第33話 ロイからの手紙には
ロイと初めて出会い、そして不倫を約束した日から1か月。
今年も残すところあと数日。外もすっかり寒くなった。
春は花で溢れ、夏はあれほど緑豊かで、秋は息を呑むような紅葉を見せてくれたシルヴァ山脈の山肌は、今や雑草も見えぬ物寂しい様相を呈している。
ウィルズに怒られてから執務室に行く機会が少し増えたものの、普段は「調子が悪い」とか「体調不良」といった仮病を使って私室でじっとしていることが多い。
それに最近アーシェが風邪をこじらせて寝込んでしまい、自分の相手をしてくれる人がいなくて暇を持て余す毎日を送っている。
ちょっと前のわたしなら迷わず夫のところに行って駄弁ることを考えただろう。
でも今はそんなことをできる空気じゃない。まあもっともわたしが勝手にそう思っているだけだが。
なにか没頭できることがあればなあ、と考えながら庭園の風景を眺めていると、侍女長のリサがこちらに早足で近づいてくるのに気づいた。
「姫さま、お手紙にございます」
「手紙?」
白い封筒をヒラヒラと見せられ、わたしは砂漠にオアシスを見つけた商人の要領でリサの手に飛びつく。
彼女が持っていたのはよく国際便に使われるタイプのものだった。
事前に検問を通された証として検査所の印が押されている。ちなみに検問というのは危険物かそうでないかに分ける簡素なもので、検閲は含まれない。
手紙の差出人はシャーマリス王国となっていた。
机に持って帰るや否や早速ハサミで封を開き、折り畳まれていた複数の便箋を開く。
「まあ……」
内容は案の定だった。
バランスのいい綺麗な文字が綴られた手紙の最上部には『親愛なる我が姫へ』とあり、その最後にはロイの名前があった。
実は親交会のあと、わたしとロイで秘密裏にやり取りをしようと決めていた。
しかし彼とは住んでいる国と地域が異なるうえ、たびたびハインリッヒからわたしの元に手紙が送られて来ればウィルズの目にもついてしまう。
どうにかして怪しまれずに文通する手段はないものか、と考えていると、後日になってロイがわたしの祖国――つまりはシャーマリスを経由して手紙を送ってきてくれた。
事前に祖国の配達員らを買収し、差出人を書き換えてもらったらしい。
そのおかげで今では怪しまれずにロイとの文通をしている。
表向きは祖国から届いた手紙への返事。でも本当は祖国を経由してハインリッヒに送られる恋文。
ウィルズとの仲がイマイチ修復せずぎこちない生活を送っているあいだ、ロイは手紙の中で猛烈なアタックを仕掛けてきた。
好きだとか、もう一度会いたいとか、思ったことは何でも口にする彼の性格が全面に出た内容が多い。
でも手紙の後半には必ずこちらの体調や具合を気遣う言葉があり、わたしはいつもその返事を書いたあと、アーシェがロイのマジックをもう一度見たいと言っていることなど、他愛の無い内容を書き連ねてから送り返している。
今回もまたこの前と似たような内容かと思って読んでいると、いつもの口説き文句のあとに前回までになかった文字が並んでいるのを発見した。
――☆――☆――
「タイロン公国に行きたいだって!?」
執務机の前に座るウィルズは素っ頓狂な声をあげた。
「ええ。祖国のお姉さまから『久しぶりに会って一緒にお買いものでもしないか』ってお誘いをいただきましたから」
「こ、公国のどこに行く気だい?」
「ウィンデルートです」
タイロン公国というのはフランシアの西側に位置する小国のこと。
公国は大陸における世界貿易の心臓部に位置し、ウィンデルートという大都市には各国の高級品・産出品が集められ、滅多にお目にかかれない品も多いことから『貴族の溜まり場』と揶揄されているほどセレブが集結する。
特にウルジア共和国産のレッドダイヤモンドやムスタス王国の『イボンネの涙』と呼ばれるネックレスはそこでしか手に入れられないことで有名。
「別にそれはいいが……。ところで、いつ行くつもり?」
「明日にでも」
「あしたっ!?」
またまた裏返った声が響く。
「ダメですか?」
「いや、ダメとは言わないけど」
夫はしばらく舌の上で言葉を転がしていたが、頭の中で色々考えたうえで最終的には喉の奥にしまいこんだ。
「――わかった。最近リミューをどこにも連れってあげてないからね。君が行きたいというのなら行ってきなよ」
そう告げる彼の目はどこか寂しそうだった。
行ってしまうのか……、と言わんばかりの落胆した表情になぜか胸が痛む。
「多分一日で戻ってきますから」
「都合が悪くなったら別に日帰りしなくてもいいよ。国境付近は特に賊が出やすいから、帰るのが夜になるようなら無理せず向こうに泊まる方が賢明だ」
「お気遣いありがとうございます」
右足を一歩後ろに引いてお辞儀をする。
ウィルズにも告げた通り予定では一日で帰国する予定だが、もしかしたらその予定がズレ込むこともありうると予想してあえて現地のホテルを予約しておいた。
早く用が済めばキャンセルすればいいだけの話だし。
これで事が上手くいった、と安堵して踵を返そうとしたときだった。
「本当に君の姉と一緒に行くんだね?」
その瞬間、わたしの心臓はドキリと震えた。
思わず視線を逸らしそうになったものの、怪しい行動をとってはマズイと自分に言い聞かせ、虚勢を張って対抗する。
「疑っていらっしゃる?」
「いいや、訊いてみただけ。せっかく家族と会えるんだから、存分に楽しんでくるといい」
それだけを言うと、ウィルズは机上の書類に視線を落として仕事を再開した。
一方で、踵を返すわたしの中には妙な“しこり”のような物が残っていた。




