実験は計画的に
お父さんが急に色々と教えてくれるようになった。
簡単な道具の作り方だったり、その材料についてだったり。
魔法についても教えてくれたし、一般常識みたいなものも含まれていた。
正直モノづくりが面白すぎて、指輪の事はさっぱり忘れていた。
これは、そんなある日のこと。
いまは仕事部屋で道具の作り方を教わっている。
そんな中、お父さんがふと思い出したように話し始めた。
「そういえばユーマ、ちゃんと指輪は使いこなせるのか?」
「……ん? 指輪? あー」
うん、すっかり忘れてた。
指輪の能力が分かってから、まだ一度も使ってないや。
「……あれから一回も使ってないんだろ。早いうちに慣れておいた方がいいぞ?」
「うーん、そうかな。……あ、でも使い方が分かんないや」
「――えっ?」
おう、驚かれた。
能力が分かっても、よくよく考えたら使い方知らないし。
「ユーマ、お前が聞いた言葉ってヤツを思い出せないのか?」
「うー、もう少しで出てきそうな感じがするんだけどなー」
「じゃあ、今日はここまでにするか。そしてお前は空き地に行ってこい。何か分かるかもしれないからな」
「……あー、そうだね、ちょっと行ってきまーす」
そうだよね、空き地に行けば思い出せるかも。
「ユーマ、これもついでに持ってけ」
そう言ってお父さんは、『追尾』が付与されたあの石ころを手渡してきた。
「おー、石ころ。じゃあ行ってきまーす」
今日の目標はとにかく指輪を使えるようにすること、だね。
がんばろっ。
家のすぐ向かいにある空き地には誰もいなかった。
みんな忙しいんだねー
「さてっと、なにしよっかな」
うぬぬ、やることないな。
1人であそべる遊びってあんまし無いよね。
……もう一回同じことすればあの言葉聞こえるかな?
「お、あんなところに木が立っている。的当てをしよう」
たしかこんな流れだったハズ。
……何かちがう気もするけど。
で、あの時は何回か石ころを外して、そのあとに石を拾った時に言葉が聞こえた……んだと思う。
おれの記憶が正しければ、だけど。
「っていうか、追尾を見てみたい!」
追尾なんだからどこに投げても当たるのでは……。
なんと素晴らしき能力だー。
おれは『追尾』の石ころを右手でしっかりと握りこんだ。
そして大きく振りかぶる。
「――おりゃあ」
右手から離れた石ころが、少し違う方向へと飛んでいった。
キレイに放物線を描いて進んでいく。
そして、全く関係のないところに当たって動きを止めた。
「……あれ?」
追尾しないじゃん。
……追尾って相手に近づいていくんじゃないのかな?
「何かわすれてるような……」
追尾の能力がある石ころ。
……追尾の能力……能力?
「そっか、石ころに魔力を込めなきゃダメなんだ!」
能力を使うためには魔力がいるんだったね。
じゃあ気を取り直して……
あ、石ころ拾ってこなきゃ。
「魔力を込めーる」
初めて魔力を感じた日から、ずっと体内で感じられた魔力の流れ。
これはすでに、自分の血や肉と同じように自分の一部だと認識できる。
石ころを握っている右手から、何かが抜け出る感覚。
もちろんそれは魔力だ。いまならハッキリと分かる。
魔力が抜け出ると、やはり体が少し重くなったように感じられた。
重くなったというより、気だるさが増したという方が正確かもしれない。
そして魔力が込められたという証拠として、石ころがぽわわーんと淡く輝いた。
「……ふう、ちょっと疲れちゃった」
しかーし、追尾が見たい。
こんな所でへこたれるユーマではないのです。
「…………うん」
それに、石ころに魔力を込めてから不思議な感覚があるんだよね。
こう、自分の中にスイッチがあるような感じ。
このスイッチは『追尾』の起動スイッチだと思う。
漠然とだけど、確かにそう感じる。
初めてのことだから、すごく胸がドキドキしてる。
上手くいくといいけどな。
「よし、当たれぇー!」
もう一度、石ころが宙に放たれた。
そして――
――コツン。
当たってしまった。
「……えぇ……」
当たってしまった。
ちゃんと狙い通り、木に当たってしまった。
「追尾使ってないのに……」
狙い通り過ぎた。
真っ直ぐ木に向かって飛んでいき、追尾を使うまでもなく、普通に木に当たった。
「……ダメじゃん。いや、当たったからいいんだけどさー」
追尾が見たいんだよー。
なんで普通に当たるんだよー。
……もう一回やるか。
また石ころ拾いに行かなきゃ。
「今度は、当たるなぁー!」
再び放たれた石は、目標よりかなり右にずれて飛んでいる。
よし、これならいける。
「いまだー!」
石ころの軌道を確認して、自分の中にあるスイッチを切り替える。
その瞬間、石の軌道が明らかに変化した。
石が飛ぶスピードは変わらない。
しかし、進む方向は何かに導かれるように曲がり、木に向かって斜めの放物線を描いた。
――コツン。
「当たった……!」
これが追尾か!
