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魔法使いの雑貨屋  作者: 狸寝入り
《第三章 双子とアメジーナの秘法》
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決断と覚悟と黒い影

  フィリアたちは森の中を着実に進んでいた。

 その歩みは遅いが、今のところは魔物にも遭うことはなく、そういう意味では無事だ。


「このまま順調にいけたら、レミさんともすぐに合流できそうだね」

「レミ姉ちゃん…、大丈夫だよな? ちゃんと逃げれたよな?」

「……鳥、おっきかった」

「大丈夫だよっ。レミさんはすっごく強いんだから。きっと無事だよ!」


 レミアータを心配するふたりを、フィリアは殊更明るい声で励ます。正直に言ってしまえば、フィリアだって心配なのだ。

 アリヴィードと戦うことが難しいのは先日の一件で分かっている。あのときは騎士団の人間が他にもいたからよいが、今回はレミアータひとりで対峙しているのだ。心配にならないわけがない。

 とはいえ、ここで心配していても何もできないのは確か。ならば、今は少しでも早く合流地点を目指す方が合理的だろう。


「そうだよな。レミ姉ちゃん強いもんな!」

「……おっきいムカデ、倒してた」

「そうだよ、だから大丈夫。だから今は先に進んで、早くレミさんと合流しちゃおう?」


 遺跡で助けてもらった時の光景を思い出したのか、アルタットとメイルディアはしっかりと頷いた。


「さっ、進も…、う」


 ふたりが元気になって、フィリアも安心したときにふとした違和感が、彼女の意識に引っかかった。


「フィリア姉ちゃん?」

「……どうか、した?」


 急に目つきが鋭くなったフィリアに、アルタットたちが途端に不安そうになる。ふたりともこの目つきのフィリアを、もう何度か見たことがあった。それは全て戦闘前の警戒時にフィリアがしていた表情だ。


「………気のせい、かな」


 しばらくその場で立ち止まって、周囲を集中的に探ってみるも、違和感は一瞬のことだったために、フィリアは気のせいと判断した。

 それかもしくは、魔力探査網のラインぎりぎりを野生の魔物でも通過したのだろうと思ったのだ。


「何かあったのかよ」

「いや、ちょっとね。気のせいだったみたい」

「……ほんと?」

「うん、怪我で過敏になり過ぎてたみたいだね」


 不安そうに自分を見上げてくる子供たちを安心させるために、頭を撫でながら笑顔で応える。普通の時の雰囲気に戻ったフィリアに、兄弟もほっと息をついた。

 追われる恐怖というのは尋常なものではない。

 妹を守るために、兄であるアルタットは言葉遣いでこそ強がってみせてはいるが、所々ですぐに不安そうになる。

 特にフィリアたちという頼る相手が出来てからは、それが顕著になっているようだ。少しだけだろうが、精神的に余裕ができたからかもしれない。


(うん、わたしがしっかりしないとね)


