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第35話 デートⅡ

 昼食を終えて外に出るころになると、すでに陽は西に傾き始めていた。


軽食で済ませるつもりが思った以上に量のある食事内容で、さらにロイとの会話が弾んであっという間に午後。


ウィルズの目を逃れるためとはいえ、せっかくこの国に来たのだから地区をゆっくり見てまわらないかと誘われ、ちょうどわたしも香水や宝石といった類が見たかったので了した。



 馬車に乗って旧大通りをずっと東側に進むと、現在も動き続けている巨大な時計塔が見えてくる。

今でこそ電力で動くようになったが、数百年前の旧帝国時代には電気なんて無かったから、水力で動く仕組みになっているんだとか。

そのため現在ではなかなか見ることのできない貴重な遺産の一つにも指定されている。



 わたしたちはその時計塔の真下で馬車を降りると、塔の一階部分にある入り口に向かう。

塔の構造上、1階が宝石類全般を扱う大ジュエリー店舗、2階から4階までが宝石展示室、そして最上階の5階が展望台となっていて、全ての地区を見渡すことが可能。

特に2~4階に関しては世界中から集められた希少な貴金属が展示されており、その中で気に入ったものがあれば1階に降りて購入するというムダの無い商業スタイルだ。


 ともなれば、わたしも当然のようにロイを上階に引きずっていき、どんなものを買おうかなんてかれこれ1時間は悩んでいた。

女としてこういうのには大変興味があるんだけど、男性には女の買い物というのは苦痛以外の何物でもないらしく、ロイは終始つまらなさそう(そう見えるだけ)にしていた。


 結局、気に入ったいくつかの宝石に目星をつけて1階へ降りる。

するとわたしたちの登場を待っていたかのように店員が手を揉みながら近寄ってきた。


「いらっしゃいませ。お気に召された品がおありですか?」

「ええ。少し見たいものが」

「さようでしたら、どうぞこちらへ。すぐにお席の方をご用意いたします」


使用人に導かれるがままにわたしとロイは店舗の奥に歩を進める。

わたしの連れている側近はリサを含めわずか数名だというのに対し、ロイの場合は少なくとも20名の側近を連れているせいで、わたしたちが歩けばもはや大所帯さながらとなる。

しかもシークレットサービスも別途に付いているんだから、店側もその人数を目にして足元を見たらしい。


 案内された席は個室で、いわゆるVIPと呼ばれる人間が座ることを許された特別席だった。

赤い絨毯が敷かれた部屋にふかふかの椅子、室内には嗅いだこともない(かぐわ)しい花の香りが立ち込め、真ん中奥にはタイロン公国伝統の暖炉が見える。

その周囲には沢山の貴金属類の入れられたショーケースが並べられており、わたしたちにお茶を運んできてくれた給仕の者らだって数えるだけで10名いる。


「お待たせいたしました。わたくし、この店舗の最高責任者を務めております、トマス・グリトリンと申します」


急に口ひげをたくわえた紳士が出てきたかと思うと、トマスと名乗る男は早速わたしとロイに名刺を差し出して低頭する。

記載上の身分は店主となっていたので、この人がオーナーなのだと認識できた。


「今日はどのような品をお探しでしょうか」


トマスはわたしたちの向かいに腰を据えるや否や、ニコニコしながら一方的に切り出してくる。


「そうね。レッドダイヤの指輪がまず欲しいわ」

「――というとご結婚に?」

「いいえ。もっと軽い意味で。強いて言うならおしゃれのため」

「では後でいくつか種類をお持ちいたします。他にお探しのものはございますか?」

「ここのオススメは何かしら」


そこでトマスの口端がニュッと吊り上る。

待ってました、といわんばかりの嬉しそうな表情だ。

客の中でも最も金を持っている部類に入るわたしたちは店側にとって良いカネヅルだし、当然のように最高級かつ最高額の品を紹介する気だろう。


「まだ上階には展示しておりませんが、実は3日ほど前に隣国のネルタ王国で良質のイエローダイヤが発掘されまして。昨日やっと仕入れるのに成功したばかりなのでございます」

