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魔法使いの雑貨屋  作者: 狸寝入り
《第三章 双子とアメジーナの秘法》
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そして倒れ伏す

  フィリアを置いていくことしか出来なかった自らの無力さに、走りながらも泣き続けるメイルディア。兄のアルタットに手を引かれながらだったが、それでも精一杯足を動かす。

 もうあたりは夕暮れを過ぎ、森の中ということもあって視界が悪くなっていた。


「メイ、だいじょーぶか?」

「……だいじょうぶ。早くレミお姉ちゃんと会わないと」


 考えてみればふたりは家から逃げ出してから、ほとんど碌に休息をとっていない。子供ゆえに体力的な問題はいかんともし難いものだ。

 もともとメイルディアは、体力に自信がない。それを知っている兄としては、フィリアも心配だったが、それと同じくらいに妹にも無理をして欲しくは無かった。

 だが、メイルディアの表情はそれを言わせてくれるような、半端なものではない。


「分かった。でも疲れたらちゃんと言うんだぞっ?」

「……ん。ありがと、お兄」


 そのままふたりは走り続ける。合流地点までは今少し遠い。


 ◇


  アルタットたちが去ったあと、フィリアがまず行ったのは結界の展開だ。

 結界とはいっても、いつも使っているような外界からの障害を防ぐためのものではなく、中にいるモノを外に出さないようにする類のものである。

 その中でフィリアは、自身の限界を超えて、身体を動かしていた。


「このっ、程度…!」


 自分に向けて放たれた幾筋もの刃を、エラスの魔法の補助を受けて、舞うように空中で躱す。

 地上に降りた隙を狙ってナイフで斬りかかってくるひとりの影。それに合わせて、フィリアも右手に握りこんでいたナイフで応戦する。

 刃同士で鍔迫り合いになり、数追の膠着。しかし、そのタイミングを他の影たちが見逃すはずもない。


「………」


 声をあげることもなく、ふたりの影が左右からフィリアに体当たりを決めにかかった。

 ナイフで斬りかかるよりも単純で、範囲の大きい攻撃はそれだけでひとつの驚異だ。まして、フィリアは同性の中でも割と小柄で、今は体力もほとんど残っていない状態である。体当たりひとつで行動不能にすることも難しくない。


「くっ!」


 音がしそうな程に歯を強く噛み合わせて、一瞬の思考。

 フィリアの選んだ方法は単純な防御だ。左手に持っていた杖を手首だけで軽く振るう。


「セグロ アルゥ! 障壁よ、周囲へ出でよ!」


 下級防御結界を自分の周囲に展開する。そして、そのすぐあとに影たちの体が障壁に激突した。


「すっごい威力っ。ほんとに人間……?」


 破れはしないものの、ぶつかった衝撃が内部にまで響いてくるほどの体当たり。

 影たちは体型の分かりにくい緩めの服装をしているのだが、それでも印象としては細身にしか見えない。 

 しかも、それだけ勢いをつけて壁にぶつかったにも関わらず、体当たりをしてきたふたりの影は特に怪我もしていないようだ。すぐに身を翻して距離を取るその動きは、怪我を負った者ではありえない。


「――行かせないって言ってたでしょっ」


 自分にかかって来た影は4人。

 最初に何本ものナイフを投げてきた相手がひとり。

 斬りかかってきた者がひとり。

 体当たりをかけてきたのがふたり。

 影は全部で6人いる。そして残りのふたりは、周囲に張られた結界を破ろうと、見えない壁に向かって一点集中の攻撃を仕掛け続けていた。

 フィリアはそのふたりに向かって、魔法を放つ。


「フィア アルゥ! 炎弾よ、飛べっ」


 手のひら大の火球が6つ、彼女の周囲に現れる。フィリアは壁に攻撃を続けるふたりに、視線だけを走らせて火球を放った。

 放たれた火球は木々を避けながら目標へと向かう。遠方からの攻撃に気付いた影たちが迎撃の姿勢をとった瞬間、火球は彼らに直接向かわずにその周囲へと着弾した。


「………!?」


 予想外の火球の流れに、影たちは慌てたような動きを見せる。


「直接当てるだけが使い道じゃないよっ」


 フィリアは悪戯が成功したような強気な笑みを見せる。

 ここは森だ。普通はそんな場所で火の魔法を使えば、あっという間に火事になる。

 しかし、今は結界の中。火事が広範囲に広まることはない。

 だが、火に囲まれた影たちはその限りではなかった。火に囲まれてはただではすまないはずだ。

 予想通り、焦った影たちはあたりの火を消しにかかる。足止めはこれで十分だろう。

 さらに、仲間の動揺が伝わったのか、鍔迫り合っていた眼前の影の動きが鈍った。


「油断は…、禁物ですよっ!」


 そんな好機をフィリアは見逃さずにナイフから一瞬力を抜いて、影の体勢を崩す。

 バランスを崩された影のナイフがブレた一瞬を狙い、フィリアが流れるような動きでそれをいなす。弾かれた腕に虚をつかれた影、その胴を首元を狙ってフィリアが刃を振るう。

 『人殺し』などしたことがあるわけがない。元々は学生であったし、今は雑貨屋の経営者で冒険者。

 冒険者は積極的な『人殺し』をしない。それは暗殺者や賞金稼ぎの仕事だ。だが、都市まちや村から外に出れば、命は安いものに成り下がる。

 ましてや今の自分は圧倒的に不利な状況で、加えて自らの命以外も懸かっていた。相手を殺さないで制圧できる力が無い以上、殺さずに済ませるほどフィリアは甘くはない。


「はあっ!」


 ナイフスキルを磨いて、ようやっとひとつだけ覚えた技。

 スキル《スラッシュペイン》。

 生気オドを纏わせ、通常よりも切れ味を格段にアップさせるナイフの斬り技。


(ごめんなさい……!)


