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初めての道具作り



 朝ご飯を食べ終えて、言われていた通り仕事部屋へとやってきた。

 ドアをノックして、返事を聞いてから部屋に入る。そこには床に座り込んでいるお父さんの姿があった。


「今度はなにしてるのー」

「道具作りの下準備だ。今日は教えることが山ほどあるからな」


 教えることが山ほど。


 やった!

 間違いなくアイテムの作り方でしょ!

 ふっふっふー、がんばって作っちゃおっかな~。



 思わず飛び跳ねてしまいそうなほど嬉しかった。

 そんなウキウキしているおれの様子にお父さんはため息をついた。


「そんな調子じゃ失敗しかねん。もっと真面目にな?」

「う、うん。ごめんなさい」


 なんか最近あやまってばっかしだ。

 でも道具作りは『でりけーと』らしいからね。真面目にまじめに。


「で、今日これから作るのは『回復薬』だ」


 おお、回復しそうな予感。


「使う材料は、ユーマが採ってきた『魔力花』、そして『カイフク草』だ」


 そう言ってお父さんは手に持っていた植物をおれに見せた。

 細い茎に細い葉っぱ。そしてその葉っぱには見たことがないギザギザの脈が走っている。

 おれが不思議そうに見ていることに気付いたお父さんが説明してくれた。


「これまでに見せたことがあるのは網目の形をしている網状脈、平行に線が入っている平行脈の2つだ。これが基本だな」


 お父さんのこの説明は前にも聞いたことがある。植物は網状脈と平行脈で分類することが出来るんだ。

 でもこの『カイフク草』はそのどちらでもない。


「こいつは特殊なんだ。模様が雷みたいにギザギザしてるだろ? だから『雷状脈』って言うんだ」

「へー、なんか強そう」


 雷状脈か。かっこいいー。


「他にもあるんだが、それはまた別の機会に教えよう。さて――」


 お父さんが床に敷いてある布の上にカイフク草を置いた。

 そして立ち上がり、机の上に置いてあった桶を取り出した。桶の中には何かが入っている。


「それは?」

「お前が採って来てくれた魔力花だ。そのままにしておくと花弁から魔力が全て失われてしまうからな。こうやって少しでも保存できるように冷水に漬けておくんだ」


 そっか。そのままだと魔力がなくなって普通の花になっちゃうのか。憶えとこ。


「普通の植物だと冷水は駄目だぞ。熱いお湯もな。常温の水が一番いいんだ」

「はーい。魔法花は保存できるっと」

「保存できるって言ってもあれだぞ? 魔力の損失を遅らせるだけだから2日もすれば空っぽになってしまう」


 そうなのか。

 ホントなら1日も経たずに普通の花に戻っちゃうから2日保つだけでも十分だと思うけどね。 


「おれがユーマに教えるのはあくまで基本だからな。この回復薬だって配合材料や調合手順によって効果を上げることが出来る」


 あー、まあそうだよね。

 思い出してみればお父さんが回復薬作ってるのを見たことあるなあ。

 その時はもっと色んな植物があったもんね。


「ってことは、最低でも『魔力花』と『カイフク草」があれば作れるんだね」

「ま、そういうことだな」


 お父さんは桶の中から魔力花を取り出した。花弁が薄く光り輝いているのはまだ魔力が残っている証だ。

 そして取り出した魔力花を木製のすり鉢の中に入れた。


「まずは魔力花を粉々にする」


 ……いきなり粉砕ですか。

 驚いたおれを見てお父さんは少しだけ笑った。


「最終的には液体にするんだぞ?」

「あ、そっか」


 そう言われればそうか。

 でも粉々にして大丈夫なのかな?


