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裏話 2 ~頑張る女官!~(マリナ編Ⅰ)

本編の裏話です。


 リミューアの祖国であるシャーマリス王国は総人口わずか500万人の小さな国家だ。


国を取り囲む列強諸国と比べて国土面積はもとより、経済、軍事力ともに大きく下回る超弱小国家でもある。

数十年前までは周辺にも似たような小国がいくつかあったが、軍事大国フランシアの台頭により、ほとんどの小国は「ぐう」の音も出せぬまま見事に捻りつぶされた。

しかしシャーマリスだけは残った。

その気になれば軍隊を送り込んで一気に首都制圧――ということも可能なのに、あえて残されたのには理由がある。


――潰しても、さほどメリットが無いのだ。


大陸の最東端に位置するシャーマリスのほとんどが山地。

特にこれといった資源は出ず、むしろフランシア等の大国から石炭や石油を輸入しなければならないほど資源に乏しい国。

今まで潰された国々では少なくとも石油か石炭といった資源が出たし、工業も発展していた。


が、シャーマリスだけは無かった。

獅子(ライオン)も無益な狩りは行わないというが、列強諸国も戦争で人的・経済的消費をしてまで資源皆無国を潰そうとは思わなかった。


かくして圧倒的不利な立場にあることが功を奏し、辛うじて生き残ることに成功したシャーマリス。

しかしこのまま同国を放置しておくことにも疑問があった。

今や大国と呼ばれている国々も元は小国を併呑してのし上がった小規模国家。いつ内紛により自国が分裂するか分からない危険性を孕み、ゴタゴタしている間に漁夫の利を突いて侵攻されても困るというわけだ。


そこで先に手を打ったのがフランシアだった。

下手に動かれる前に『大国との軍事同盟』をエサに不可侵条約という名の保険をかけておいた。

その際に人質として決まったリミューアの輿入れはある意味での“戦利品”といえる。

彼女がフランシアの手の内にある間はシャーマリスも手出しせず、これでゆっくりと内政に身を傾けることができるというわけだ。


まあ事情はどうであれ、お互いに血を見るような争いがないことに尽きる。


「そう!平和が一番!」


二階のバルコニーに立つ女官のマリナは、真っ青な空をビシッと指差して言った。

が、


「――のはずなんだけど……」


天に伸びていた細長い人差し指がフニャッと下に垂れる。


たしかに争いのない平和な世界というのは人類にとって進むべき道であり理想でもある。

しかしあまりに平和すぎるのも問題といえよう。


――要するに、とんでもなくヒマなのである。


「園遊会っていうから殿下に会えると思って張り切ってお化粧してきたのにー!!というか、なんなの今日の常軌を逸した暇度!!姫にドレス着せたらお役御免の女官ってどうよ!!こちとら朝4時に起きて支度してたっていうのに、なにこの粗雑すぎる扱い!?『会が終わるまで女官はここで待機です』って、そりゃないよエリザ女官長~!!ったく、あの堅物ババアめっ!」


退屈すぎるあまり、ストレス発散も兼ねて広大な大庭園めがけそれなりに大きな声で愚痴る。

もしこれを女官長に聞かれると後々大変なことになるのだが、幸いにもリミューア妃に随行しているのでここにはいない。

せっかく明け方から頑張ってメイクしたのにもかかわらず「女官は宮殿内で待機!」とは、ウィルズの熱烈なファンであるマリナからすると苦痛でしかないのである。



当初、園遊会が始まるまでマリナは次のような会話を妄想していた。


リミューア妃の身の回りの世話をする理由で彼女に随行していると、マリナに一目惚れしたウィルズ王子が近づいてきて、


「君のことが気に入った。名を教えてくれ」

「女官の分際で殿下に名を語るなどあまりに畏れ多いことにございます」

「ああ、なんと謙虚で愛しい人だろうか。もう我慢できない。どうか僕の嫁にきてくれ」

「いけません殿下、わたくしのような卑しい身分の女などと――」

「身分がどうしたというんだ。僕は君を愛している」

「殿下……」


――などという、天と地がひっくり返らなければ起こらない夢物語を。

夢の中ではリミューアを差し置いてウィルズと幸せに暮らしていたのだが、会って会話することはおろか顔すら拝めないシビアな現実。


「あーあ、殿下に会いたいな~。一度でいいから笑顔を向けられてみたいな~」


手すりに倒れ掛かりながらジタバタしていると、背後から飛んで来た「うるさいッ」という怒号が鼓膜を揺らした。


「仕事中です。静かになさい!」

「副長!?」


殺気を感じてハッと身を反転させると、まっさきに視界に飛び込んできたのは羅刹の形相だった。

手を後ろに組み、目を細めてこちらを睨む副女官長が仁王立ちしている。

副長は女官たちから『鬼の副長』と揶揄されるほど厳格で、何もかもキッチリしないと気が済まない女官長並みの堅物なのだ。


「なっ、さ、さっきまでの愚痴――聞いちゃってました?」

「案ずるな。聞かなかったことにしてやる」

「ありがとうございますっ!!」

「女官長を『堅物ババア』と呼んでいたこと以外は」

「えっ、ちょっと!そこもセットで聞かなかったことにして下さいよ!!なんで一番アウトな部分だけ単品で引っ張り出して来るんですかー!!」

「セットで引っ張りだしてやろうか?」

「……やっぱ単品でいいです」


淡々とした態度の副長に言い返す気力を失い、マリナは反抗を諦めてガクッと項垂れた。

副長は腰に手を当てながらため息をつく。


「黙ってて欲しかったら大人しく持ち場に戻れ、ドアホ」

「うへえ……」


またあの冷たい廊下で何もせず木偶の棒のように突っ立っていなければならないのか、と苦い顔を横に向けたときだった。


(ん?)


園遊会が催されている大庭園の方から、大急ぎでこちらに駆けてくるリサの姿が見えた。

試しに2階のバルコニーから手を振ってみると、リサは上方のマリナに気付き、クイクイッと手招きしてくる。

「来い」とでも言いたいのだろう。


「――だそうです」

「早く行ってあげなさい」


なぜリミューア妃お付きの彼女がこちらにやってきたのかは分からないが、持ち場を離れる良い口実ができた、とマリナは浮足立って一階へ降りたのである。


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