第2話 新郎の王子
新郎新婦の登場に会場は拍手を喝采して沸く。
新郎のウィルズにエスコートされながら広間の真ん中まで来ると、さっそく舞曲が開始された。
舞踏は貴族のたしなみだ、と幼い頃から父にそう言われ続け、マスターしたつもりだったけれど、これほどの観衆を前に踊るのは初めて。
全員に見られている。
ステップを踏む足を間違えてはいけない――
そう思うと周囲よりも動きがぎこちなくなり、視線に耐えかねてわたしは終始うつむいたままだった。
「もしかして、怒ってる?」
それは2曲目が終わった直後だった。
ウィルズはわたしの背に手を回し、冗談気味に笑いながらそう問いかけてきた。
一方でわたしは「何に?」と返しはしなかった。
わたしが政略の道具として嫁がされたこと、はたまた彼と手を繋いでダンスを踊ることを言っているのか――
一つ確実なのは、こちらが余所余所しく振る舞う理由を訊いているのだということ。
「いいえ、特に」
事実、怒っているわけじゃないので手短に告げたのだけど、その単調な受け応えが裏目にでてしまったらしい。
「僕が失礼なことをしてしまったのなら謝るが」
なにかを案じた様子でウィルズは腰にまわしていた手をそっと遠ざける。
反射的にその手を引き戻そうとしたけれど、あと少しで思い留まった。
「本当に怒ってません。わたし、昔から無愛想なんです」
「そうかな?君がわざとそう振る舞っているようにしか見えないのは僕だけ?」
憐れむような目でじっとこちらを見つめてくる。
「ふ、不慣れな環境ですから少し緊張しているだけです」
彼の瞳に強面の自分が映っているのを知って視線を逸らす。
わたしは核心を突かれた気がして不覚にも狼狽を見せてしまった。
「その様子だと今夜は無理そうだね」
――というと、おそらく初夜のことだろう。
いくらわたしたちが見せかけの夫婦とはいえ、新郎新婦が別々に夜を過ごすというのでは見栄えが悪い。
『夫に冷たい正妃』と言われても困るので形式的にでも一緒に寝ようかと提案しようとしたのだけど、彼の方が一手早かった。
「今日はやめておくよ。一緒に寝るのはもっとお互いを知り合ってからにした方がいい」
正直、内心でわたしはホッと胸を撫で下ろした。
その方がわたしにとっても楽でいいからだ。
とはいってもいずれは彼と夜を共にしなければならない日が来る。単に今夜の渡りがないというだけで、先延ばしにしただけに過ぎない。
「お気遣いありがとうございます、王子殿下」
わたしの無愛想な返事に王子はまた唇を歪ませる。
「余所余所しいな。もう君とは夫婦なんだから、僕のことはウィルでいいよ」
そっとわたしの手を取り、ウィルズはさらに続ける。
「その代わり、これからは君をリミューと呼んでいいかい?」
「どうぞ旦那さまのお好きに」
「……ウィルでいいと言ったばかりじゃないか」
「小国出身の女の分際でそうお呼びするのはあまりにおそれ多いと」
「まだそういう関係には早い――ということか」
どうやら鈍感ではないらしい。
鈍い人だったらどうしようと言い訳の文句を考えていたけれど、案外女慣れしているらしくて助かった。
「政略上の婚姻とはいえ、これからは一人前の夫婦の関係だ。よろしく頼む、リミュー」
「ええ、こちらこそ」
わたしはウィルズに略式の礼をし、踵を返して早々に広間を去った。
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