第20話 ウィルズの記憶 (過去編Ⅱ)
記憶編はこれで最後です。
それから日を重ねる内に、メリッサとは気の合う仲になった。
あれほど公爵家の家を訪れることが嫌で仕方なかった僕が、いつしか父から訪問を誘われた時は舞い上がるまでになっていた。
時には父に許しを頂いて個人的に遊びに行っては、メリッサとその両親から手厚いもてなしを受けた。
父も僕が彼女と懇意にしているのを知って「公爵令嬢が相手なら将来も安泰だ」と喜んでいた。
でも当時の僕はまだ幼かったからか、彼女のことを友達以上と思っていても恋人だとは認識していなかった。
だからメリッサも僕のことを単に『気の合う友達』として見てくれているんだろうと思い込んでいた。
そんな僕らに事件が起こったのは、出会ってから半年が経とうとしていた頃だった。
――☆――☆――
ある日、いつものようにメリッサのところへ遊びに行ったときのことだ。
彼女の家が有する広い庭園を使用して“かくれんぼ”をやろうという話になった。
ルールは簡単。
鬼となった方が正午までに相手を見つけ出すというもの。
ちなみに園内にいる使用人や警備兵にヒントをもらうことも可能。
正午になると城下町にある時計台が音で知らせてくれるので、僕らはそれをタイムリミットとした。
その時はたまたま僕の方が鬼になり、60秒数えてからメリッサを探しに出かけた。
当初はドレス姿の少女などすぐに見つかるだろうと高を括っていたものの、いざ探し始めるとこれがまた難しい。
残された時間を命一杯使用し、聞き込みを行ったり高台に登って園内を見渡したりもしたけれど、結局見つからなかった。
そうこうしている間についに時間は切れ、城下町の方から正午を知らせる鐘の音が響いてきた。
「メリー。僕の負けだよ。もういいから出て来てくれないか?」
なるべく広く遠く聞こえるように声を大きくして言ったが、返事は返ってこなかった。
もしかしたら彼女は僕の声が届かないところに隠れているのかもしれない。
そう思った僕は園内を端から端まで探し回った。
使用人や守護兵にも声をかけ、彼女を見つけたら報告するように命令した。
――が、100人体制でメリッサを探しても一向に彼女は見つからなかった。
すでにゲーム終了から1時間が過ぎようとしていた。
さすがにここまでくるとおかしい。
万が一鐘の音が聞こえていないにしても、太陽の位置を見れば大体の時刻くらい把握できるはず。
タイムオーバーから4時間が経っても出てこなかったため、ついにこのことを公爵に告知するまでに至った。
公爵はすぐに私兵を動員して園内のみならず邸宅の隅から隅まで捜索させた。
花が植わる花壇の中にも入って、草花の間に彼女がいないか確かめるようにも言った。
だが結局メリッサはどこにもいなかった。
僕も捜索員の一員として彼女の姿を探していたが、同じ場所を何度も探しているうちに、ふと脳裏にメリッサがこの前言っていた言葉がよみがえった。
「庭園の外にも綺麗なお花があってね、今度それでお飾り作ろうかなって」
たしかこの庭園は森に繋がっている。
森林部分と庭園の部分は池を境に区切られており、それ以外の場所は柵や塀が建てられていて大人以外が外側に出入りすることはできない。
しかも森は獰猛な肉食獣や恐ろしい獣がいるとされ、公爵夫妻も警備兵さえも、僕らが森へ足を踏み入れることを固く禁じていた。
まさか、と思った。
彼女に限ってそんな禁忌を犯すとは考えられなかった。
でも可能性はゼロではない。
メリッサの失踪で現場が混乱しているのに便乗し、僕は側近らの目をかいくぐって森の方へ向かった。
僕らが出会った噴水を越え、さらに北側へ向かうとそこは見覚えのある大きな池だった。
泳いでいる鯉に石を投げつけようとしたあの池だ。
その水辺を沿うようにして森の方へ進んでいると、外界と庭園を隔てていたはずの柵の一部が倒れているのに気づいた。
柵の向こうに見える森は、昼間とは思えないほど不気味な黒いベールで覆われている。
草も鬱蒼と生い茂っていて、僕の背丈くらいまでの高さがある。
まさかこんなところに彼女が入り込むまい、と冷静になって考えたものの、倒れた柵の針金部分に繊維質の綿が絡まっていた。
間違いない。
メリッサはこの奥にいる。
立ち入りが禁じられた森に護衛も付けないで入るのは気が引けたが、立ち止まっても仕方ない、と勇気を振り絞って前に進む。
いざとなったら腰に装備している剣がある。
決して戦闘用に造られたわけではないが、無いよりはマシだろう。
結果は幸いにも案の定といったところだった。
森に入ってしばらく歩いていると、どこからか少女が咽び泣く声が聞こえてきて、僕は正直に声のする方に足を運んだ。
見えてきたのは、大きなシャナの樹の下でうずくまって泣く少女の姿だった。
あのブロンドの髪、服装、身長ともに本人で間違いない。
「メリー!」
「――その声はウィル!?」
服も泥だらけでボロボロになった彼女は立ち上がると、死にもの狂いといった様子で僕に飛びついてきた。
手足に擦り傷がいくつもあり、血が流れて固まった痕がある。
相当歩き回ったらしい。
メリッサはウィルズの身体をギュッと抱きしめながら号泣し始めた。
「怖かった……迷子になっちゃって……帰れなかったから」
「僕が助けに来たからもう大丈夫だよ。それよりメリーが無事でよかった」
「私を……探してくれたの?」
「うん。もしかしたら――って思って来てみたんだ。あと、足怪我してるみたいだけど、大丈夫?」
「平気。……でもここから動くのは危険だわ」
「何で?」
「オオカミが近くにいるの」
泣くのを止め、声を押さえてそう告げる。
その後の話を聞く限り、かくれんぼの間だけ隠れようと思ったものの、森に入った直後にオオカミの群れに遭遇し、逃げている間に迷ってしまったのだという。
「大丈夫。僕にはほら、剣がある」
「でもオオカミは強いわ」
「これでも毎日稽古してるから腕には自信があるよ。いざとなったら僕が守ってあげるから。ね?」
するとメリッサは少し安堵したのか、強張っていた表情を緩めて微笑した。
「うん」
気付けば陽はずいぶん西の方に傾いていた。
きっと今頃、庭園では僕もいなくなったことで大騒ぎしているに違いない。
「さ、帰ろう」
僕らはしっかりと手を握りながら、元来た道を引き返した。




