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第27話 敗北

 翌日、わたしが目を覚ましたのは陽が昇ったばっかりの早朝だった。

いや、起こされたと言った方が妥当だろう。


「姫さま、姫さま!」


最初は地震でもやってきたのかと思った。

でも身体を強く揺する感覚がしたからアーシェが朝早くから遊びに来たのかな、なんて脳内で想像しながら目を薄っすらと開けてみる。


「ん……」


目の前にはこちらをじっと覗き込むリサの顔があった。

何度も「姫さま!」と必死に呼び、身体を揺すっている。普段はわたしが気の行くまで寝かせてくれる彼女が起こしに来るとは珍しい。


「リサ?」

「大変です姫さま!ただいま“影”の者より速報が」


リサの口にした『影』とは、貴族らに仕える闇の人間である。

普段は女官や侍女等に扮しているが、主人の命あらばスパイ――時には暗殺者として裏の世界で暗躍する。

特にさまざまな思惑と情報が交錯する後宮などでは誰しもが影を持っている。例によってわたしもまた然り。


 リサがなにか大変なことを言おうとしているのは知れたが、イマイチ頭が冴えないわたしは「ふわぁ」と間抜けたあくびをしながら訳を問いかける。


「何用かしら」

「朝の早くに恐縮です。しかし今さっき入った情報では、つい先ほどメリッサ殿が城を出られたとのこと」

「城を出た?」

「ウィルズ王子殿下と共にアールニヒト領へ向かわれたと」

「なんですって!?」


心臓に電撃のようなものが走り、わたしは思わずベッドから転げ落ちそうになった。


 一昨日までの話だとウィルズは一人で行くと言っていたはず。

安産祈願には旦那が一人で行くのがこの国の長い風習だと伝えられ、わたしもその言葉を信じて王宮に残ることを決定した。


だがメリッサが付いて行くとは聞いていない。

この前だって「彼女には伝えてある」と言われたばかり。ゆめゆめわたしだけを置いて領地へ向かうことは無いだろうと踏んでいたのに、リサから話を聞けば聞くほどショックだった。


(やられた……)


対応が甘すぎた。

「僕だけで行ってくる」と言われてあの悪女が素直に首肯するとも思えない。


ここからはわたしの推量だが、あの女はわたしに気付かれないよう密かに付いて行く準備を整えたうえで、“土壇場になって”彼に頼み込んだのだろう。

こちらが「じゃあわたしも」と言えないように。




――☆――☆――




 「だから、メリッサが言うことを聞いてくれなかったんだって」



二人が帰還したのは日付が変わった深夜のことだった。


土産の品々を持ってノコノコ帰ってきたウィルズに詰問すると、彼は困った顔をしながら上記のような言い訳を繰り返した。


「君には悪かったと思ってる。メリッサを連れて行くならリミューも誘おうかと思ったけど、あまりに急だったから間に合わなかったんだ」

「じゃあ行く時期を延期すればよかったじゃない!」

「そうだけどさ……。でも延期したら延期したで予定の見直しとか色々あるし……」


そこまでブツブツ言った後、ウィルズはわたしの表情を見て押し黙った。

いや、押し黙ったのはむしろわたしの方だ。


たしかにウィルズは内政や外政の面倒も見なければいけない立場にあって忙しく、なかなか休みがとれないのも事実。

しかし職権により、自らの都合に合わせて一定期間の休暇を取ることは法律上も保障されている。

その気になればわたしの都合のいい日に休暇を取って領地に赴くことも可能だったのに。



 わたしが怒っているのは、今回の件でウィルズに放置されたことではない。


よりによってあの女だけを随伴させたこと!


同行するのが正妃だけ――あるいは正妃と側妃ならまだしも、わたしは王宮に置いてメリッサは大事そうに抱えて出掛けるというスタイルが気に喰わなかった。

これでは、わたしとウィルズが喧嘩でもしたのだと周囲に誤解されかねない。


「なんでわたしは連れて行かずにあの女だけ連れて行ってしまわれたのですか!変な噂が立ったらどうされるおつもり?」

「そう怒らないでくれ。別に君を差別したわけじゃない。こっちにも色々事情があったんだよ」

「ふーん。それはどのような御事情で?」


ウィルズはふうと重いため息をついて頭を掻く。

彼自身も一昨日の晩に起きたことを説明したいのは山々だったが、「甘えられてついつい許可してしまった」などと言おうものなら拗ねるだけでは済まないと考え、結局言葉を舌の上で転がすことしかできないでいた。


 必死に言い訳を考えたが上手い文句を思いつかず、ついにウィルズは白旗を振る。


「……予定をずらせば良かったのにそれをしなかった僕が浅はかだった。明日にでも準備ができ次第、君を連れてもう一度アールニヒトに行くけど」

「イヤです。そんなの」


今更あわてて二人で行ったところで二番煎じだ。

ご丁寧なことにメリッサから山のような大量の土産をもらったあとで、「じゃあそうしましょう」なんて言うほどわたしのプライドも低くない。

ましてや新婚の旅行にさえ連れってもらっていないというのに。


「この通りだ!今回だけは許してくれ」

「…………。」


夫に深々と頭を下げられ、わたしはまだまだぶつけたい不満を心の中に押し留め、容赦することに決めた。

素直に謝ってくれたから、というのも理由の一つにある。


とはいっても完全に許したわけではなく、次の日からわたしはしばらく身の回りの世話をストライキしてやった。


側にいて欲しいのなら誠意を見せて、というわけである。




――しかしこの自惚(うぬぼ)れは見事に裏目に出た。


当初は一週間くらいのストライキにするつもりだった。

けれど、夜になってもわたしが来ないのを知ったメリッサが、一日中ウィルズの側で身の回りの世話を担当するようになってしまったのだ。

一週間後これに気付いてあわてて彼の部屋に向かったものの、時すでに遅し。



執務室の前に立った際、ノックしようとすると中から男女の楽しげな笑い声が聞こえてきた。

それは絶えることなくずっと。




――メリッサはわたしみたいに、彼から身体を求められても躊躇ったりしない。

男の要求を受け入れ、どこを触られようがどんなことをされようが優しげな笑顔を絶やさない。

だからか、ウィルズが夜を共に過ごすのは今や彼女の方が多くなっていた。


『王子殿下は最近メリッサ嬢を大変可愛がっておられるらしい』

『そういえば近頃は正妃殿下を見かけませんな』

『相手がフォルニクス家ですからなあ。小国出身ゆえ気後れしてしまったのでは?』

『では我らも今の内に当家に挨拶へ参った方がよろしいかな』

『アレも所詮は名ばかりの正妃といったところでしょう』


次第に周囲はそんな噂をするようになり、舞踏の場でも一人でいるわたしを好奇の目で見る者が増え始めていた。


悲しかった。

悔しかった。

言葉にならないくらい恥ずかしかった。


――復讐してやろうとも思った。


だがそんなことをすれば自分の首を絞めることになるだけだ。

それにアーシェの後見人となった以上、不用意な発言と行動は慎まなければならない。



わたしはウィルズの執務室を訪れることはなく静かに踵を返した。



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