 心の中でしっかりと頷いて、フィリアたちはまたゆっくりと歩き始めた。


「ところでさぁ、姉ちゃんのそのベルトに付いてる石ってめずらしーよな」


 歩きがならアルタットが急にそんなことを言い出した。


「わっ、よく分かったね。これね、特定波長の魔石なんだよって、特定波長の魔石って分かる?」

「……知ってる」

「当たり前だろ! これでもアメジーナの一族なんだからなっ。父ちゃんに昔教えてもらったぞっ」


 それもそうかとフィリアは納得した。この子たちが本当にアメジーナの一族ならば、鉱石や鉱物に関しての知識は相当な物を持っていても不思議ではない。


「でも、特定波長の魔石って普通は気づかないよ。よっぽど魔力に敏感じゃないと」

「俺たち一族の人間はそーいうのに昔から敏感なんだよ。それに特定波長の魔石は、俺たちからしたら別の意味でもめずらしーもんだしな」

「そうなの?」

「……その魔石は、波長は弱いけど、遠くまで届く」


 話に入ってきたメイルディアが魔石をじっと見つめる。


「へぇー。そうなんだ」


 使い道が少々分からないが、きっと一族の人たちには役に立つことなのだろうと、フィリアはひとまず理解しておくことにした。


「全然分かってないだろ、姉ちゃん……」

「あ、あはは、あはは」


 そんな考えはすぐにバレてしまったが。

 少しばかり片身が狭くなったように感じたフィリアは、早々に話題を転換してしまおうと考えた。


「王都に着いたら何かしてみたいこととかある? 例えば、食べてみたい物がある、とか。お買いものには行くって決めたけど、他にも何かあったら言ってね」

「……フィリアお姉ちゃん」


 メイルディアにまで呆れたように溜息をつかれてしまった。しかし、ふたりもまぁいいかとその話題転換に乗ることにした。

 王都には行ったことがない。さっきは買い物に行くと約束はしたが、他にも何ができるのかはふたりも気になっていた。


「王都ってなにがあんのかわかんねーけどさ、すっげーうまいものとかいっぱいあるんだろ?」

「……面白いもの、ある?」

「うん。いっぱいあるよ。王都に着いたら、とりあえず服屋さんの他にもお店を回って、美味しい物食べよっか。メイちゃんによく似合いそうな、素敵な小物もいっぱいあるしね」


 見たこともない王都の光景を夢見て、目を輝かせる兄弟の様子に、フィリアは無事に話題が変えられた事とは別に自然と笑みが零れた。


「……楽しみ」

「だなぁっ! でも、ちゃんと姉ちゃんたちの怪我治してからだからなっ」

「あはは、そうだね。ありがとう」


 純粋に心配してくれるのは嬉しいことだ。フィリアはアルタットに素直にお礼を言った。




「――危ないっ!」




 突然だった。そして、それを防げたのは偶然だった。

 お礼を言ったときにアルタットに向けた視線。それの端に掠めた金属の光が、フィリアの目に映った。

 声と同時にアルタットに飛びかかって、地面に押し倒す。体重がかかり過ぎないように地面に倒れるときに、自分も横倒しになるようにする。

 メイルディアは何が起きたのか、まったく分からなかったが、危ないというフィリアの声に反射的にその場にしゃがみこんだ。


「フィ、フィリア姉ちゃんっ!?」


 慌てるアルタットの声には反応せずに、フィリアは未だに重い身体を起き上がらせて、体制を立て直す。

 あたりを見回すと、周囲には6つの黒い影。いや、影ではなく、黒いフードを纏って顔には見覚えのある仮面を着けた者たちだ。

 その黒の人物たちがいつの間にかフィリアたちの周りを囲んでいる。


(いつの間に―っ! 探査網には引っかかってないのに!?)


 タネは分からないが、影たちはそれほどの至近距離にいてもフィリアの探査網にかかっていない。

 だが、辛うじて違和感があることから、先ほど感じた違和感の正体は影たちだったのかと、悔しさからフィリアは唇を噛む。


(この人たちは強い…。今のわたしじゃ撃退は難しい。逃げるしかないっ)


 瞬時にとるべき行動を判断すると、フィリアは相手に聞こえないように呪文を呟く。


「フォース イルヤル アルゥ。明かりよ、瞬け」


 唱えると素早くアルタットを立たせ、メイルディアの腕を引いて自分の方に寄せる。


「アルくんっ、メイちゃん!」


 しっかりした声でふたりのことを呼んで、意識をこちらに向かせたと同時に魔法を発動。

 夕暮れ時ですでに暗くなっていた森の中に閃光が走る。

 怯んだ影たちの気配を感じるよりも早く、ふたりの腕を引っ張って走り出す。突然、走り出されて足をもつれさせるアルタットたちだったが、なんとか転ばずに走ることができた。