 内心で謝りながらもその刃を止めることはしない。ナイフは吸い込まれるように影の首筋を、すんなり・・・・と切り裂いた。


「……えっ!?」


 肉を切り裂くような感触を予想していたフィリアは、違和感に思わず声をあげた。

 フィリアが驚くのも無理はない。

 いくらナイフがスキルによって強化されていたとしても、フィリアの筋力そのものが強化されたわけではない。だからこそ何の抵抗もなく、人の首を切り避ける事などありえないのだ。

 そしてさらにありえないが起こる。


「まさか…っ。うそ、だよね……」


 人だったならば致命傷のはず。それくらい深く切り裂いたのだ。にも関わらず、フィリアの目の前で斬られたはずの影が立ち上がった。

 斬ったのは間違いがない。なにせ首元の布地はぱっくりと割れているのだから。だが、その首からは一切の出血がない。それどころか、その肌の色は人間のそれではなかった。


「……最悪、かも。まさかほんとに人間じゃなかったなんてね」


 割れた服からのぞく色は乾いた泥のような灰色。そしてフィリアの目の前で、斬ったはずの首の傷が見る間に繋がった。 


「レギオノイズゴレムス、かな。でも、なんでこいつらみたいなのが人間の真似事を……」



  レギオノイズゴレムス。無生物系の中位級の魔物。

 『軍団』と『雑音』という意味を持つ名前を有している。

 一体一体の能力は他の中位級に劣るが、この魔物たちの恐ろしさはそこにはない。その名の通り、集団での狩りでこそ真価を発揮する特殊な魔物だ。

 統率のとれた動きと連携。その脅威は時として上位の魔物にすら匹敵する。



  だが、このレギオノイズゴレムスは通常のモノとは一線を画している。

 なぜならば、こいつらは人間と同じように防具を纏い、その武器を振るっているのだ。これが普通であってたまるものか。

 そんな知能を持ち得るはずのない魔物が、それを行うこと自体が異常だった。

 つまりは、


「こいつらを操ってる人がいる」


 魔物を操る方法など分からない。そんなものはフィリアの知る限り、魔法にすら存在していない。

 だが、現にこいつらは誰かに操られているのだろう。そうでなれば、フィリアはとっくに殺されているはずだ。

 ここまでフィリアが渡り合ってこられたのは、単に敵に自分を殺す気がなかったからだ。あえて致命傷を与えないように攻撃してきているのが分かっていたからこそ、ここまで無理に攻めてこれた。

 魔物にそんな知能がない以上、こいつらは操られていると考えた方がまだ納得できる。


「術者がどこかにいる可能性はあるけど…、この乱戦じゃ探すのは難しい、かな?」


 動揺していた時間が少しばかり長すぎたらしい。背後には火に囲まれていたはずの影ふたりが立っていた。

 左右にはいつでも飛びかかってこられる体勢の影が同じくふたり。そして前方にも傷を修復した敵がひとり。

 そして、隠れてこちらの動きを牽制している影がひとり。

 万全であればまだ望みはあったかもしれない。だが、今のフィリアにはそれは不可能だった。

 影たちが時間差でフィリアに襲いかかる。反撃を警戒してのことだろう。


「ここまでみたい……。だけどね、まだだよっ!」


 飛びかかってきた影はふたり。背後からひとりと左からひとり。飛びかかってきた影たちに加えて、フィリアは右の影と後方に残るもうひとりに狙いを定める。

 タイミングは一度きり。フィリアは自身の最後になるであろう攻撃を発動させた。


「トルーツ サニィ。雷撃よ、串刺せ」


 静かに、呟くように唱える。

 戦闘開始直後、自身の魔力の波に紛れ込ませて準備をしていた魔法。

 中級の雷魔法を地面すれすれに用意していた。見えないように、気づかれないように最新の注意を払って、ここまで戦闘をしてきたのだ。


「せめて数は減らさせてもらうよ」


 魔力を使い果たして、弱々しいながらもフィリアは確かな笑みを浮かべる。

 その瞬間をフィリアはスローモーションのように見ていた。実際には瞬きの間に終わっていたのだろうが、彼女はしっかりと捉えていた。

 飛びかかってくる影たち。時間差をかけて続こうとするふたり。その足元に強力な力が溜まっていく。

 それに気が付いた影たちが地面を見るが、もう遅い。力の塊は眩いばかりの雷となって、真上に存在する影たちを一直線に貫いた。

 影たちは痺れたように全身を震わせる。そうして、そのまま地面に落ちるように一斉に崩れた。

 無生物系の最大の弱点は身体の中心に存在する生命核だ。それを破壊すれば倒すことができる。フィリアはそれをピンポイントで狙って、雷で壊したのだ。


「ざっとこんなもの、だよ」


 強がって一言だけ呟いたが、次の瞬間、腹部に強い衝撃。


「……っ」


 前方にいた影がフィリアに強い打撃を与えた。その衝撃は彼女の意識を失わせるには十分だった。


「アル…くん、メイ…ちゃ……」


 ふたりが無事に逃げ切ってくれることを願いながら、フィリアの意識は闇に飲まれた。

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