「魔力花は傷ついた所から魔力が漏れてしまう。だから本来は傷つけないように扱うわけだが――」


 そこで一旦言葉を区切ったお父さんは机の上に置いてあった小瓶を手に取った。

 中には透明ではあるが粘性が感じられる液体が入っている。ラベルを見ると汚い字で『保存液』と書いてあった。


「――そこでこの液体を使う。回復薬に少し粘り気があるのはこいつのせいだな」


 へー、回復薬って粘るんだ。

 すごい飲みにくそうだけど……。


「でもこいつがないと作れないのも事実だからな。こればっかりは仕方ない」

「ふーん、そっか。じゃあ仕方ないねー」


 お父さんは手に持っていた小瓶のふたを開け、中に入っていた保存液をすり鉢に少量だけ注いだ。


「これで少しの間なら手荒くやっても大丈夫だ。じゃあやるぞ?」


 そう言ってお父さんはそばに置いてあった先端の丸い木の棒を取り出した。

 その棒はかなり短く、長さは30センチもない。なぜか持ち手の方が先端よりも細いという謎の棒だ。


「お父さん、それは何?」

「これはすり鉢と一緒に使う道具で、物をすり潰すのに使う道具だ。乳棒とか擂粉木すりこぎとか、ペストルなんて呼ばれる時もある」


 そしてお父さんはその木の棒を使って魔力花をすり潰し始めた。


 ――ゴリゴリ


 初めは全体をおおまかに潰すように、そして徐々に小さい破片を潰すような細かい動きへと変わっていった。


 ――ゴリゴリ


 そして数分後。

 気付けば魔力花の姿は跡形もなく消え、残ったのは保存液によって粘性を得た濃緑色の液体だけだった。

 この緑色はおそらく魔力花の残骸によって着いた色だろう。


「よし、これぐらいでいいか」


 お父さんは持っていた乳棒を置いて、今度は棚にしまってあったビーカーを取り出した。

 そこにすり鉢の中身を全て移し替える。そしてここで、初めに魔力花を入れていた桶の水を少し加えた。


「これに関しては普通の水でいいんだが、せっかくだからな」

「せっかく?」


 せっかくとはどういう意味なのか図り損ねているとお父さんが補足してくれた。


「魔力花から失われた魔力がそのまま水に溜まっていたらいいなってことだ」

「溜まってるの?」

「……それは分からん。調べようがないんだ」


 うーん、たしかに魔力は目に見えないけど……。

 なんか調べられるような気がしないでもないなー。


「――それで、次はこいつだな」


 そう言ってお父さんが取り出したのは『カイフク草』。

 ところが何故か根っこが取り除かれている。


「根っこは使わない。あっても作れない訳じゃないが効果が落ちてしまう」


 そしてそのカイフク草を机の上にある俎板まないたに置き、次いで小さいナイフを取り出した。

 何の変哲もない普通のナイフだ。


「カイフク草は小さめに切ってさっきのビーカーに入れる」


 言葉通りカイフク草がナイフで切り刻まれて小さくなっていく。

 小さくなったカイフク草をそのままビーカーの中に投入した。


「あとは水分を調整しながら加熱していく」


 うむむ、結構簡単につくれるんだなあ。

 これくらいなら誰にでも作れそう。


「なんでみんな買いに来るんだろうね? 自分たちも作ればいいのに」

「……まず魔力花は個人だと簡単に手に入らないし、まして保存液なんて門外不出だからな」


 あ、そっか。保存液ってどこかで売ってるわけじゃないんだ。


「それにな、道具屋で買った回復薬の方が効果が高いってのもある。研究して調合してあるからな」


 さっきお父さんが『教えるのは基本だけ』って言っていたのをすっかり忘れてた。

 たしかにこれだけなら保存液さえどうにかすれば回復薬を個人で作ることが出来る。しかしこれでは最低限の効果しか得られない。

 本来であれば道具屋ごとにレシピは異なるし、店外秘の材料を使っていたりするから効果は目に見えて違うらしい。


「でも教えてくれるのは基本だけなんだよね?」


 お父さんが一代でお店を開き、しかも経営を軌道に乗せたのだ。その努力は計り知れないものがあるだろうし、それに伴った苦労もあっただろう。

 現在売り物としてお店に並んでいる商品のほとんどはお父さんが独自に作り方を編み出したもの。他の店にはないものが沢山並んでいるが、同様にほかの店にはあってうちの店には無いモノも多くある。商品層の違いがうちのお店のうりなんだとお父さんは言っていた。


