は正常だ。


単なる気絶?

では一体原因は何だというんだ。まさか食事に毒が?

いや、でも前々から「体調が優れない」と言っていたから過労かもしれない。

なんにせよ急がねば。


「衛生兵!!!早く!!!」


部屋中にウィルズの叫びが響き渡ると、王宮は物々しい雰囲気に包まれた。




――☆――☆――




 席を立った直後、気を失って倒れたメリッサはすぐさま医務室に緊急搬送された。


あとでなんとか意識を取り戻した彼女だったが、目を覚ました時から激しい吐き気と腹痛を訴え、フランシア医学界を代表する名医らにより検査が開始された。



 検査は実に数時間にも及び、そのあいだに彼女が口にした食事も全て成分検査がおこなわれた。

その結果、食べもの自体に毒物は含まれず、異常があったのは彼女の身体の方だという結論に至った。


 検査を終え、ようやくメリッサと面会することを許されたのは、午後6時を過ぎた夜のことだった。

中に入ると一番奥のベッドに寝かされている彼女の姿が見え、ウィルズはすぐさま駆け寄った。


「メリー!大丈夫だったか?」


返事はなかった。

青白い顔をしたメリッサは、やってきたウィルズの顔を見るとハッとした様子で背中を向ける。


「メリー?」

「……なさい」

「は?」

「ごめんなさい」


布団に顔をうずめる彼女の声は涙にかすれ、聞き取れないほど弱々しい。

当初は一体何について謝っているのかわからなかったウィルズも、自分が倒れたことで周りに迷惑をかけたことを謝っているのだと解釈し、慰めようと試みる。


「別に気を遣わなくていいよ。それより君が無事で――」

「そうじゃないわ!!」


甲高い怒号が響き渡る。

そこでどうやら事情が異なるらしいと感じたウィルズは、泣きやまぬ側妃の姿を見て医師にも護衛にも「二人にさせてくれ」と人払いを命じた。



 医務室に誰もいなくなるのを待ち、ウィルズはベッド横の椅子に腰かけ、そっとメリッサの肩に手を添えて問いかける。


「一体どうしたんだい?」


すぐに答えは返ってこなかった。

泣きじゃくる彼女の背中を(さす)りながらじっと答えを待つ。


「……だめだった」

「ダメ?」

「流産だって」


その瞬間、ウィルズの手はピタリと凍りついた。

再度答えを聞こうとしたが、また彼女の口から同じ言葉を出させるのはあまりに酷だと感じて思い留まる。


聞くところによると胎児は早期の内に子宮で死んでいたらしい。

しかも別の病を誘発しており、完全に治療されても次に子を孕むことができる可能性はほぼ0だと宣告も受けた。


「――本当にごめんなさい」

「メリーのせいじゃないよ」

「お願い――お願いだから……どうか私を捨てないで」

「わかってる。君を捨てるものか」


震えながら手を握って来る側妃をウィルズは強く抱きかかえる。


 残酷な話だが、後宮の女が存在する究極的な目的は王家の子を孕むことにしかない。

――と考えるなら、次に妊娠する見込みゼロで無駄に身分の高い者など、単なる穀潰(ごくつぶ)しに過ぎない。

フランシアの歴史を見ても、1度でも流産した女は正妃であろうが側妃であろうが関係なく国元に帰されている。

いくら筆頭貴族の娘といえどもメリッサも例外ではない。


待っているのは厳しい待遇。

少なくとも側妃として今まで通り振る舞うことは困難になる。


「メリーの地位は今まで通りだと僕が保障する。だからもう泣かないでくれ」

「……本当に?」

「男に二言は無い」

「またウィルの側にいてもいい?」

「もちろん。むしろ一緒に居てくれないと僕が困る」


ウィルズの目に曇りは無かった。

彼の澄んだ双眸を見てその言葉が真実なのだと知れると、メリッサの身体は瞬く間に弛緩した。


「ありがとう。愛してるわ、ウィル」

「僕もだ。メリー」


メリッサはうつろな目で微笑すると、安堵してそのまま寝息を立てはじめた。一方でその様子をじっと見守るウィルズの顔には複雑な想いが滲んでいた。






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