なんか面白いくらいグンニャリと曲がった!
ふっふっふ、面白い。
もうちょっと実験しようっと。
「うーん、スイッチを切ることもできそうな感じがしたなー」
あ、石ころを拾ってこなきゃ。
「あっ、込めた魔力がなくなってる……!」
うぬぬ、一回使ったら魔力も無くなっちゃうのか。
……ってことは、もう一回込めなきゃダメなのか……。
「……ま、仕方ないのか」
あんまり魔力が無くなるの嫌なんだけどなあ。
魔力を込めるたびに体が疲れる感じがするから。
「よしっ、もう一回やるかー」
……
……
……
……
その後の実験で分かったことがいくつかある。
まず、スイッチは途中で切ることが出来た。つまり追尾を途中で止めることができる。
そして、見ていないものは追尾できない。これ大事。
目を閉じて投げると、追尾は発動しなかった。追尾を発動した後に目を閉じてみたら、これは発動したままだった。
そして――
「うおっ!? ぐんにゃりする!?」
軌道が……じゃなくて、景色が全部。
うおー、なんじゃこりゃあ。
……なんか、まずいかも。
おれ、死ぬんじゃね……?
「……あー……冗談、抜きで……や、ばい……」
――バタン。
……真っ暗。
なんにも見えないなあ。
「……の」
うん?
なんか聞こえたような……。
「……あの……」
あの? どの?
男の子の声がする。
「――あ、あの!!」
「うわあ、びっくりした!」
大声に反応して跳ね起きるように辺りを見渡すと、そこは家の前にある空き地だった。
そして、声をかけてきたと思われる男の子の姿があった。
「あ、あの……大丈夫?」
「へ? 何が?」
「え?……あの、倒れてたから」
「倒れてた? おれが?」
あー、そういえば倒れたかも。
なんか急に景色がぐにゃぐにゃになったんだっけ。
なるほど、この子は心配してくれたんだね。
「もう大丈夫。……だと思う!」
「……ほんとに大丈夫? ……その、おうちまで一緒について行こうか?」
「それは大丈夫。だって家、目の前だもん」
「……え?」
男の子はビックリしたようにおれの顔を見た。
そして周りをキョロキョロした。
「もしかして、あの道具屋さん?」
「そうだよ。大体はこの空き地で遊んでるんだー」
「……そ、そっか。――あ、あの!」
「おっ!? な、なんだ?」
この子、なんか面白い。
ちょっとオドオドしてるし、いきなり大きい声になるけど。
それに、心配してくれたみたいだしね。
「そ、その……お友だちになって、くれたら……嬉しいな、とか……思ったり……」
「うんいいよー。おれはユーマ。きみは?」
「ほんと!? ぼく、トア。……よ、よろしくね」
「うん、トアか。よろしくなー」
おー、思いがけずお友だちが出来た。
……ふっふっふ、嬉しいねー。
お友だちが出来たー。
大事なことなので何回でも言います。
ふっふっふ。
お母さんにも後で教えてあげよ。
「あの、その……」
「ん? トア、どうしたの?」
しどろーもどろー。
おーどおど。
「……さっきの見てたんだけど……すごい魔法だね」
「んん? 魔法?」
「う、うん。同じくらいの年なのに物質操作の魔法がつかえるなんて、スゴイ!」
……んん?
なんか勘違いされてる?