「じゃあそれを見せてもらえるかしら」

「かしこまりました」


いくらこれがわたしのためのデートだと知っていても、長々とこちらの買い物に付き合わせてしまった彼には申し訳ないと思っている。

だからせめてロイの分も買ってあげようと思っていたんだけど、まさか彼がわたしの知らない間に細工を仕掛けていたとは考えつかなかった。


「こちらが当店のお勧めするイエローダイヤを使用し、加工したペンダントとなります」


厳重に施錠のされた箱から取りだされたのは、これまた美しい輝きを放つ黄色のダイヤモンド。

ブリリアンカットされていて、遠目から見ても綺麗に輝いて見える良質なもの。

特にこういう宝石類ともなるとカット製法や不純物の問題で値段の割に――ということもしばしばあるのだが、見る限りそんなことはなさそう。

流石は貴族地区といったところね。


「綺麗だし、じゃあいただくわ」

「さすがお目が高くていらっしゃる。ではすぐにこちらで手続きを致します」

「お願い。で、お値段は?」


――と、そこで今まで黙って様子を見ていたロイが動く。


「店主よ」

「承知しております」

「?」


トマスとロイが何やら示し合わせたのを見て何をしたのか問いかける。

すると驚愕の事実が店主の口から告げられた。


「お代は不要でございます」

「へ?」

「俺がもう話をつけてある。リミューアが欲しいと思うものは全てリミューアのものになるように」


ますます事態が飲みこめないわたしは再度その意味を訊く。


「どういうこと?」

「もうこの店は買収済みだ。どれだけ品を持って帰ろうが持って帰るまいが、リミューアの自由。好きなものを好きなだけ選ぶと良い」


あとで聞いた話では、ロイが店側とあらかじめ交渉してすべての請求がハインリッヒ王室に行くよう仕向けていたらしい。

淡々と話が進んでいくにつれ、さすがのわたしでもそのスケールに度肝を抜かれてしまった。



 細やかな手続きに入るべく、トマスが席を立ったのを見計らってわたしは小声でロイに問いかけた。


「いくらしたの?」

「正確には覚えていない。ただ、地方の二つや三つは買えるだろうな」

「そんなっ、さすがにそこまでしてもらうのは悪いわ!」

「リミューアは別に気にしなくていい」


そう言ってロイはわたしの後ろ髪をそっと撫でる。


「俺にとってあなたはそれほどに価値のある人だ」


わたしは苦笑しかできなかった。

たしかに女としてそう言ってもらえるのは嬉しいような気もしないこともないが、ちょっと重すぎる感が……。


まだ出会って一か月ちょっとの関係でそこまで尽くされてしまうと、こちらも「そう、ありがとう」と素直に応じるわけにもいかない。


「じゃあ次はわたしが出すから。ね?それでいいでしょう?」

「女が金の心配をする必要はない」

「もう、いつまでも男気ぶってないで!わたしだってウィルズに『お買い物に行く』って言ってきたんですから。一銭も使わずに山ほど宝石を持って帰ってきたら怪しさ大爆発よ」

「なるほど。それもそうだな」


彼のわたしを想う気持ちは痛いくらい理解できるが、いつまでも彼に出してもらってばかりでは色んな意味で都合が悪い。

こちらだって金を使うつもりで来ている。

それなりに浪費して帰らないと逆にウィルズが怪しんでしまう。



 結局、その日は指輪、ネックレス、ブローチ、ペンダント、ダイヤをスパンコールとして散りばめた夜会衣装など、街がいくつか買えるくらいの巨額の買い物をして帰路に着くこととなった。


実際のところ、その7~8割はロイによる支出なんだけど……。





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