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裏話 4 ~挑発~(リサ編Ⅰ)

 出来の悪い女官を叱咤しまくったあと、リサはマリナの用意した花瓶と湿った布を抱えて宮殿をあとにする。


単に花瓶を用意するだけの、たかが1分で済む仕事を10分かけてくれるとは思わなかった。

リサとマリナはお互いに長い付き合いの親友といえども、前者が『ウサギ』、後者が『カメ』と周囲から皮肉られるほど仕事の効率に開きがある。

おかげで、「やっぱり別の人に頼めばよかった」と後になって後悔するハメに。


きっと今頃姫さまも待ちくたびれていることだろう。



 自分の帰りを待つリミューアの元に、リサは最短ルートで急ぐ。

アーシェとリミューアがいる場所までは庭園の真ん中を突っ切るより、外側からぐるっと回った方が早い。

だからリサは宮殿の内部から中庭に抜け、御苑を取り囲む背の高い生垣に沿って西へと向かっていた。


「?」


異変に気付いたのは外苑にある桜の並木道に差し掛かったときだった。

道の真ん中に複数の影が立っているのが見え、リサは足を止めた。


「あら、どこぞの女に仕える侍女長さんじゃない」


リサを見た途端、冷笑を浮かべながらこちらを指差してくるのは二名の若い女官だった。

ただし服装から見るにリミューア専属の女官ではない。

王室に仕える女官の胸には黄色のバッジがあるが、彼女らにはそれがない。つまりは外部の者。


二人はリサを見てクスクス笑いながら行く手を阻む。


「ごきげんよう。成り上がりの正妃付きの侍女長さん。調子はいかが?」


挨拶というより、喧嘩を売るような言葉遣いだった。

リサも相手が味方ではないことを瞬時に悟り、二人に反抗して「チッ」と舌打ちをかます。

それを見た二人組のうち、腰まで垂れる長い黒髪の女が眉をしかめた。


「あたくし達に刃向おうなんて、いい度胸だわ」

「……その胸の紋章はフォルニクス家の」

「あらまあ、異国民のくせに御存知でしたのね」


ヘラヘラ嘲笑する女二人に、リサは心底不快そうにまたチッと舌を鳴らす。


フランシアの筆頭貴族であるフォルニクス家は、爵位で最も位が高い公爵の地位を有し、王国建国以来、常に王の傍らで政治に関わってきた超有力貴族。

その先代は王家とも血縁があり、財政、軍事、その他国政における様々な分野で高官を輩出する名家でもある。

ゆえに当家に生まれた女はプライドが高く、みんな揃って性格が悪いと聞く。しかし仕える女官までかくの如きとは。


「出会ってすぐに悪態をついてくるなんて。フォルニクス家はいつの間にそこまで落ちこぼれたのですか?」


鼻を鳴らして言い返してやる。

黒髪女のとなりで腕組みしていた金髪女の歯がギリッと音を立てた。


「フランシアに取り立てられなければ滅びていた小国の出身のくせに。殿下があんたの主を御気に召していらっしゃるだけで図に乗ってんじゃないわよ!」

「あの阿婆擦れがいるせいでせっかくの園遊会が台無しだわ」


リサの眉がピクリと吊り上がる。


「……それは我が主、リミューア姫に対する冒涜と見ていいんですね?」

「ええそうよ。でもあんたもさっき天下のフォルニクス家を冒涜したんだから、一緒じゃないかしらねえ」

「無粋なあなた方と一緒にしないで頂きたい」

「おお、怖っ」


リミューアの身分上、周囲から批判や悪口を言われることはもう慣れている。

中には本人に聴こえる声で罵って来る礼儀知らずの輩もいるから、今更だれかに主人の悪口を言われようと動じない。

しかも園遊会という公式の場で、姫が公然と第一王子とイチャイチャしていたのだからなおさらだ。

恨まれる要素もそれなりにある。


「わたしめに一体何の用ですか。悪口以外に用が無いならさっさとそこ通してください」

「まあそう急がず。せっかく出会ったんですし、ゆっくりおしゃべりでもいかが?」


女官二人はリサを囲み、さらに行く手を阻もうとする。


「ところで、そんなに花瓶を大事そうに抱えてどこに行かれるおつもり?」

「どこでもいいでしょう。あなたたちには関係ありません」


大人しくキッパリと言い切ると、二人はお互いに顔を見合わせてリサを嘲笑う。


「知ってるわよ。王子殿下の正妃とあろう誰かさんが、園遊会そっちのけでお花摘みに精を出されてるって」

「あははっ、庭園のお花は摘むためにあるんじゃなくてよ」

「で、大事なお花がしおれないよう、『持ってこい』って言われたんでしょ?」

「健気ねえ。19にもなってま~だお花遊びが得意な御方だったなんて」

「昼間っから泥まみれになるお姿を拝見するのも一興だわ」

「花瓶だけじゃなく雑巾も持って行ってあげたら?」


「黙れぇ!!!」


甲高い怒号が、嬌声に似た嘲笑を吹き飛ばした。


「人が黙って聞いていれば貴様ら!!所詮は女官のくせに生意気な!!」

「なに?()る気?」


金髪の女はリサが腰の剣を抜こうとしているのを見て鼻を鳴らした。


 普通、大した身分を有さない女官ごときが貴族を――ましてや王室を侮辱することは大逆罪という重罪にあたる。

極論だが王家の人間に向かい「バカ」と呟いただけでも斬り捨て御免、あるいは牢獄行き。


――しかしそれはあくまで目撃者がいることが前提。


「抜けるもんなら抜いてみなさいよ。その瞬間に叫んであげるから」

「非常時以外の抜刀が御法度だってこと、あんたも侍女なら知ってるでしょ?」


あいにく、外苑の並木道には3人だけ。

もし剣を抜いて大逆罪を理由に彼女らに斬りかかったとしても、侮辱されたという証拠が無い。

――となればじきに衛視に捕えられ、無用な抜刀による罪――通称『抜刀罪』により牢獄行きになってしまう。


「くっ………」


両者一歩も譲らぬ睨み合いが続き、もはや衝突は避けられないかと思われたその時だった。





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