「……まあ、いつかは教えてやる。お前が一人前になったらな」

「おお! じゃあすぐ一人前になるー」


 そしたら教えてくれるんだもんね。

 あっという間に一人前になってみせるよー。


「――だがユーマなら自分の頭で考えて自分の手で創り出していける、俺はそう思っている」

「そっかな? なんか難しそー」


 粘土こねるくらいならおれでも出来るんだけどね。

 多分もっとむずかしいんだろうなー。


「それにお前には指輪もあるしな。きっと世界一の道具屋になれるさ」

「うん、がんばる! 道具屋さん~」


 加熱装置の上に置かれたビーカーの中身は絶えずグツグツと気泡を発生させている。

 それに合わせてお父さんが水を加えていくこと約10分。


「よし、もうそろそろだな。加熱した後は冷やすのが大事なんだ」


 お父さんは手早く小さなボウルの中に氷水を入れ、ビーカーを浸して間接的に冷やしていった。


「この急激な温度の変化が効果を高める」

「……へぇ~」


 気のせいか加熱しているときよりも色が鮮やかに見える。

 十分冷え切ったビーカーの中身を今度は漏斗に移し替えて濾過ろかをはじめた。


「ここで濾過して不純物を取り除く。そのまま飲んでも回復薬として機能するけどな」


 濾過機を通過した液体は透明になって出てきた。

 人工灯に反射してなのか、ほんの僅かだけキラキラと光っているようにも見えた。


 すぐに濾過が終わった。

 次に棚から取り出したのは『着色液|(緑)』と書かれたビン。光を透過しないほどに濃い色なのが見て取れる。

 そして一緒にピペットを取り出した。


「最後はこいつで着色する。周りを汚さない様にピペットを使ってな」


 ピペットとは、中が空洞になっている細長いガラス棒の一端にゴム袋が取り付けられている道具で、ゴム部分に加える圧力によって液体を吸い上げたり押し出したり出来る。

 ……ってお父さんの授業で習った。授業中に『言葉を大事に』ってよく言われる。定義が大事だーとかも。


 お父さんはピペットを丁寧に使って着色液をビーカーに垂らした。

 落ちた雫はまるで(もや)の如くぼやける水煙(みなけむり)となって消えていった。

 そして全体が均一な緑色へと変わる。



「よーし、これで完成だ」


 流石にお店で並んでいる物と比べると透度や艶があまりない。

 それでもこれは間違いなく回復薬だ。


 ……これならおれにも作れそう。



「じゃあユーマ、今度はお前が作ってみろ。作り方はもう教えたからな」

「う、うん……」


 うわー、ちょっと緊張してきた。

 えっと……初めは……


「魔力花をすり潰す……だっけ?」

「……先に保存液な?」


 あ……忘れてた。


 お父さんから保存液を受け取ってすり鉢の中へ流し込む。

 そして擂粉木すりこぎで粉々につぶした。


「うん、これくらいかな。次は……」


 取りあえずビーカーに移し替えて……

 ここでカイフク草だよね。


 お父さんが使っていた小さなナイフを借りて、カイフク草をビーカーに入るくらいの大きさに切り取っていく。

 そして切り取ったカイフク草をそのままビーカーに投入した。


「あとはグツグツ煮込むだけ―」


 じっくりことこと~。

 加熱装置の上に置かれたビーカーの中身は、とても穏やかに沸騰している。

 ぐつぐつというより、こぽこぽ?


 忘れずに水を加えながら待つこと10分。


「よ~し、冷やす」


 加熱を止めて、火傷しないように厚手の手袋を使ってビーカーを氷水に浸した。

 頃合いを見計らってから十分に冷えたのを確認して濾過機へと注ぎ込む。


 濾過機から出てきた透明な液体を着色液で緑色にして……



「出来たっ!」


 てってれーん、はじめて回復薬を作った。

 ……でもお父さんが作ったモノよりなんか淀んでる。


「おお、ユーマ、よくやった。どれどれ品質は――」



 ――未知なる本質を白日に曝し、隠された姿を暴け―― [イグザミネーション]



 回復薬を両手で包み込むようにしてお父さんは魔法を唱えた。

 お父さんの掌から魔力の輝きが生じ、その輝きは粒子となって回復薬に纏わりついた。

 やがて輝きは失われ、お父さんはなにか頷いている。


「よし、まあこんなもんだろう」

「……どんなもん?」


 こんなもんってどんなもん?


「この魔法は柔軟性が高くてな。品質を数値化することも出来る」


 へぇー。数字で見れるんだ。

 便利だねー。


「さっき俺が作ったのは40、いつも店で売ってるのはだいたい85」


 ……おれが作ったのはいくつだろ?


 お父さんがさっき作ったのが40だけど、あれが基本的な作り方。

 そんでお店で売ってるやつが85。


 そんなにスゴイのを売ってるんだ……。


「おれのは?」

「――20だな。ユーマの回復薬」



 ………


 ………


 低いっ!!



「20って……どのくらい?」

「無いよりはマシだなってくらい」


 やっぱりそれくらいなんだ……。


「でも俺が初めて作ったときは18だったからな。いい方だと思うぞ?」

「……18?」

「ああ。魔力花のすり潰しが甘かったり、冷やしが足りなかったりとかな」


 お父さんでも初めは18だったのかぁ。


「頑張ればおれも……お父さんみたいになれるかな?」

「ああ、なれるさ。誰もが一流だと認めるくらい立派な道具屋さんに、な?」


 ふっふっふ。

 じゃあ頑張っちゃう。

 ものすっごく頑張るからねっ!



 はじめての道具作りはちょっと不安だったけど、とってもドキドキした。

 おれの作った回復薬は品質20しかなかったけどね。


 でも、もっと勉強して、もっと作って、いつかお父さんみたいになってやるー! 

 そんな1日でした。


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