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政略上の正妃に一途な愛を  作者: 華凜
第1章 (★は官能表現を含みます)
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第1話 夜会にて

 結婚式を終えた夜、フランシア王宮では国内外の貴族らを招いての大々的な夜会が催されていた。


神々を(かたど)った石造に周囲を埋め尽くす古代壁画。

煌々と橙色に輝くシャンデリアをいくつも吊るした大広間では、着飾った男女が緩やかな舞曲に合わせて踊りを披露する。


そんな中、わたしはなるべく目立たないよう隅の方で侍女を侍らせながら一人でワインを飲んでいた。

披露宴の延長線上にある夜会で新郎と一緒にいないのは不自然といえるが、わたしの意思でそうしたのだから文句は無い。



政略結婚ゆえ、王子の顔を見たのは今日が初めて。式で顔を合わせたきりでまともに会話していない。

唯一話したといえば、お互い挨拶する際に言った「末永くよろしくおねがいいたします」のみ。

そんなギクシャクした関係で披露宴も何とか乗り切ったが、気まずさに耐えかねてわたしの方から身を離したというわけだ。


だが流石に“主役”が部屋の隅で黙り込んでいるのはマズイらしく、わたしに気付いた貴族らが自然と集まってくる。


『城にも目を引く者はおりますが、リミューアさまは格別でいらっしゃる』

『かくもお美しい姫とご結婚された王子殿下が羨ましい』


そんな繕われたような言葉にうんざりする。


わたしと王子は所詮、虚飾に染め上げられた関係。

愛情なんてそもそも存在しない。

ゆえに夫を愛する気もないし、逆に愛されるつもりもない。


だからといって別に彼のことが嫌いなわけじゃない。

内面はあまりよく知らないので何ともいえないが、外見では申し分ない。


端正な顎に高い鼻梁とやや吊り上った双眸、凜然たる美貌に浮かぶ優しげな微笑。


正直なところ、見た目に関してわたしは彼のことが好きだと思っている。

思わずベタ褒めしてしまうくらいに。

彼もわたしのことを気に入ってくれたら嬉しい。

こういうのを世間では“恋”というのだろうか。


――なのにどうしても距離を置きたくなるのは、わたしたちの関係が政略結婚だからだろう。


こちらが好きだと思っていても彼がわたしのことをどう思っているかは分からない。

お互いに恋愛して結ばれたわけじゃない。

偶然にも夫がわたしの好みだったとはいえ、こちらから「好き」と伝えても拒否されたらそれまで。


(彼はわたしをどう思っているのかしら)


王子がわたしのことをどういう目で見ているのか分からない以上、迂闊にこちらから動くのは得策ではない。

下手に軽い女と見られても困る。


――その時だった。


神の作為か単なる偶然か、不意にお互いの視線が合ってしまったのだ。

あわてて目を逸らそうとするわたしに向かい王子は遠目から笑顔を向けてくる。


「姫」


思わずドキッと震えた。

――見つかった。

控える侍女たちの中に逃げ込もうとしたわたしは背中から呼び止められ、氷のように固まってしまう。


「こ、これはウィルズ王子殿下」


もう逃げられないと、わたしは開き直って身を反転させ、ドレスの裾を持ってやんわりと笑み浮かべる。

社交辞令の場では基本中の基本だ。

けど、彼はわたしの低頭を気に入ら無かったのか、どこか不満そうに唇を歪めた。


「僕に近づいて欲しくない?」


怒り――というより不満を含んだ問いかけにわたしは身を震わせる。


政略結婚した立場上、夫と慣れ合う気はないとはいえ、わたしだってここにきてやるべきことくらい理解している。

祖国とフランシアを繋ぐべく彼の子を産むこと。それがわたしに与えられた使命。


万が一にでも夫に嫌われて祖国に帰されるようなことがあってはならない。

だからウィルズの問いかけはわたしの心を大きく揺さぶるものだった。


「いえ、」


咄嗟に笑みを繕うも、それ以降の言葉が続かない。

なにを言っても言い訳にしかならない気がして言い出せない。

本当はそんなこと思っていない。


言葉に窮してうつむくと、ウィルズはわたしの沈黙を別の意味で理解したらしく、急に眼前で膝を折ってわたしの手を取った。


「君を取って食おうとか、そんなことは思ってないから安心して」


そう言って指輪(リング)をはめた左手薬指に口づける。

指の関節に熱の籠った唇が触れ、わたしは油断して「あっ」と間抜けた声をあげてしまった。


「嫌だった?」

「いえ、そんなことは」


ふとウィルズから視線を逸らすと、周囲の視線がわたしたち一点に注がれているのに気づいた。

そりゃあそうだ。今日の主役はわたしたちなのだから。



やっと主役二人が揃ったのを見て、今まで広間で舞踏をしていた貴族らは皆一旦外側に退き、わたしたちが入る分の空間をあける。


王子も自分たちを囲む視線を感じてわたしの方にそっと手を差し伸べた。


「僕らも踊らないか?」


断れるわけがない。

大勢の人に見守られながら「結構です」などと抜かそうものなら彼のメンツを丸潰しにするだけでは済まない。


「わたしでよろしければ」


人に見られるのはあまり気が進まなかったものの、わたしは単調な返事を返し、彼の手を取った。




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