「フィリア姉ちゃんっ、あいつらだよ! 俺たちを追っかけてきたやつらっ」

「……フィ、フィリアお姉ちゃんっ」


 走りながら泣きそうな声でフィリアに訴えてくるふたりの言葉に、彼女は嫌な予想が当たったと内心で舌打ちした。


「今は走って!」


 話なら後で聞ける。今は何よりも距離を稼がなければならない。

 だが、その自分の言葉と思考に反して、重い身体と限界に近かった体力が足を引っ張る。


(このままじゃ、逃げきれないっ。なら――)


 フィリアは横を走る兄妹の姿を一度見て、覚悟を決めた。


「アルくん、メイちゃんは合流地点を目指して」

「えっ! 何言ってんだよ!」

「……フィリアお姉ちゃんっ?」


 突然走ることをやめて、立ち止まったフィリアの言葉にアルタットたちが愕然とする。


「今のわたしがふたりについていくのは難しいんだ。だから、ふたりは先に行ってレミさんと合流して」

「なっ!? 姉ちゃんっ!!」

「……やだ。置いて、いけない」


 フィリアの言葉を理解して、アルタットたちは首を振り、彼女に駆け寄ろうとする。


「行って! ここで3人とも捕まるよりは、ふたりがレミさんと合流して助けを呼んでくれた方が、みんなで助かる確率は高いから」


 叫ぶような強いフィリアの拒絶に、アルタットははっとしてその場に足を止める。


「……やだ、やだぁ!」


 なおも走り寄ろうとするメイルディアの腕を、アルタットがしっかりと引き止めた。兄の行動を信じられないというようにメイルディアがアルタットを睨みつける。


「……お兄っ!!」

「ダメだっ、メイ! フィリア姉ちゃんの言うとおりにしようっ」

「……なんでっ」

「俺たちが残ってもフィリア姉ちゃんの邪魔になる。それより、レミ姉ちゃんと会って、助けを呼んでこよう」


 邪魔になる、という残酷な言葉がメイルディアの胸をえぐる。彼女の頬を涙がいくつも流れ落ちた。


「……や、やだ、やだよぅ」

「メイ…」


 だだをこねるように、ただ涙を流し続けるメイルディアの様子に、アルタットはどうすれば良いのか分からない。

 だが、そんなふたりの耳に不自然なほどに明るい声が届いた。


「大丈夫だよっ! あいつら、わたしのことも狙ってるみたいだから、ふたりが助けを呼んできれくれれば、ちゃーんと助かるから」

「……フィリア、お姉ちゃん」

「だから、わたしを助けるためにお願い、メイちゃん」


 自分のことを力強い眼差しで見つめてくるフィリアを、メイルディアも見つめ返す。

 その自信に満ちた立ち姿を見て、メイルディアもついに頷いた。


「……絶対、助けに行くから」

「ん、お願いね。――アルくん! ちゃんとメイちゃんを連れてってね」

「分かってるよっ! 行くぞ、メイっ」


 そのまま妹の腕を引いて走り出すアルタット。兄に引かれながらもしっかりと走るメイルディアは、一度もうしろを振り返ることはなかった。

 ふたりが走り去ったあと、フィリアはひとりで息を吐く。


「さってと、なんだかもう負けるような話をしちゃったけど、そんなつもりはないからね」


 誰ともなく呟いて、フィリアは杖とナイフを取り出す。


「出てきなさい」


 フィリアの声を合図にするかのように、木の陰から6つの影が現れた。

 影たちはフィリアがひとりなのを確認すると、二手に別れようとする。

 だが、そう易々と追わせてやるわけもない。


「エラス アルゥ。風刃よ、切り裂け」


 ぽつりと呪紋を唱えて、アルタットたちを追おうとした3つの影に魔法による牽制を与える。

 予備動作の無い攻撃に、駆け出そうとしていた影たちは勢いを削がれた。


「悪いけど、行かせないよ。あなたたちはここでわたしの相手をしてもらう――!」


 すでにまともに戦闘ができるわけがない。それほどまでにフィリアは消耗している。だが、フィリアの周囲には信じられなほどに密度の濃い魔力が渦巻いていた。

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