「物質操作なんて魔法知らないよ?」
「……え、でも……」
「これはね、石ころの能力なんだよー」
そう言っておれは、トアの手にあの石ころを握らせた。
「魔力は分かる?」
「うん、ちゃんと分かるよ」
「じゃあじゃあ、魔力を石ころに込めてみて」
トアは不思議そうな顔をしている。
しかし、少し経って石ころがぽわわーんと輝きだした。
すると更に不思議そうな顔を見せた。
「な、なにこれ!?」
「石ころです」
「いや、そうじゃなくて……」
ち、ちがうだって……!?
石ころだと思ってたのに!
「――とても、不思議な感じがする。なんていうか、感覚が延長された感じ……」
あ、そういうことか。
「そのまま、石ころを投げてみてよ。そんで……ええっとスイッチを切り替える感じかな?」
おれの言葉に従って、トアは石を投げようと構えた。
そしてトアの指先を離れた石ころが放物線を描く。
「こ、こうかな?」
不安げに言葉をこぼした次の瞬間、石の軌道が変化した。
そしてそのまま木にぶつかって石は落下する。
「お、当たった」
「……す、すごい! ……でも石ころに能力が付いてるなんて……!」
「えっとねー、初めから付いてたんじゃなくてね、おれが付けたんだー」
えっへん。どうだ、すごいだろー。
……あ、空き地に来たのって指輪の使い方を覚えるためだったっけ。
すっかり忘れてた。だって追尾が楽しいんだもん。
「ユーマが付けた!? どういうこと?」
「これこれ、この指輪の能力なんだよー」
「……この指輪で? ……ちょっと見せてもらうね」
――未知なる本質を白日に曝し、隠された姿を暴け―― [イグザミネーション]
トアが魔法を使った。
それは、家で何度も目にしたことのある鑑定の魔法。
お父さんの鑑定魔法は、はじかれてしまった。
だからトアの結果は火を見るより明らかだった。
「そ、そんな……!?」
なんか落ち込んでる。
うん、よくやったと思う。
「いやいや、仕方ないと思うよ? お父さんの鑑定も弾かれちゃってたし」
「道具屋さんの鑑定が? ……そっか、それじゃあ仕方ないよね」
「そーだよー。でもお父さんは、指輪は『他のモノに能力を付与する能力』を持ってるって言ってた」
「そうなんだ。……って、それすごくない!?」
おお、また声が大きく……。
おどおどから急に変わるからビックリするなあ。
「うーん、でも使い方が分からないんだよねー」
「そうなの? ……ぼく、もしかしたら分かるかも」
「え、ほんと!?」
「う、うん。こういうのって、だいたい使い方が決まってるから。……あ、でも間違ってるかもしれないし」
トア、すげーなー。
よくよく考えればさっき魔法使ってたし。おれまだ使えないのになー。
しかも指輪の使い方が分かるなんて、すごいなー。
「トア、教えてー!」
「え、あ、うん」
そこからはトア先生による魔道具講座がはじまりました。
……半分以上ちんぷんかんぷんだったけど。
「――と、いうことです。……ユーマ、聞いてる?」
「……聞いてるよ。聞いてるけど……あたまがー」
「い、痛む!? やっぱりお医者さんに診てもらった方が……」
「あたまが……丸い」
「……だいたい丸くない?」
おう、ほんとだ。丸かった。
「じゃなくて、むずかしくて分かんないよー」
「そう、かな? つまりこのタイプの魔道具の使い方は――」
1、対象を初めに指定する必要がある。
2、付与したい能力を選択する。
3、指輪に魔力を込めて、能力を付与する
「っていう流れだと思うんだけど」
「――そうだ! そうだよ! あの時の言葉もこんな感じだった!」
「あの時の言葉……?」
あっ!
思い出した!
「そうだ! あー、思い出せたー」
「え、なに? どうしたの?」
「指輪の使い方がわかったー!」
「え、ほんと? よかったぁ」
ふっふっふ、思い出したー。
ちょっと試しに使ってみよっと。
――――――――――
対象指定:石ころ
能力変化:追尾
――――――――――
うわっ!
