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第13話 春の園遊会 Ⅰ

 翌日はこれまた気持ちよく晴れた。


南の方に怪しげな雲が浮いているのが少し気がかりだが、風向きを鑑みるに雨を降らせる様子ではない。

シルヴァ山脈から吹き降ろす涼風のおかげで今日は暑くも寒くも無く、天候もひとまず安定している。


絶好の園遊会日和だ。


 本来、園遊会なるものは王室行事の一つで、国王の名のもとに催される。

だが最近は陛下の具合が優れず、園遊会も無くなるのではないかと危惧されていたが、会は無事に幕を開けた。

ただし今日は王ではなくウィルズの名のもとに行われている。


これは国内の貴族らに衝撃を与えた。

国のトップである国王が執り行うはずの園遊会を、王子であるウィルズが主催したからだ。


まさかこのことを現国王が知らないはずがない。

ということは、王が事実上ウィルズに位を継承させたことを意味する。

つまり、「次の王はウィルズだ」ということを、園遊会を通じて国内外に暗示した格好だ。


 ウィルズが会を主催することは彼の妃であるわたしにとって追い風となった。

初めてフランシア王室に嫁入りした時は、「小国の女」だとか「卑しい悪女」などと随分と罵られたというのに、それがどうしたことか。

夫の王位が確定した途端、散々わたしを嫌ってきた女達はこぞって手の平を反し、ペコペコと頭を下げるようになった。


『ごきげんうるわしゅうございます、リミューア正妃殿下』

『これからもよろしくお願いいたしますわ』

『どうぞ今後ともよしなに』


「ええ、こちらこそ」


ドレスに染みこませたラシスの香りを振りまきながら、わたしは低頭する令嬢らの間を闊歩する。

地位がほぼ確定した以上、もうわたしの敵となる人間はいない。将来の王妃に気に入られようと躍起になる女の醜態を見て回ることほど興に入るものはない。



 すっかりお局さま気分になって片っ端から笑顔を振りまいていると、女神をかたどった巨大噴水の辺りに人だかりが見えた。

女神が肩に持つ水瓶から流れ出る噴水の前で、白い衣装の誰かがスーツ姿の男と談笑している。


「ああ、リミュー」


白い服装をした男性の正体はウィルズだった。

軍事大国であるフランシアでは軍服が正装とされており、彼もまたしきたりに(なら)って勲章だらけの服を纏っている。


ウィルズは偶然近くを通りかかったわたしを発見すると、前にいた男性に断ってからこちらへ歩を進めてきた。


「おはようございます、旦那さま」

「ははっ、今日は柄にもなく随分派手なのを付けてるね」


夫はわたしの盛り上げた髪を見て苦笑する。

というのも、いつもは髪飾りなどしないわたしが今日に限って鳥の尾羽を集めて作った派手なものを付けているからだろう。


「しない方がよろしいですか?」

「いいや、似合ってるよ。自分の妻があまりに綺麗だからドキッとしただけさ」

「まあ、人前で公然とウソをおっしゃるのはよくありませんわ」

「それがウソなら――ね」


いつものようにウィルズはわたしの左手を取って薬指に唇を押し当てる。

その瞬間、周囲はまたもざわついた。


 各国共通だが、男が女の左薬指に口づけを落とすことは女性への忠誠を意味する。

つまりウィルズから指にキスを受けることで、彼の寵妃であることを決定的にしたのだ。


「旦那さま、よければ一緒に御苑をまわりませんか?」


園遊会が催されている離宮の大庭園には季節の花々が植えられており、所々で軽食も用意されている。

花を見ながら食事してゆったり過ごすのが会の目的だがせっかく内外にアピールできる機会。

こんなときだけ余計な知恵が働くわたしは、ウィルズに随行することで絶対的地位を見せつけようとした。


「君と一緒に花を見て回りたいのは山々なんだが、あいにく別の“ハナ”も見なくちゃいけなくてね」


そう言ってウィルズは眼球を左に寄せる。

横目で示された先を目で追いかけると、そこには丸々と太った牛のハゲ頭があった。

――訂正。ハインリッヒ王国から派遣されてきた貴族の一人、カルト卿である。


 やはり貴族ともなれば良い物を食べる割に運動が嫌いになるらしく、ポッコリ出た妊婦みたいな腹に、食パンのごとき四角い顔。

わたしはそのテカテカ輝く油っこい“鼻”を見て、ウィルズの言いたい旨をようやく理解した。


「先約が入ってるんだ」

「とんでもございません。わたしこそ旦那さまの邪魔をしないよう心がけます」

「気遣いありがとう」


ウィルズはわたしに笑みを残すと、すぐにカルト卿の方へ踵を返した。


別に彼と一緒に行動できなかったからといって残念とか悔しいとか、そんな感情は一切ない。

むしろ王の代わりに様々な人の相手をせねばならない多忙なウィルズと、こうして会話できただけでも十分嬉しい。



 彼に付いて行って迷惑をかけても仕方ないので、あえて逆方向に歩を進めようとしたその時だった。



「リミューお姉ちゃん、見っけ!」




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