第34話 デートⅠ
長いので二話に分けます。
タイロン公国の都市、ウィンデルート。
その昔、大陸全土を支配した大帝国の首都が存在し、今でも当時の古い町並みが多く残る文化都市。
伝統的な技法で造られた煉瓦造りの家々に加え、東歴1232年のガハロン戦争時に建造された、ウィンデルート全体を取り囲む全長350キロメートル、高さ50メートルの『帝国の壁』は特に有名である。
街は一般人が住まう一般地区、貿易によって集まった品々を売る商業地区、そしてある一定の身分を有さない者は入ることを許されない地区――いわゆる貴族地区の3つに分類されている。
特に貴族地区は前者2区とは石壁で隔離され、数少ない入り口には身分を確かめる検査官と検問所が待っている。
なぜ入る人間をそこまでして制限するのか。
答えは実に単純明快。
一般の者には決して手の届かない超高額な品しか置いていないから。
しかも大都市だけあってウィンデルートは人がものすごく多い。
中にはドサクサに紛れて店の品を盗んでいく不届きな輩も多いらしく、それを防止するためにも隔離という選択がとられたそう。
『どうぞ、ごゆっくりお買い物をお楽しみくださいませ』
検問所に立つ公国警察の男らが低頭する前を、わたしを乗せた馬車が悠々と進んでいく。
フランシアとの国境を越えて公国のウィンデルートまで付いてきてくれた王国警備部隊は検問所で足止めを喰らってしまい、わたしは待機を命令した。
一般街と比べるとウソのように人の少ない大通り。
周辺には荘厳な雰囲気を纏うジュエリー、洋服、香水、レストラン等々といった高級店がズラリと整列。
貴族街はどこか閑散としていてもゴミ一つ落ちていないし、万が一に備えて公国警察が10メートル間隔で立って警護に当たっている。
どれだけこの地区が同国にとって重要かがうかがえる貴重な光景だ。
区域内に入って10分もすると目的の場所は見えてきた。
わたしの乗っている馬車がとあるレストランの前まで来ると、敷地内に一台の馬車が止まっているのが確認できた。
道中、対向馬車と擦れ違うたびに窓から顔を出して車体の紋章を確かめていたのだが、止まっている車の紋章がわたしの探している模様と一致したので、ここで止めるよう命令する。
片道3時間にもおよぶ長旅の末に降り立ったレストランの看板には、『ミセラ・ロス・ヤカルタ』と斜字体で描かれていた。
タイロン語の古い言い方で「恋が成就する場所」という意味らしい。
その恋が成就するとされるレストランは数百年前の宮殿の一部を使用したもので、敷地は庭園並みの広さ。
入り口前には高さ10メートルもある巨大な鷲の銅像があり、その周りを噴水付きの池がぐるりと取り囲んでいる。
「やっと来たか」
ふと背中で声がしてわたしは身を翻す。
すると止まっていた馬車から一人の貴公子が下りてくるのが見えた。
「ロイ!」
現れたのは予想通り――いや、計画通り彼だった。
わたしたちは抱き合う代わりにすぐさま手を繋ぎ、そして見つめ合った。
「会いたかった。こうして二人きりで会うのはもう1か月ぶりだな」
「あれから御変わり無い?」
「リミューアこそ。それより予定より早く着いちまって……。あなたを待っているのがどれほど苦痛だったか」
「まあ」
わたしは手袋をした右手の人差し指を唇の前で立てて見せる。
「『待っていた』じゃなくて『偶然出会った』が正解でしょう?」
ロイはペチッと自分の額を軽く叩いて苦笑する。
「すまない。そうだな、俺たちは“たまたま出会った”のだったな」
この前送られてきた手紙はロイからのデートのお誘いだった。
どうにかして二人で会えないか、と提案してきた前回の手紙に対し、わたしが「国外ならなんとかできるかも」と返すと、本当に外国でのデートをセッティングしてくれた。
しかもこのことを知る者は全てロイの息のかかった人間だけで、不倫が外にバレないようその他情報統制も抜かりない。
ウィルズには心底悪いと思っているが、ロイの温かい微笑を見るとそんな気持ちなんて忘れてしまいそうになる。
まるで長く甘い夢を見ているような。
――これが背徳の味なのだろうか。
追記
本話の一部修正&カット済




