表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/71

第26話 都合のいいお願い



 アールニヒト領への出発を控えた前夜。


ウィルズはいつものように仕事を終えると、寄り道せずまっすぐ自室に向かった。


 というのも、王都がある場所から当領地までは片道5時間の長旅で、日帰りするには朝の6時に出発しなければ間に合わないため、なるべく早く就寝するためだ。

できれば領地を治める領主のところで一泊したかったが、あいにく次の日は大事な議会に出席しなければならない。

それに近頃は外交分野での仕事が増し、いつ休みをとれるか分からぬため行ける日に行っておこうというのがウィルズの考えである。



 寝床に着く前に、明日の護衛を務める騎士団長から部隊の構成といった報告を受けた直後のことだった。


コンコン、


慎ましげにドアがノックされ、中にいたウィルズが反応した。

ベッドに腰掛けながら、あさっての議会で使う資料を読み込んでいた彼は、護衛を務める兵士に向かい、下顎をクイッと動かして命令する。


「失礼します」


ゆったりとした歩調で部屋に足を踏み入れたのはメリッサだった。

今日は当家と繋がりの深いルーラ侯爵との大事な夜会があると聞いていたが、お開きになるとすぐにこちらに駆けつけたらしく、衣装も派手なままだ。


 メリッサは部屋に入って来るや否や内側から扉を開けた兵士らに人払いを命じた。

部屋に15人もいた護衛が全員出て行ったあとで、ウィルズは冗談染みた笑みを向ける。


「こんな時間にどうしたんだい?僕を襲いにでも来たのか?」

「まさか」


屈託の無い笑みを浮かべながら首を横に振る。

しかし声のトーンはいつになく下がっているように感じた。


 メリッサは何も言わないままウィルズの横に腰を下ろすと、いつものように華奢な身体を彼の方へもたげる。


「寂しいのかい?」

「それもあるわ」

「それも?」


クスッと笑い、ウィルズの手を握りながら上目遣いに見上げる。


「明日、アールニヒトに行くのよね?」

「ああ。日帰りだけど」

「やっぱり私も付いて行っちゃダメかしら」


そこまで言われてやっと彼女が甘えてきた理由を悟る。

できればメリッサもリミューアも連れて行ってあげたいところだが、父も祖父も曽祖父もしきたりに従って一人で礼拝に行ってきた。

いくら法的拘束力はないとはいえ、自分の代で慣習を捻じ曲げるようなことをするのは気が引ける。


「気持ちは分かるんだが……」

「絶対にダメ?」


責めるような語勢で問い詰められ、閉口してしまう。


「どうしても?」

「そんなに領地に行きたい?」

「そうじゃないわ。ただ、出掛けるならウィルと一緒に行きたいだけ」

「でも明日は僕一人で――」

「放って行かないで!」


いつの間にかメリッサの目元は赤くなっていた。

別に泣くことないだろ、と言おうとしたが彼女の泣き面があまりに真剣だったので思わず言葉を呑み込む。


「私と離れないで」


メリッサはギュッと力強く夫の腕を握る。

いくら言っても言うことを聞きそうにない。

ウィルズは自分の隣でべそをかく側妃を右腕で優しく抱きかかえ、わずかにため息を洩らした。


「君も一緒に行きたいのか」

「もちろん。ウィルが私のことをどう思っているかは知らないけど、あなたと別れてから15年間、私がどんなに辛い日々を送って来たかわかる?」

「……………。」


メリッサと別れる原因になったのは、かくれんぼによる失踪事件だ。

あの日以来彼女とは疎遠になり、父とフォルニクス家が勝手に縁談を結ばなければもう会うこともなかっただろう。

でもお互いに嫌いになったから別れたわけじゃない。

その証拠にメリッサはずっと慕い続けてくれた。


「お願い。もうこれ以上私を待たせないで」


ウィルズの胸の中に身体をうずめる。


今更どれだけ論を並べても恐らくメリッサの耳には届かない。

そもそも女を扱いなれていないせいだろうか。薄っすらと浮かぶ涙を見せられるとこちらも反論する気力を削がれてしまう。


「ああもう、わかったよ。連れて行く」

「本当!?」

「うん。……でも出発は明日の朝6時だよ?今から準備しても間に合わな――」

「大丈夫。あらかじめ何もかも用意してきたから」


あとは寝るだけ、とでも言いたげなあざとい笑みを見てウィルズの頬も引き攣る。


「そ、それは用意がいい。明日の朝は早いからちゃんと起きてくれよ?」

「はい!」


側妃の美貌には、曇りの無い満面の笑みが灯っていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