またクラクラしてきた……。
「や、やば……い」
「ユーマ!? どうしたの、ユーマ!?」
「ぐん、にゃり……やば、い」
「うわわ! どうしよう! あ、ちょっと待ってて!」
トアが走り出した。
おれは倒れる前にも感じたぐんにゃり感に悶えている。
しかも、この上なく気分が悪い。
それからどれだけ時間が経ったのかは分からない。
あ、いや5分くらいだったかも。うん、そのくらい。
「ユーマ、大丈夫か!?」
声をかけてきた人物、それはお父さんだった。
その右手には何かが握られている。
「ふむ、やはり魔力不足か。とりあえずこれを飲め。」
お父さんに何かを無理やり口に突っ込まれた。何か怪しげな紫色の液体。
思わずむせそうになったけど、なんとか飲みきることが出来た。
「よし、これで大丈夫だ。気分はどうだ、ユーマ」
「……あれ? なんともない……」
おお? なんでだ?
「不思議そうな顔してるな。原因は魔力の使いすぎだ。まだ魔法が使えないから教えなくても大丈夫だと思ってたんだが……」
「ユーマ、大丈夫? あの、その……」
トア、またしてもオドオード。
しどろもどーろ。
でも助かった。まさかお父さんを呼んできてくれるなんて。
「うん、もう大丈夫。ありがとね、トア」
「――うん! ほんとによかったぁ」
おどおどするけど、いいやつだ。
しどろもどろするけど、いいやつだ。
時々いきなり大声になるけど、いいやつだ。
「おお、そうだ。お父さん、紹介します。おれのお友だちのトア。いいやつです」
「おお、そうか! ユーマの父です。こんな息子だが仲良くしてやってくれ」
「は、はい! よろしくおねがいしましゅ……」
……
……
……噛んだ。
真っ赤になってプルプル震えてる。
「噛んだ」
「噛んだな」
おお、更に赤くなってく。
耳まで赤くなってるよー。
「……うぅ、噛んだぁ……うわぁあー」
あれ。走ってどっかにいってしまった。
「お父さんがとどめ刺したー」
「人聞き悪いこと言うな。ああいうのはな、見知らぬふりをするのが優しさってもんだ」
「でもお父さんも『噛んだな』って言ったじゃん」
「そんなことより、指輪は使えるようになったのか?」
流した……。
そんなことよりって。ま、いいけど。
「うん、トアのお話聞いてたら思い出せたー」
「そうか! トア君にお礼言ったか?」
「あ、言ってない……かも」
「いろいろお世話になったみたいだし、ちゃんと言わないとな」
おお、そうだ。
トアのおかげで思い出せたし、お父さんを呼んできてもらったし。
今度ちゃんとお礼を言わなきゃダメだね。
「うん! そうだ、指輪使うの見ててー!」
「お、見せてくれるか! ――あ、せっかくだから、ちょっと待ってろ」
そう言ってお父さんはお店に走って行った。
すぐに戻ってきたお父さんの手には、小さい……ナイフ?
「なにそれ?」
「ああこれは、投げナイフだ。投げる専用のナイフ」
「へえ~、それに追尾を?」
「出来るか? そしてゆくゆくは商品化を……」
ん? なんか最後の方がよく聞こえなかったけど。
「うん、多分できるよー。……いくよ?」
――――――――――
対象指定:投げナイフ
能力変化:追尾
――――――――――
指輪に込めた魔力が失われていく。
輝きが完全に失われてすぐ、お父さんは投げナイフを鑑定した。
「おお、ちゃんと追尾が付いてる。……やっぱりすごいな」
「ふっふっふ、すごいでしょー」
お父さんは満足そうに投げナイフを掲げている。しかし突然、その投げナイフを大きく振りかぶった。
そしてそのまま、真上に向かって思いっきり投げ上げた。
「なにしてるの?」
「ん? いや、追尾を試してるだけだぞ」
「……魔力込めないとダメだよ?」
「……え?」
――ヒュゥー、ザクッ。
「……あ、あぶねー。魔力すっかり忘れてた」
「お父さん、しっかりー」
もう少しでお父さんに刺さるところでした。
危ないねー。
「よし、今度こそ――」
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その日の夜、ベッドで唸るように眠る大人の姿があったそうです。
「お父さん、つらそう」
「いいのよ、あの人は。自業自得なんだから」
そうか、そうだよね。
あれからずっと面白がって追尾でずっと遊んでたんだから。
しかも魔力不足で気分が悪くなっちゃうし……。
仕事を放りだして遊んでたから、帰った時のお母さんは怖かったです。
「魔力の回復薬とか……」
「いいのよ、あれぐらい。寝ておけば治るんだから」
……がんばれ、お父さん。
回復したら、お母さんのお話が待っているそうです。